Mrs. GREEN APPLE 公式YouTubeチャンネルより

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 Mrs. GREEN APPLEが、9月15日放送の『日曜日の初耳学』(TBS系)に「今1番聴かれているアーティスト」として登場。まず驚いたのは、番組がスタートしてすぐ画面に映し出されたMrs. GREEN APPLEの実績だ。「ビルボード2024年上半期Artist 100」1位「アーティスト別ストリーミング累計再生数1億回突破曲数」1位、「JOYSOUND カラオケランキング」1位など、5項目が並んだ。ちなみにストリーミング累計再生数1億回を超えている曲は全17曲(2024年9月23日現在)。リリース順に見てみると最も古い曲が「StaRt」(2015年)、最も新しい曲が「ライラック」(2024年)だ。新旧の楽曲を満遍なく網羅している結果が「今1番聴かれているアーティスト」たるひとつの証拠と言える。

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 サブスクで圧倒的な存在感を発揮していたMrs.GREEN APPLEが、世代にかかわらず知られるようになったのは2023年。「ケセラセラ」(2023年)で『第65回 輝く!日本レコード大賞』(TBS系)の大賞を受賞。さらに同年末の『第74回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に初出場し、「ダンスホール」(2022年)を歌唱した。「ダンスホール」も「ケセラセラ」も、転がるような楽しさが溢れるメロディ、そして大森元貴(Vo/Gt)の、柔らかなファルセットが堪能できる曲だ。両曲とも冒頭から楽曲タイトルを入れ込んだフレーズがあり、最初からメロディと語感でパンチラインを作り、スタートから10秒以内にMrs. GREEN APPLEの個性を印象づけている。この2曲を同時期に、国民的な音楽番組でパフォーマンスしたこと、そしてすでにサブスクで盤石な礎があったことが、Mrs. GREEN APPLEの大躍進に繋がっていると考えられる。

 冒頭で触れた『日曜日の初耳学』では、2020年からの約2年間の活動休止についても触れられ、当時の想いを大森、若井滉斗(Gt)、藤澤涼架(Key)が語っている。放送の翌日には、活動休止についての発言や、大森が実は譜面が書けず感覚的に音楽を作っているエピソードなどが引用される形で、多くのネットニュースとなった。

 本稿では、Mrs. GREEN APPLEのサウンドマエストロ・大森元貴がアウトプットした音像にバンドサウンドとしての息吹を吹き込む若井と藤澤にスポットを当て、2人の魅力を掘り下げることで、今1番聴かれているアーティスト・Mrs. GREEN APPLEを別の角度から考察していきたい。

 大森は「飽きやすい性格」と自己分析し、「集中して1、2時間で1曲作る。飽きたらそこで辞める」ゆえ、未発表曲が300曲以上あるそうだ。Mrs. GREEN APPLEの楽曲に、転調や3拍子と4拍子を繰り返すような複合拍子が多いことについても、「僕が飽きないようにするための施策」、さらに「僕が飽きる曲は世間にもきっと飽きられるだろうと思っている」ときっぱり言い切っている。大森が機材で“1人セッション”した音源が、岩井と藤澤のもとに送られ、それぞれが自分のパートを耳でコピーするところから、Mrs. GREEN APPLEのバンドサウンド作りはスタートする。この日の『日曜日の初耳学』にコメントテーターとして出演していたももいろクローバーZの百田夏菜子は、大森がももいろクローバーZに提供した楽曲「レナセールセレナーデ」(2024年)について、初めて聴いた際に泣いたといい、「これは歌う? 歌えるメロディなのか?」と、軽く動揺したことを告白している。

 「ライラック」で、百田と似たような思いをしたのがギターの若井だ。「これギターかな? ギターの音だよね。信じたくないけどギターの音か……って。それぐらいかなりテクニカルなギターフレーズが入っていて衝撃的でした」と初めて聴いた時のことを振り返る。「技術的にはほぼ不可能なことをやっている」と曲を作った大森が言うほど難易度の高いフレーズが、イントロのアルペジオだ。このイントロは、ライトハンド奏法と高速アルペジオで構成されており、若井は“技術的にほぼ不可能”なフレーズを見事に再現。タイトなフレーズを不規則な展開の連続で見せるこのイントロのなかで、細かくスライドも挟むなど、超絶技巧も詰め込んでいる。おそらく若井は、大森から届いた音源を聴き、その細かな余韻のニュアンスも含め、「アルペジオで表現するべきだ」と判断したのだろう。練習に練習を重ね、再現に至ったわけだが、あまりに過酷で「(練習するために)家に帰りたくなくなった」と語っていた。音源にするためには、不可能なことを可能になるまでやる。それがMrs. GREEN APPLEの大切な流儀なのだ。

