国外から批判の声も…イスラエル・ネタニヤフ政権の右傾化が止まらない「3つの要因」

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2023年10月に発生したハマスによるイスラエル攻撃に端を発し、緊張が高まる一方の中東情勢。国外から批判の声が上がる中、ネタニヤフ政権が強硬姿勢を崩さない理由はどこにあるのだろうか。

国際政治学者の高橋和夫氏は『なぜガザは戦場になるのか』にて、その要因と今後予想されうる事態について詳細に解説している。

イスラエル社会が右に振れる要因

イスラエルの政治は、どんどん右に傾いている。中でも2022年末に発足した現在のネタニヤフ政権は、イスラエル史上もっとも右寄りの極右政権である。クネセットで7議席を有する「宗教シオニズム」党と、6議席の「ユダヤの力」党といった極右の少数政党が連立政権に入り、警察行政に関わる閣僚ポストを手に入れたことで、混乱も起きている。こうした極右政党は、パレスチナ人の追放あるいは違法な入植地「アウトポスト」の撤去の停止を主張している。ガザのハマスに対して核兵器の使用も「選択肢の一つ」かと問われ、否定しなかったアミハイ・エリヤフ・エルサレム問題・遺産相も、「ユダヤの力」の議員である。これが国際的に物議を醸した。

なぜイスラエル社会が右に傾いて来たのか。理由のひとつは、和平に対する幻滅である。1993年にラビン首相がオスロ合意を結んで以来、和平のために譲歩をして来たが、パレスチナ側に和平をする気がないという考え方が一般的になっている。イスラエルは最大限に譲っているのに、まだ満足できない強欲な人々という認識である。もちろん、占領されているパレスチナの側から言えば、イスラエル側が最大限に譲ったといっても、占領地の一部しか戻ってこないという話であり、納得のできる条件とは言えないのだが。

理由の2つ目は、1991年に旧ソ連が崩壊して、ロシア移民が100万人単位でやってきた。この人たちは、元からアラブ人に対する人種差別的な意識が強く、妥協しようという考えが少ない傾向がある。ロシア系ユダヤ人は、いまやイスラエル国内で一大勢力となり、「我が家イスラエル」という右派政党も組織し影響力を高めている。

3つ目は、先に述べた占領地ではなく解放地であるとの認識を持つ人が増えていることである。この人たちの人口比を大きくしている人口動態については、次の項で取り上げよう。それにともなって入植者も増えている。そして、イスラエル政府の入植地の拡大やパレスチナ人の追放といった右寄りの政策が、そうした人々の行動を助長している。

イスラエル社会が右に振れる要因は、他にもある。他方で、パレスチナとの和平に踏み出すべきだとの世論を強めるような要因は、残念ながら少ない。イスラエル経済は、ハイテク産業の活況で好調である。社会が右傾化しようと、経済が順調であれば良いと考える人は多い。また占領地で何が起きているかという事実について、興味がないし考えたくないし、見たくもないというイスラエル人は多い。これが、ある意味では最大の問題だろうか。ガザの人々がどれほど苦しんできたかについては、何も知らない。そして“テロ”が起きると、「私たちは平和に暮らしていただけなのになぜ」という反応になる。

そして、イスラエルは国外からのユダヤ人の移民を奨励している。それにより、アメリカなどから移住をして、入植地に住んだりイスラエル軍に入隊したりする熱狂的なユダヤ系の人が増えている。他方でこれだけ社会が右傾化すると、和平を望んでいたイスラエル人にはますます居場所がなくなる。出国してアメリカやヨーロッパに新天地を求める人もいる。そのため、ますますイスラエル社会の右傾化に拍車がかかっている。極右政権の誕生は、その象徴かもしれない。

ユダヤ教“超正統派”の出生率は6.64

イスラエルの人口は増えている。その人口をおさらいしておこう。イスラエルの総人口は、約1000万人である。その75%がユダヤ人で、アラブ人が20%、そして、その他が5%である。実数にすると、ユダヤ人が750万人になる。そして、イスラエル成立後にその地に踏みとどまったパレスチナ人が、子孫を含めて人口の20%を占める。実数にすると200万人である。そのほかは、ユダヤ人でもアラブ人でもない少数派で、実数にすると50万人である。

イスラエル女性の生涯出生率は3.0程度である。これは、一人の女性が産む子どもの数である。現在の人口を維持するためには、この数値が2.07 必要である。大半の先進工業国では、出生率がこの2.07を切っており、人口の減少を経験している。ちなみに日本の2022年の数値は1.26だった。

イスラエルの出生率の高さの理由は何だろうか。最大の要因は、超正統派と呼ばれる人々の子どもの多さである。第二に、好景気が持続していたという経済的要因があるだろう。第三に移民の流入も指摘できるだろう。第四に不妊治療が広く行われているという医療サービスの水準の高さがあるだろう。

宗教・宗派別では、イスラム教徒の方が出生率は高いものの、爆発的に増えているわけではない。注目すべきは、ユダヤ教徒内での出生率の比較である。ユダヤ教の超正統派と呼ばれる人々の間の出生率が極端に高い。数値が6.64である。ということは長期的には非常に保守的で宗教的な層の人口比が高まっていく。これが、イスラエル国内の世俗的な層との緊張を高めるだろう。また宗教的には改革的な傾向の強いアメリカのユダヤ教徒と、イスラエルとの間の距離をこれまで以上に広げかねない。

ヨルダン川西岸とガザでの人口動態も重要だ。ヨルダン川西岸には約330万人、ガザには約220万人のパレスチナ人が生活している。そして、その生涯出生率は3.5である。

おおざっぱな算数をしよう。国際的に認められたイスラエル国境内、ヨルダン川西岸、ガザの人口を全て合わせると、1550万人になる。そのうち750万人はユダヤ人である。そして760万人はパレスチナ人になる。その他が50万人である。

聖地パレスチナ、つまりイスラエルとガザとヨルダン川西岸を合わせた地域の人口の過半数は、すでにユダヤ人ではない。そして占領地での出生率の高さを考慮すると、パレスチナ人の比率はさらに高まってくる。

アパルトヘイト状態の社会構造

西岸地区では、ほんのわずかな土地がパレスチナ人の自治に委ねられているだけで、大半の地域がイスラエルの支配下にある。つまり占領下にある。その占領下では、パレスチナ人の土地を奪ってユダヤ人の入植活動が行われている。ガザ地区は、イスラエルとエジプトによって封鎖が続いている。220万人のパレスチナ人を、ここまで追い詰める政策に対し、国連などを中心に非難の声が上がってきた。

聖地と呼ばれる土地にユダヤ人が特権階級として君臨し、二級市民としてイスラエル国籍を持つパレスチナ人がいる。さらにその下に占領下のパレスチナ人が生活している。そこでは、重大な人権の蹂躙が日常化している。どこかで見たような社会構造である。そう、かつて少数派の白人が多数派の有色人種を支配した、南アフリカの支配構造と類似している。南アフリカの人種隔離と差別の構造には、つまり人種隔離政策にはアパルトヘイトという名称がつけられていた。このまま占領を続ければ、イスラエルはアパルトヘイト国家としてやっていくことになる。

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