iPhone 16はApple Intelligenceとハードウェア的に統合された最初のモデルとなる(写真:アップル)

2024年9月9日のアップル新製品発表イベントは、AI時代におけるiPhoneの進化と同社の戦略的方向性を鮮明に示している。

以前のコラムでも指摘したように、アップルにとって毎年の大きなテーマは“最新世代のiPhone”比率を高めることだ。

旧モデルの価格を下げてミドルレンジに投入したり、ベースラインモデルの性能や体験、機能をコントロールしたSEモデルを数年ごとにリフレッシュし、iPhoneからの離脱を防いでいるが、近年は年間トータルでの最新世代iPhoneの販売比率低下に悩んでいる。

Apple Intelligenceを中心に据えて開発

今年の発表では、6月に発表されていた新しいAI機能「Apple Intelligence」を、どのようにしてラインナップ全体の付加価値向上に組み込むかに注目をしていたが、アップルは発表イベントにおいて新しいiPhoneを「Apple Intelligenceを中心に据えて開発した」と表現していた。


開発者会議WWDC24でお披露目された「Apple Intelligence」(筆者撮影)

iPhone 11以降の世代でiPhone戦略を牽引してきたカメラの進化を止めるというわけではない。しかし、今後の進化軸としてアップルは“AIの独自進化”を大きなテーマとして捉えiPhoneの魅力を支える柱にしようとしている。

そしてApple Intelligenceには、他社には真似しにくい独自性の高さもある。

スマートフォンのあり方を再定義する大規模言語モデルを用いたAIサービスは、当然ながらアップルだけのものではない。では、AI機能がなぜアップルにとっての戦略の中心になるのだろうか? そこに大きな疑問を持っている読者もいるだろう。

しかし、Apple Intelligenceは、“スマートフォンのあり方”を再定義するほどに大きなインパクトがある。

例えば、スマートフォンに対して何か質問をするだけであれば、iPhoneの中にChatGPTやClaudeのアプリを入れればいい。端末のシステムと統合したいのであれば、iOSがChatGPTを呼び出すように、あるいはAndroidがGeminiを活用するように、システム内でAIサービスを呼び出せばいい。

「iPhone 16/16 Proは、Apple Intelligenceをどのように組み込むかを意識して設計された、はじめてのiPhone」とアップルが紹介したのは何故か? それは、Apple Intelligenceがライバルが追いつけないほどの価値を持っているからだ。

例えば、次のようなシチュエーションを考えてみよう。

「Google Workspaceを使って顧客とのディナーの予定についてやりとりをしていた中で、最終的に調整をアシスタントに任せ、アシスタントの確認作業をSlackで行っていた。予定が決まった後、Zoomでミーティングした際に好みの食事を確認。その後、LINEを使って複数の候補から先方に最終的なレストランを選んでもらいたい」…… やりすぎに見えるが、こうした複数の連絡方法にまたがった決定は、意外とよくあるシーンではないか。

GoogleのGeminiに尋ねたとしても正しい答えは出てこない。Slackでの内容も、LINEでのやりとりも把握してないからだ。

最終的な情報を抽出する能力

アプリが対応することが前提ではあるものの、Apple Intelligenceであれば、これらのやりとりを整理した上で、正しい答えを導き出すことも不可能ではない。Apple Intelligenceは、アプリケーションにまたがるコミュニケーションを時系列に並べ直し、そのやりとりを把握したうえで、最終的な情報を抽出する能力があるからだ。


Siriがパーソナルコンテクストを認識し、プライバシーを安全に保ったままオンデバイス処理でアシスタントしてくれる(写真:アップル)

もちろん、どこまで深掘りできるかは、実際のApple Intelligenceで試さなければわからないところだが、コンセプトとしての違いは理解できるはずだ。

スマートフォンはあらゆる情報を操ることができる万能型の情報機器として、われわれの生活やビジネスにおいて必要不可欠なものになっているが、あくまでも情報を操るための道具だ。

一方で、あらゆる情報が集まってくるため、そこから有益な情報を正しく取り出そうと思うと大きなハードルになる。情報が限られているのであれば、その多くは自分自身の記憶に頼ることで、正しい情報を素早く取り出すことができるだろう。しかし、現在のスマートフォンに集まってくる情報は莫大だ。

