単なる肩こり――。そう思っていたら大変なことが起こっていたというお話です(写真:C-geo/PIXTA)

「いつもの肩こり」だと思っていたら、重大な病気が見つかり、命拾いをしたという39歳の女性。「同じような症状の人は気をつけてほしい」という彼女が経験した、まさかのできごととは――。

女性の名前を鈴木美保子さん(仮名)としよう。鈴木さんは幼稚園児と小学生の子どもを持つ母でもある。日中は常勤の事務職として働いている。

そんな鈴木さんに異変が起きたのは、2024年の8月。つい最近のことだ。その日の朝、起きたときに「肩こり」を感じたのが始まりだった。

その“肩こり”はいつもと違っていた

鈴木さんは仕事で連日、パソコン操作をしていることから、肩こりにはよく悩まされていた。「ただ、右手でマウスを動かしているからか、こるのは右肩がほとんど。なのに、その日は両肩がこっていたので、『珍しいな』と思いました」(鈴木さん)

本連載では、「『これくらいの症状ならば大丈夫』と思っていたら、実は大変だった」という病気の体験談を募集しています(プライバシーには配慮いたします)。具体的なお話をお持ちの方は、こちらのフォームにお送りください。

休日だったため、自宅で肩をもんだりして過ごしていたが、こりは改善しない。昼近くになると背中の真ん中あたりにも、こりが広がってきた。ただ、これも時々あることだったので、さほど気にせず、自宅に常備している市販の湿布薬を、子どもに貼ってもらったのだという。

湿布は作用が強めのタイプで、いつもなら効果を実感できる。しかし、貼ってもよくならない。追加で痛み止め(市販)を飲んでみたが、こちらも効かなかった。

夕方になるとこりは痛みに変わり、つらくなってきた。ほかに症状はなかったものの、額を触ってみるといつもより熱い気がした。体温計で測ったところ、なんと「40度」。さすがに「何かやばい病気かも……」と嫌な予感がした。

痛みは時間の経過とともに悪化し、左の脇腹にまで広がる。重だるい痛みがひたすら続き、地獄のようだった。

「陣痛のほうがまだラクだった。間隔を空けて痛みが来るので、休めるから。でも、このときの痛みは止まることがない。人生の中で一番つらい痛みだったかもしれない」(鈴木さん)と言う。

夫に付き添われて救急外来に

帰宅した夫は妻がベッドでうずくまる様子を見て驚き、「病院へ行こう」と言った。車で救急外来のある病院に向かったという。

しかし、尿検査や血液検査、さらにCT検査をしても原因は不明。処置室で痛み止めの点滴と抗菌薬の点滴を打ってもらうも、担当医からは「自宅で1日様子を見てほしい」と言われてしまい、家に戻るしかなかった。

ところが、その翌日も、痛みはよくならなかった。

「この痛みから一刻も早く解放されたい」

わらにもすがる思いで鈴木さんが頼ったのが、インターネットだった。横になりながらスマートフォンで自身の症状を入れて検索した結果、可能性のある病気として挙がったのが「腎盂腎炎(じんうじんえん)」だった。

腎盂腎炎は泌尿器に起こる感染症の一種。尿の通り道である尿道口から侵入した細菌が、体内で増殖して炎症を起こした状態をいう。膀胱に炎症が起これば膀胱炎、奥にある腎臓の一部、腎盂(じんう)で炎症が起これば腎盂腎炎となる。

「ネットでは腎盂腎炎の特徴として『背中の痛み』『発熱』、さらに38度以上の発熱などと書かれていました。『これかもしれない!』と思いましたね」(鈴木さん)

腎臓内科のあるクリニックを探し、受診した。

診断結果は予想通りだった。

尿検査では炎症反応を表す白血球の数が異常値を示し、ほかの複数の数値も異常値を示していた。再度、画像検査で確かめたところ、左側の腎臓で炎症が起きていた。左の脇腹の症状が強かったのは、そういう理由からだった。

担当医は鈴木さんに対し、すぐに抗菌薬と痛み止めの点滴を投与した。

「そうしたら少しずつですが、痛みがやわらいできました。点滴が終了する1時間後には、マックス10だった痛みが、6くらいまでに改善しました」(鈴木さん)

