子育てで溝が深まり…離婚を切り出された世帯年収1700万円「エリートパワーカップル」の夫の「言い分」

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筆者は「家族のためのADRセンター」という民間の調停センターを運営している。取り扱う分野は親族間のトラブル全般であるが、圧倒的に多いのが夫婦の離婚問題である。ADRは、「夫婦だけでは話し合いができない。でも、弁護士に依頼して裁判所で争いたいわけではない」という夫婦の利用が多いため、裁判所を利用する夫婦に比べると紛争性が低い。また、同席で話し合うことも多く、その夫婦の夫婦らしさというか、人間味のあるやり取りになることも多い。そこで「ADR離婚の現場から」シリーズと名付け、離婚協議のリアルをお伝えする。

今回のコラムでは、「パワーカップル」の離婚をテーマとする。単に共働きというだけではなく、双方ともに収入が高い夫婦をパワーカップルと呼ぶが、そんな夫婦に子どもができるとどうだろうか。お互いにキャリアもある、収入も十分、そして子どももいる。絵に描いたような幸せで完璧な家庭のように思えるかもしれないが、案外リスクが高い。キャリアがあるからこそ、収入が高いからこそ、離婚に至りやすい側面もある。以下では、パワーカップルの離婚協議を紹介する(「あるある」を詰め込んだ架空の事例である)。

ハヤトと明日香は同じ証券会社で働く同僚として知り合い、結婚に至った。激務のなか、2人ともキャリアを積み重ねていったが、明日香が長女を出産してから状況が一変。夫は育児休暇の取得を拒否し、妻は仕事復帰後も時短勤務で働かざるをえず、しだいに広がっていく夫とのキャリアや収入の差に焦りを抱くようになった。家事育児の大半を自分が担わざるえない夫との生活に、しだいに苦痛を感じるようになる。ADRを申し込んだ妻は夫に「もし、あなたが同意してくれなかったとしても、私は来月中には娘を連れて家を出ます。その後のことは家庭裁判所で決着をつけましょう」と伝えた。

監修:九州大学法科大学院教授・入江秀晃

記事前編は【世帯年収1700万円「エリートパワーカップル」の妻が離婚協議で号泣…明かされた「つらい記憶」】から。

〈調停の経過・2〉

夫の言い分

これまで神妙な顔をして聞いていた夫であったが、裁判所という言葉を聞き、顔色が変わり、堰を切ったように話し始めた。

「過去のことは本当に悪かったと思う。でも、俺にも言い分がある。子どもができて、保育園にも通い始め、君は幼児教育にも熱心だっただろう。途中で広い家にも転居したし、毎月いくら生活費がかかっていたか知ってるか?

家賃は25万円、管理費と駐車場で5万円、保育園が6万円、習い事で4万円だ。これに外食も含めた食費が10万、水道光熱費が5万、俺と君の保険で5万、携帯や通信費で3万だ。もうこれで60万超えだ。これに互いの小遣いや車の維持費がかかる。旅行に行ったり、何か家電を買えば、月の支払いが100万円を超えることもある。

この生活を支えるために、俺は給料を上げることに必死だった。残業もせず、家にいて娘と過ごせる君がうらやましいと思うこともあった。それなのに、君の方が多く娘の世話をしてきたってだけで、娘を取られるのは納得がいかないんだ」

これまで、受け身で話すことが多かった夫が初めて心情を吐露した場面であった。夫としては、裁判所にいけば、妻が有利であろうことは薄々わかっており、その納得のいかなさをぶつけたのであった。

お互いに納得できる解決を

ここでちょうど調停終了の時間となったため、調停人から次のように伝えた。

「あまり監護者・親権者ということにこだわらず、おふたりが別々に住むようになった場合、それぞれがお子さんにどんな風にかかわっていくかという視点で次回はお話をしませんか。その際、ご自分の主張を100%通す提案では、相手が納得しないことはもうご理解いただいていると思います。どのような解決であれば、お互いに納得いくのか、そんな視点で考えてみてください」

結局、次の話し合いでは、妻と娘が自宅に残り、夫が近所に転居することとなった。また、平日の何日かは夫も含めた3人で夕食をとることにし、週末は夫が娘の世話をすることになった。

