「大阪生まれの在日3世」が、日本と韓国の「Z世代の学生どうし」の議論に驚いたワケ

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在日コリアン3世で元全国紙記者の韓光勲さんは、30歳にして韓国留学を決断しました。韓国籍ではあるものの、「大阪生まれ、大阪育ち」であり、韓国語が苦手。それでも韓国に留学し、在日コリアンという立場からさまざまな発見をします。そんな彼の発見をギュッとまとめたのが『在日コリアンが韓国に留学したら』という本です。

韓さんは留学中、「日韓青年パートナーシップ」というイベントを取材します。そこでは、日韓両国のあいだに横たわる様々な諸問題について、Z世代の若者たちが議論を繰り広げていました。もしかして喧嘩になるのかと思いきや、そこで見られたのは……。

あまりにも似ているソウルと日本

Z世代の若者たちは現在の日韓関係をどう見ているのか。2023年7月中旬にソウルで開かれた「第8回日韓青年パートナーシップ」を取材した。2019年から日韓の若者が集まり、歴史問題などの日韓の懸案を話し合うイベントである。

主催者は1999年生まれの在日コリアン3世で、熊本県育ちの李柏真(い・ぺくじん)さん(24)である(年齢は取材当時。以下同)。現在は延世大学で韓国文化や言語について学んでいて、卒業後は航空業界に就職する。李さんは人懐っこい笑顔で、自身のバックグラウンドとイベントの趣旨を語ってくれた。

「僕の母親は在日コリアン2世ですが、日本語しかできないんです。祖父母がそれをすごく残念がったので、僕は小さなころから韓国語の教育を受けました」

日本では、日本名(通名)で学校に通った。「日本にいる間は、韓国人であることは隠していました。やっぱりめんどくさいので。中学から高校の頃、『あいつ朝鮮人やで』と陰口を言われている友達もいて、自分から明かすことはなかった。本名を堂々と言えるようになったのは、日本で韓国ブームが起きた大学生の頃からです」

イベント開催のきっかけ

李さんがイベントを主催しようと考えたきっかけは、2019年に韓国で起きた日本製品の不買運動だった。日本が2019年7月に半導体の対韓輸出規制を強化したことを受け、韓国で起きた運動だ。「ノージャパン運動」とも言われている。

「当時、ユニクロの服を着ているだけで、韓国人から『売国奴』とか『裏切者』だと言われた。その頃住んでいた学生寮では日本から来た僕がターゲットになりました。『お前はどう思うんだ』とよく聞かれましたね」

一方向に流れる韓国社会の怖さを感じた。「居酒屋には『No Japan』っていうシールが貼られていた。つらい時期でした」

対立が深まる日韓関係。日本と韓国のはざまで生まれた自分に何かできないか。

「やっぱり日本人と韓国人は仲良くできると思う。学生のうちに交流しておけば、政治の影響を受けない信頼関係を作れるはずだ」

そこで思いついたのが、若者が集まって討論と交流を行う「日韓青年パートナーシップ」だった。これまで、ソウルや東京、大阪でイベントを開いてきた。

イベントが回を重ねるなか、日韓では政権が代わり、政府間関係は回復の兆しを見せてきた。日本ではK-POPの流行が続き、韓国ブームが定着。韓国の若者の間では日本旅行がブームとなり、TikTokではJ-POPが大人気だ。李さんは「2019年とは雰囲気が180度変わった」と実感している。

2泊3日で驚くほど意見が変わった学生

今回のイベントは2023年7月15日から17日にかけて、ソウル市内のユースホステルで開かれた。参加者はスタッフを合わせて約50人。日韓の大学生・大学院生が集まった。討論は午前中に始まり、最終日の発表に向けて準備を進める。10人程度のチームが5つあり、それぞれのテーマは「政治・外交」「社会・文化」「歴史」「ビジネス・民間交流」「在日」。僕は「歴史」チームの議論に参加した。