その後、担当医からは、「緊急度がかなり高い重症の腎盂腎炎」で、「放っておいたら細菌が全身にまわり、敗血症で命の危険が生じるところだった」と、説明を受けた。

なお、本来なら入院治療が必要なところ、鈴木さんは小さい子どもがいることから、通院で点滴治療を続けることが許された。治療経過は順調で、2日目には痛みが0になり、平熱に。3日目には尿検査や血液検査の数値も大きく改善、1週間後には基準値に戻り、担当医から「もう大丈夫です」と言ってもらえた。

鈴木さんが今、気をつけていること

鈴木さんは今、「二度とあのような思いをしたくない」と、気をつけていることがある。“トイレで排泄したあとのおしりの拭き方”だ。

腎盂腎炎の原因となる細菌の80%は大腸菌、20%は尿の出口付近に常にすみ着いている細菌だ。大腸菌は肛門付近に集まっていて、便の排泄時に肛門から前に向かって拭くと、大腸菌が膀胱に侵入しやすい。このため、予防策として「前から後ろに向かって拭くこと」が勧められている。

もう1点は、“尿の色に気をつける”ということ。

腎盂腎炎では血尿が出るため尿が赤っぽくなることも多いが、普段、自分の尿を見る習慣がなかったため、異変に気づかなかった。クリニックで尿検査をしたとき、尿が「鮮やかなブラッドオレンジ」(鈴木さん)になっているのを見て、驚いたという。

「みなさんも、いつもと違う痛みや尿に変化があったら、要注意。我慢せずに早めの受診をお勧めします!」(鈴木さん)


こちらは「ブラッドオレンジジュース」。鈴木さんの尿はこれくらい濃かったという。菊池医師に確認すると「そういう色になることもある」という(写真:K/PIXTA)

■総合診療かかりつけ医・菊池医師の見解

総合診療かかりつけ医できくち総合診療クリニック院長の菊池大和医師によれば、「腎盂腎炎は年間を通じてよく見られる病気」だ。

鈴木さんは女性だったが、菊池医師のクリニックでは、男性患者も少なくないという。男性がなりやすい「尿路結石」も腎盂腎炎のリスクだからだ。尿路結石は腎臓から尿道までの尿路にできる結石の総称だ。尿路で石が詰まるとしばしば激痛をともなう。

ただし、最初から腎盂腎炎を疑って受診する患者はほぼいない。「これまで感じたことのない腰痛や背中の痛み+高熱」のセットで、「どこか悪いのではないか?」とやってくる。

自分でできる予防策は大きく3つ

診察では患者が痛がる部分を医師が「叩いたり、押したり」する触診が行われる。「このとき、内側にひびく感じがあるかどうかがポイントです」(菊池医師)。

ズンとひびく感覚があるのは、炎症を起こしているほうの腎臓に刺激が伝わるためという。加えて発熱があれば、ほぼ腎盂腎炎と診断がつく。

確定診断には腎臓のCT検査が欠かせない。CTにより画像を撮影することで、腎臓の炎症の程度はもちろん、どちらの腎臓で病気が起こっているかが判明する。このため、クリニックにCTがない場合、医師は検査体制の整ったクリニックや病院を紹介するという流れになる。

夜間に症状が出た場合は、鈴木さんのケースのように救急外来を受診してもらって構わない。だが、菊池医師は「その際は気をつけたほうがいい点がある」と言及する。

「発症直後はCT画像に異常がはっきりと表れないことがあるからです。また、病原菌の勢いが強い初期は、抗菌薬や痛み止めを点滴しても、すぐには効かないことが珍しくないです」

鈴木さんが救急で受診をした病院では詳しい検査をしても、明らかな病気がわからなかったのも、こうしたことが背景にあると考えられる。


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腎盂腎炎は症状が出たときに速やかに受診し、適切な治療をすれば完治する病気だ。決して怖い病気ではない。炎症がひどかったり、高熱が4日ぐらい続いたりしている場合を除き、今は、通院で治療可能なケースが多いという。

とはいえ、繰り返し腎盂腎炎を起こしてしまう人もいる。

菊池医師は予防策として、「排泄時に清潔を保つ」ほか、「水を多めに飲む」「睡眠・栄養をしっかりとるなど、生活習慣に気をつける」ことを挙げる。「生活習慣の乱れは軽視できません。免疫力が低下すると、細菌感染もしやすくなります」。

(菊池 大和 : きくち総合診療クリニック)
(狩生 聖子 : 医療ライター)