妻のキャリア形成の視点

その際、ポイントになったのは、妻のキャリア形成の視点であった。調停人は、夫に子どもとのかかわりについて尋ねたように、妻に対し、今後のキャリア形成について尋ねたのだ。妻は、離婚協議に自分のキャリアは関係ないと言いたげな表情を見せながらも、いずれは残業や宿泊を伴う出張を求められること、自分としても新しい部署や役職にチャレンジしてみたいこと、資格取得のための勉強もしたいことなどが語られた。

それを聞いた夫からは、「これまで、僕が当たり前のようにやってきた残業や出張が妻にとってはハードルが高く、その結果、キャリアに影響が出ていたことを今更ながら理解しました。申し訳なかったと思います。一旦、自分のキャリアは置いておいて、妻のキャリアを応援したいです」という言葉が聞かれた。それを聞いたからといって、妻の「今更遅い」という態度は変わらなかったが、結果として頻繁な面会交流という結果につながった。

このADRによる話し合いで、二人は当面別居という結論を出したが、結果的には、別居の半年後に離婚に至った。また、離婚の際、娘の教育方針やそれにかかる費用については、都度双方が誠実に話し合うという条項がふたりの強い希望で書き加えられた。

〈パワーカップルの離婚協議8か条〉

1.別居前に協議を

これはパワーカップルに限ったことではないが、別居の段階でどちらが子どもを引き取るかでもめるケースがある。この場合、別居や離婚をしたい方が、子どもを連れて家を出るという形で戦いの幕が開けられ、裁判所の「子の引き渡し」、「監護者の指定」といった決戦に進むことが多い。

こうした一連の流れは、夫婦双方にとって、また子どもにとっても望ましいとは言えない。事前に合意ができていないため、別居中の生活費のやりとり(婚姻費用)も決まっておらず、別居後の生活が不安定になる。また、子どもと別居親との会い方(面会交流)も決まっていないため、子どもが長い間別居親に会えないということにもなりかねない。

加えて、帰宅したら家がもぬけの殻だったという衝撃的な経験、そして互いを批判し合う裁判所での争いを経ることで、夫婦関係はさらに悪化し、離婚後、父母としての関係を保つことが難しくなる。そのため、別居をする前に、どちらが子どもを引き取るのか、婚姻費用や面会交流はどうするのか、そういったことを決めておくのが望ましい。

2.別居協議はADRを活用

先ほど、別居前の協議が望ましいと書いたが、実際にはなかなか難しい側面がある。夫婦だけでは話し合いができない場合、家庭裁判所を利用することが考えられるが、現在の家庭裁判所の手続きでは、同居中に決められることが少ない。例えば、監護者や親権者を決める手続きは、別居後であることが前提だ。なぜなら、どちらが監護者・親権者としてふさわしいかという判断をするには、同居中では判断材料が足りないからだ(子どもの年齢が高く、明確な意思をもっている場合などは例外だが)。そのため、別居合意が取れない場合、あきらめて同居を継続するか、別居を敢行して裁判所の手続きに進むか、二択しかないのだ。

そんなときに上手に利用してほしいのがADRだ。ADRは民間の調停機関であるため、判断はしない。あくまで、当事者の話し合いと合意が中心にある。そのため、判断材料がなかったとしても、双方に協議のニーズがあれば、同居中にあらかじめ別居条件について話し合うことができる。

3.スモールステップの試行の重要性

夫側に助言をするとするなら、「できるだけ家事・育児を引き受ける」とか、「感謝を多く口にする」といった内容の乏しい合意事項を目指すのではなく、「カップルカウンセリングを受けてみる」、「父と娘で泊まりがけの旅行に行ってみる」等の「やった、やらない」が明確になる具体的な合意事項を目指した話し合いが重要である。

この事例の妻は、「時すでに遅し」という態度であったが、仮に妻に再考の余地があるならそのための努力を惜しむべきではない。妻がそれなら試す価値がありそうと思ってくれそうな具体的な提案が求められているタイミングである。

4.監護者・親権者を争うより「どういう親であれるか」という視点を

この事例もそうであるが、大抵の場合、裁判所で監護権や親権を五分五分で争える夫は少ない。大抵は、裁判所に行けば自分に勝ち目はないと思いつつ、「子どもは置いていけ」となるのだ。その結果、子どもは連れていかれ、裁判所の手続きで心身ともに(弁護士に依頼した場合は経済的にも)疲弊し、子どもと会えない期間も長くなる。こんな結果になるくらいなら、監護者や親権者を譲った上で、実際に子どもとかかわれる機会の確保に力を入れた方がいい。