「歴史」チームの参加者は、日韓で話題となった映画『軍艦島』(2017年)を素材として、戦時期の朝鮮人労務動員(いわゆる「徴用工」問題)について発表することになった。難しいテーマだが、日本人学生、韓国人学生が日韓両政府の立場の違いをバランスよくまとめていた。

議論の中で、ある日本人学生が「日本では韓国の立場を知る機会があまりない」と言うと、韓国人学生が「私たちも韓国の立場しか知らなくて、日本政府の主張を知る機会は少ないです」と応じる場面も。それぞれの学生は、政治的になりがちな歴史問題とはうまく距離を取って議論しているように見えた。

「歴史」チームの韓国人女性(22)に話を聞いた。女性は韓国外国語大学の日本言語文化学部で学んでいる。

女性は「強制徴用の問題で議論するなんて、最初は日本の学生と喧嘩になるんじゃないかと思った。これまで生きてきて、歴史問題では『日本は敵だ』という認識しかなかった」と明かす。

「でも、日本人学生はとても優しくて、喧嘩になんてならなかった。競争心が強いのは自分の方だったと気づきました。しかも、調べていくうちに、自分こそ何も知らないんじゃないかと思ったんです。1965年の日韓請求権協定は今回初めて読みました。読んでみると、韓国政府が5億ドルを受け取りながら、徴用の被害者に向き合ってこなかった責任があると思いました」

2泊3日でこれほど意見が変わるのかと驚かされたのだった。

原発処理水放出問題についても議論

福島の原発処理水放出問題について発表したグループもあった。韓国の学生はこの問題をどう考えるのだろうか。発表は処理水の放出方法から始まって、IAEA(国際原子力機関)の報告書の客観性について説明し、アメリカや中国の対照的な反応を紹介するという構成だった。冷静かつ理性的で、科学的な内容になっていた。頭の凝り固まった韓国の野党「共に民主党」の国会議員より、柔軟な学生の方が賢いのだ。

「共に民主党」は当時、原発処理水を「核汚染水」と呼んで、大々的な反対キャンペーンを張っていた。僕はその様子を冷めて見ていた。IAEAの報告書はやはり客観的で信頼できるものだと思うからだ。

僕は、発表していた韓国の男子学生(19)に「とてもいい発表でしたよ」と握手を求めた。学生は「野党の国会議員は日本を批判して票を集めたいだけですよ。だって、IAEAのレポートが信じられなかったら、一体何を信じるというのですか? 韓国でもちゃんと科学的な理解をする人が増えることを願っています」と語っていた。

今回のイベントのMVPに選ばれたのは、聖心女子大学1年の日本人女性(18)だった。日本からこのイベントのために韓国に来ていたことが大きな評価ポイントとなった。嬉しそうにはにかむ女性に話を聞いた。

「私は元々K-POPが好きで、来年か再来年から韓国に留学したいと考えています。今回のイベントは先輩から聞いて参加を決めました。原発の処理水の問題を調べたのですが、ニュースとして知っていても、深くは理解していなかった。韓国の学生はフレンドリーなうえ、議論を積極的に引っ張ってくれました。刺激を受けました」

日本の学生にとっても貴重な機会となったようだ。

僕は事前学習会から、討論・発表、最後の打ち上げにも参加した。韓国の学生が柔軟な発想で日韓関係を語るのには新鮮な驚きがあった。日本の学生は一見すると控えめな印象があったが、冷静で理知的な対話を進めるのに一役買っていた。

そして、打ち上げの飲み会は圧巻だった。日韓の学生が入り乱れながら大声ではしゃぎ、肩を組み、酒を酌み交わしていた。20代前半の若いエネルギーに圧倒された。何より、この子たちが未来の日韓関係を作っていくのだと思うと、一筋の希望を見た気がした。

さらに【つづき】「韓国留学した「大阪生まれの在日コリアン3世」が、自分の「日本人らしさ」を感じた「意外な瞬間」」の記事では、韓さんが自身の「日本人らしさ」を感じたエピソードをご紹介しています。

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