これに対してApple Intelligenceは、スマートフォンに集まってくる情報を集約し“勝手に”整理してくれる。その中からどこにどのような情報があるかをユーザーが把握しきれなかったとしても、自動的におそらく正しいであろう情報に変換した上でユーザーに示してくれるのだ。


増えてくると煩わしかった“通知”もAIが勝手に優先度を判断してくれるように(写真:アップル)

Apple Intelligenceが生み出すiPhoneの新たな価値

本当にそれほど便利なものになるのだろうか? OpenAIのChatGPTが話題をさらって以降、世の中ではテクノロジー業界以外でもAIが社会をどのように変えるのか、それまでの常識を覆す形で、さまざまな製品やサービスの再構築が進んできた。

AIを使い慣れた方ならば、よくご存じのことだろうが、漠然とした幅広い情報に対して質問をした場合、確かに現在のAIはまるで本当のことのように間違った情報をレポートしてくることが多い。

しかし、正しい情報を資料として与えた上でレポートさせると、極めて有益な情報を得られる。たとえ参照させている資料が膨大だったとしても、その中にある情報を突き合わせ、時系列で並べながら、情報と情報の関係を整理してくれるのだ。

Apple Intelligenceが有益なのは、iPhoneの中に集まってくるプライベートな情報を、こうしたAIサービスにアップロードする資料と同じように活用できるからだ。Apple Intelligenceはプライベートな行動や情報をもとに回答を生成するため、そこから大きく逸脱した結論は出さないと考えられる。

そのために「Private Cloud Compute」という技術をアップルは開発し、ユーザーデータの匿名化と非保存処理を実現し、個人情報の保護と高度なAI機能の共存を可能にした。こうした機能を実装するためには、データプライバシーに対する社会的関心の高まりを背景にすると、パブリックなクラウドへの依存度が高いGoogleの基本戦略では対応が難しい。

加えて無料で提供されることと合わせると、ユーザーはこの機能を“端末そのものが持つ機能”として捉えるだろう。アップデートを重ね洗練をさせていくことによって、カメラ機能がそうだったように、レンジアップデートを加速させる新しい軸になる可能性は高い。

そして、簡単にライバルが追いつくこともできない枠組みで作られている。

アップルはプライベートクラウドのコストも含め、ハードウェア、ソフトウェア、サービスを一体化して端末の価値を出し、それを1つの製品として販売している。こうした垂直統合型のモデルはiPhone以外には存在しておらず、単純にAIサービスを無料で実装するだけでもiPhone以外にとっては大きなハードルだ。

ユーザーとの長期的なエンゲージメントも高める

もちろん、この手法には懸念もある。最大の問題は、AIの性能と進化の速度だ。端末内処理とプライベートクラウドに分割されたアーキテクチャは独自のもので、大規模言語モデル開発のトレンドが加速するにつれて競争力を維持することに苦戦するかもしれない。

また、Apple Intelligenceの展開スケジュールも懸念材料だ。英語圏での先行提供に続き、日本を含む非英語圏での展開が2025年以降になる点は、グローバル市場での一部ユーザーの買い控えを招く可能性がある。

しかし、それでもなおApple Intelligenceを中心に据えた戦略は、アップルの中期的な成長を促すと考えている。さらに長期的に考えるならば、Apple Vision Proなど将来のコンピューティングモデルにつながる可能性もある。

なぜなら、Apple Intelligenceは個人に紐づいて成長していくからだ。

Apple Intelligenceを搭載するiPhoneを使い続ければ使い続けるほど、アップル端末のApple Intelligenceはあなたのことをよく知ったAIになっていく。やや言い過ぎかもしれないが、あなたの生活、人生そのものに寄り添って、あらゆる情報を把握してくれるアシスタントとして、何年か後にはかけがえのないものになっているかもしれない。

もちろん、AIは「より確からしい情報」を雑多な情報群から取り出し、有益な情報として活用するだけの仕組みに他ならない。ここに感情などは存在しないが、人間は次々に古い情報を忘れていく一方で、AIは過去の履歴をすべて把握したうえで動作する。

本人さえも意識しなくなった古い記憶までも把握したうえで、あるいは過去にやりとりした誰かとの会話までを把握したうえで、コミュニケーションのアドバイスをくれるとするならば、果たして別のプラットフォームに乗り換えたいと思うだろうか。

Apple Intelligenceは、ユーザとアップルとの長期的なエンゲージメントを高める上でも、大きな役割を将来的には果たしていくことになるだろう。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)