実際、パワーカップルの夫は、ある程度育児を担っている場合も多い。そんな夫にしてみれば、いきなり「月1回程度の面会交流」と言われても、受け入れがたい。一方、妻もひとりで育てろと言われると、両親やシッターなど、外部のリソースに頼るしかない。そのため、離婚後も、どちらか一方が監護者・親権者になり、別居親が面会交流するという構図で考えるのではなく、育児分担の視点で話し合いたい。

5.過去の思いを大切に

これもパワーカップルに限らないが、ある程度のキャリアをもち、高収入を維持しながら働く女性にとって、仕事復帰直後の負担はかなり重い。時短勤務になったとて、業務量はたいして減らないこともある。周囲の期待が大きく、パフォーマンスを落とせないこともある。加えて、真面目で手抜き下手な人も多い。

よく聞かれるのが、「大変すぎて覚えていない」という言葉である。記憶が残らない、残したくないほどの大変な状況で、配偶者に手伝ってもらえなかったことが恨みつらみとなって離婚に至ることもある。中には、20年も前の夫の「育児への不参加」を理由に熟年離婚を決意した妻もいる。「今は改善したからいいだろう」は決して言ってはいけない言葉なのだ。

6.パワーカップルだからといってお金に余裕があるとは限らない

この事例の夫婦もそうであるが、都会に住み、子どもに十分な教育を受けさせるためにはかなりの金銭が必要になる。そして、なぜかパワーカップルによくあるのが「夫の稼ぎで生活し、妻の稼ぎは将来の教育費のために貯蓄する」という構図だ。

しかし、別居や離婚に至れば、妻は「私の収入は子どもの将来のために」とは言っていられなくなる。パワーカップルは子どもの教育にお金をかける傾向にあるため、離婚をしても、教育方針や費用負担を父母として話し合う認識をもっておきたい。

7.別居の有効活用を

双方の離婚意思が合致している場合はいいが、どちらか一方が反対もしくは消極という場合、一足飛びに離婚を目指すのではなく、別居を挟むことが有効だ。パワーカップルの場合、上述のように育児分担が前提となるため、この分担方法でうまくいくのかというお試し期間にもなるし、相手の納得を得るための準備期間にもなる。

8.パワーカップルのパワー実家が乗り出すと争いはより凄惨に

パワーカップルのそれぞれの実家の状況は様々にあり得るが、一方、ないし、両方の実家が「太い」場合も多い。そうした経済的、社会的に力のある実家が子どもと孫を争い出すと、さらに戦線が拡大し、こじれる場合もある。

危機対応なので、適切に頼った方が良い場合ももちろんあるのだが、実家は専門家でもないし、価値観が古い場合も多い。

当事者夫婦自身の家族観も、それぞれの実家の家族観の強い影響を受けている。むしろ、当事者のカップルのふたりがそれぞれの家族観を棚卸しして、長期的目線で、自分の人生のこと、自分が子どもに伝えたいのは何かを考え直したい。当事者間で方向性を決めた上で、実家の助けを求める順序が望ましい。

<まとめ>

「勝ち」の外に広がる世界に目を向ける

パワーカップルの離婚は困難を伴うことが多い。これは受験や就職の競争を勝ち抜き、結婚、出産を経験した「勝ち組」夫婦の関係解消だからだ。「勝ち組」は、勝利に慣れているが、敗北には不慣れである。成長し、実力をつけて勝利するという「勝ち」の物語に慣れた人々にも、人生のコースから一歩離れて世界を見直す時が訪れる。そこで初めて、今まで見落としていた真実の世界の広がりに気づく。

例えば、出産や育児でキャリアを一度ストップさせたとしても、育児の奥深さや豊かさに気づくこともある。また、離婚で挫折を味わったとしても、人の痛みを理解できるようになるかもしれない。

夫婦関係がうまくいかない、もしくは離婚するといったことは、決して「負け」ではなく、これこそが真の勝負の始まりである。子どもを健全に育てるには、勝利の物語だけでなく、成熟の物語も不可欠だ。勝利の物語は似通っているが、成熟の物語は千差万別であり、それぞれに美しさがある。

世帯年収1700万円「エリートパワーカップル」の妻が離婚協議で号泣…明かされた「つらい記憶」