 ストリングスがアレンジのひとつの肝でもある「ケセラセラ」で、若井のギターは引き算の美しさを感じさせる。ゆっくりとしたアルペジオも余韻をあまり出さず、空間(空白)を作り出すように弾いているのだ。サビなどでのカッティングもシャープさやソリッドさを抑えて、リズムを刻むような丁寧なアプローチと言える。大森は「ケセラセラ」を人生の“希望”と“諦観”について書いた曲で、アレンジ面で人の情緒の起伏を表現することにこだわったと語る。この意図を理解し、音色やアプローチでしっかり抑揚をつけた若井のギターは、随所随所で豊かな表情を生み出している。

 「ケセラセラ」のMVでの演奏シーンで、フルートを演奏しているのがキーボードの藤澤だ(ライブでも時折披露している)。学生時代に音楽科に籍を置き、クラシックなどの音楽的知識をベースにアレンジ面で引き出しの多さを発揮するキーボード 藤澤のサウンドアプローチにおいてまず取り上げたいのは、「ナハトムジーク」(2024年)だ。映画『サイレントラブ』(2024年)の主題歌として書き下ろされたバラード曲である。Mrs. GREEN APPLEの公式YouTubeでは、同楽曲のレコーディング動画が公開されている(※1)。大森は、珍しく時間経過のない世界観で、ストーリー性をもって何かが変わっていくのではなく、短いところを広げて同曲の歌詞を書いたと説明した後、「実際に映画館で聴いた時に『このサウンドすごく美しいな』とか、いろんな部分でハッとしてもらえるポイントがあるといいなと思う」と、若井と藤澤に表現したいイメージをリクエスト。この言葉に対し、藤澤は「熱量感をどこまで楽器で表現するのか、歌に委ねるのか」と、若井も後半のスケール感について「どこまで行き切っていいのか、行き切らない美しさもあるから」と、両者ともにビジョンを共有するための質問を返している。大森のイメージに対して、2人は具体的に質問し、チューニングを繰り返すのだ。

 そうして作り上げていった「ナハトムジーク」での藤澤の鍵盤でのアプローチは、最初のAメロではアンビエントにも通ずるような空間の響きを大切にしている。鍵盤を弾いているというよりは、鍵盤の一音を置いて余韻を漂わせるような浮遊感。この曲のハイライトは、それまで淡々としていた楽曲のストーリーを2番のサビ前で一気に展開させる藤澤の鍵盤のアプローチだろう。クラシック然とした和音の連打のなかで、短く転調を繰り返し、最後には少しだけ流麗なメロディを聴かせ、大森のサビへと繋いでいる。和音の連打も歌とメロディを活かし、しなやかに優雅な音色で聴かせている。

 アップチューンの「アウフヘーベン」(2018年)では、イントロから楽曲が終わるまで、インプロビゼーション(即興演奏)のように奔放で、スキルフルなピアノプレイを披露している。音と音の合間を縫うというよりも、バンドアンサンブルそのものをリードし、大森の歌と重なる際にはコーラスを添えるかのような表情を見せる。注目したいのは、どれだけ転調してもどれだけトリッキーなフレーズを弾いても、優雅さと品があることだ。この品のある音色は「ナハトムジーク」にも通ずる。

 若井、藤澤と変わらずスキルフルなのは、ボーカルの大森も同様。自身の飽き性が「結果的に自分を苦しめていることにもなっている」と笑っていたが、その“苦しみ”の必要性を的確に分析している。「経験値を得る時って、楽しかったことだけじゃなくて、自分のなかでの成功体験というか、何か乗り越えられたっていう自覚と自任がとても大切だと思っていて。だから、そこのハードルはなるべく下げないようにしたいな、と。それが、結果的に全員が苦しむっていう形に(笑)」――。「苦しむ」と言いながら笑う大森。その言葉に笑顔で頷く若井と藤澤。自分たちが成長するために、新しいことに絶えず挑戦し、ハードルを上げていく。喜びのための苦しみだから乗り越えられる――それを3人が自ら身をもって経験し、体現している。だからこそ、Mrs. GREEN APPLEが歌う“希望”や“憧憬”は聴く人を鼓舞するのだ。

 Mrs. GREEN APPLEの新たなハードルは、私たちの想像をいつも軽く超えてくる。だからMrs. GREEN APPLEというエンターテインメントは観ていて飽きないし、いつも楽しいのだ。

※1:https://www.youtube.com/watch?v=68osodYoU44

(文=伊藤亜希)