石破首相には「できれば何もしないでほしい」…トルコ出身の気鋭エコノミストが分析「新政権下で日本経済はどうなる?」
かつてないほどの投資ブーム下で、前途多難な新政権の誕生である。未知数な石破首相の手腕によって、日本経済は今後どうなるのか。今メディアに引っ張りだこのエコノミストに、今後の展望と「石破首相への要望」を語ってもらった。(エミン・ユルマズ/エコノミスト、グローバルストラテジスト)
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金融所得課税の強化を訴えていた石破氏は、相場から見れば、最も自民党総裁としてふさわしくない候補者だったといえます。
しかし一方で、石破氏が総裁に選任されたこと自体が、アベノミクスが役割を終えたことの表れのようにも感じました。デフレを脱却しないといけなかったときにはアベノミクスが必要だったけれども、むしろ今は、インフレで国民生活が圧迫されている。これ以上の緩和は必要ではなく、金利ある世界に戻るべきときということです。
通貨安を加速させるような政策も、もう望ましくない。過度な円安によって輸入物価が高騰し、国民の生活は圧迫されています。なぜ岸田政権が3年で終了することになったのかという答えも、そこにあるのではないかと。インフレ、円安に苦しめられる国民の「アベノミクスは終わらせるべきだ」という秘めたる思いが、結果に表れたということではないでしょうか。決選投票で石破氏が高市氏を逆転したのは、ある意味で「起こるべくして起こった出来事」だと、私は思っています。
海外投資家はどう見ているか
ただし日本の株式市場に関していえば、短期的な上げ下げはあっても、長期的な目線では、さほど影響はないと見ています。
つい先日、海外の機関投資家の方々とお話しする機会がありましたが、皆さん口をそろえて言うんですね。「日本の政治は安定している」と。日本の首相が変わることは、リスク要因だとは考えていないんです。
彼らが日本株を買うのは、日本企業の業績や利益率の改善、持ち合い解消の流れなど、日本経済を取り巻く基本的な状況が主な理由なので、政界のトップが、それも同じ党内で交代する程度では、日本株に対する見方にはほとんど影響しないわけです。
実際、石破首相に、この株高傾向に水を差すようなことはできないでしょう。
たしかに彼は「金融所得課税を強化したい」と発言していましたが、本当にそんな悪手を打ってしまったら、世界の富裕層や投資家は日本市場から逃げてしまう。香港に代わる金融ハブとしての期待も世界から向けられている中、この流れを止めかねないような政策は、今後誰がトップになったとしてもやらないのではないかと思います。
円高でも株価は上がる
今は首相も日銀も慎重な姿勢を見せてはいますが、長期的には、利上げによって金融政策の正常化を図っていくことになるでしょう。先ほど申し上げた通り、それが今回の総裁選の結果が表していたことですから。
行き過ぎた円安によって悪影響が広がっている今の日本にとっては、円高に振れていくのが適正な方向です。たしかに7月、日銀が利上げに転じた直後は、株価も大きく下落しましたが、結局はまた上がってきていますよね。為替と株価には、多少の相関関係はあったとしても、完全に連動しているわけではない。円高基調な状況下でも、株価は上がっていくんです。
むしろ、これ以上円安が進んでいく方が、既に日本株を持っている海外投資家からすると印象は悪い。結局価値が減り続けていくということなら、もう買いたいとは思わないでしょう。
先日には、セブン&アイ・ホールディングスに対するカナダ企業からの買収提案がありましたが、通貨安が進むと、こうした買収も現実のものになりかねないわけです。日本の産業を守る意味でも、金利ある世界へと変わっていくときなんだと思っています。
給付金がもたらす不利益
石破首相の政策に注文をつけるとしたら、「行き過ぎた所得の再分配はいけない」ということです。岸田政権時代も頻発していたことですが、石破首相も早速、低所得者層への給付金支給への意欲を示していました。
こうした政策は一見良いことのように受け止められますが、極端に言うと、納税者から集めたお金を、納税していない人にばら撒いているということですよね。働けば働くほど負担が増えるということであれば、若い人たちの野心を削りますし、優秀な人ほど日本からどんどん逃げていきますよ。こうして競争がなくなっていくと、イノベーションが著しく妨げられてしまう。
たしかに給付金は、一時的な支持率にはつながるかもしれない。だけど、日本からイノベーションが起こらなくなったら、それこそ国益を大きく棄損することになります。そもそも、国民がインフレで困っているときにお金をばらまいてしまえば、結局はお金の価値を目減りさせて、さらなるインフレで国民を苦しめるリスクさえあります。目先の支持率に惹かれて、長期的な不利益を忘れてはいけないのです。
日本には良い流れが来ている
11月にはアメリカの大統領選も控えていますが、これも長期的にはあまり関係ないでしょう。
たとえばトランプ氏が勝てば、減税によって米国株が上がり、それに日本株も影響を受けることなどが考えられますが、これは短期の話でしかない。歴史的にはアメリカもどの大統領時代にも株価は同じくらい上昇しているわけですからね。
大統領選で大きなリスクがあるとすれば、「誰がなるか」ではなく、「混乱を引きずる」ことでしょう。仮にハリス氏が勝っても、トランプ氏は負けを認めず、選挙の不正を訴え続けるような可能性はありますよね。こうして結果がはっきりしないまま、不透明さを保っている状態こそ、相場は最も嫌いますから。
ともあれ、長期的には今後も日本の株価は上がっていくでしょう。私は、2026年の日経平均株価は5万円、そして2050年には30万円の大台に到達すると見ています。
今日本には、良い流れが来ています。日本に対する直接投資も増えているし、インバウンドも活況を呈している。岸田政権から続くこの良い流れを止めるようなことはしてほしくないと思いますね。石破首相には「できれば何もしないでほしい」というのが正直なところです。
エミン・ユルマズ(Emin Yurumazu)
トルコ・イスタンブール出身。日本に留学し東京大学理科一類に一般受験で合格、その後同大学院にて生命工学修士を取得。2006年野村證券に入社し、M&Aアドバイザリー業務に携わった。2024年レディーバードキャピタルを設立。共著『「確率思考」で市場を制する最強の投資術』(KADOKAWA)、著書『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)、『世界インフレ時代の経済指標 目先のイベントにジタバタしない“大局観”が手に入る』(かんき出版)など多数。
デイリー新潮編集部