日本高野連に所属しない選手たちは「リーガ・サマーキャンプ」に何を求め、何を感じたのか?
ドラフト候補の投手が球速140キロ台の球を投げ込み、大学経由でプロを目指すスラッガーが木製バットで鋭いライナーを弾き返す──。
夏の甲子園に出場できなかった高校3年生たちが26万9500円の参加費を支払い、8月9日から17日まで北海道の栗山町民球場とエスコンフィールドで初開催された「リーガ・サマーキャンプ」。そこにはNPBやMLB、さらに四国と北海道の独立リーグのスカウトも視察に訪れ、高い志を持つ高校生たちにとってショーケースのような意味合いも込められた。
「高校野球に新たな価値をつくりたい」
一般社団法人『ジャパン・ベースボール・イノベーション』の阪長友仁代表がそう志を抱き、リーグ戦、7イニング制、監督不在など既存の高校野球とは異なる設定で行なわれたなか、52人の参加者には「リーガ・サマーキャンプ」だからこそエントリーできた選手がいた。日本高等学校野球連盟に所属していない4人だ。
将来は独立リーガーになりたいと語る工藤琉人 photo by Nakajima Daisuke
夢は独立リーガー──。
胸に大志を秘め、3年ぶりに実戦機会を得たのが、軽度の知的障害を抱えて日本体育大学附属高等支援学校(北海道網走市)に通う工藤琉人だった。
「周りはオレが陸上部だと知っているなか、本気で向かってきてくれました。三振しても悔しいと感じるのではなく、うれしいと思っちゃいました」
思わずこぼれた笑みから、野球をできる幸せが伝わってきた。
工藤は小学2年生で野球を始めて中学でも高いレベルを誇ったが、進学した日本体育大学附属高等支援学校には野球部がなく、陸上部で主にやり投げや円盤投げ、砲丸投げをやっていた。
子どもの頃から投げることが得意で、第61回北海道障がい者スポーツ大会の陸上競技ではソフトボール投げ(障害区分27−少)で優勝。記録97m67は全国記録を6m以上も上回る快挙だった。やり投げも第76回北海道高等学校陸上競技選手権大会で49m53を記録した腕前だ。
一方、野球をしたいという情熱は消えず、知的障がいのある生徒が甲子園出場を目指せる土壌づくりを目的とする『甲子園夢プロジェクト』にも参加した。
だが、開催場所の都内近郊まで行けるのは年3回程度。北海道から足を運んでも肩の強い工藤の球を捕れる選手はおらず、「手加減せざるを得なかった」。無理もない。高校3年時に夏の釧根支部予選の始球式で登板すると、球速140キロを計測するほどの豪腕なのだ。
リーガ・サマーキャンプでは外野手として登録され、18打数5安打で打率.278、長打を3本放つなど好成績を収めた。
「工藤くんの運動能力の高さにあらためて驚かされました」
そう語るのは元ロッテのクローザーで、リーガ・サマーキャンプに指導者として招かれた荻野忠寛氏だ。甲子園夢プロジェクトにも携わり、高1の工藤を見て「強豪校でも通用するレベル」と感じたという。
「今回、プロを狙える選手と同じグラウンドに立ち、遜色ないプレーを見せました。初日の初打席で対戦したのは横浜高校で、140キロくらい投げるピッチャーだったので『さすがにきついかな』と思っていたら、いきなり痛烈なショートゴロ。この感じならヒットが出ると思ったら、逆方向に長打を打ちました。運動能力は高いですね。しかも、まったく練習せずに参加しているので、ポテンシャルはかなりのものがあると思います」
工藤はヒットを放つたび、「野球をちゃんと2年半やっていれば、もっとしっかり捉えられた」と感じたという。ドラフト候補右腕の田上航(八幡商業)にはショートゴロと空振り三振に抑えられたが、「もっと練習していれば打てたはず。次は負けない」と闘志をかき立てられた。
「自分としては、まだまだできたという感じでした。物足りない気持ちが強いですね。今は独立のトライアウトを受けたい気持ちが強いです」
夢はプロ野球選手ではなく、独立リーガー。もちろん理由がある。
「高1くらいからそう思い始めて、今年の2、3月に動画を見ていて『独立でやりたい』気持ちが強くなりました。いきなりプロ野球選手(NPB)と言わないのは、みんなと違って2年半のブランクがあるからです。独立でいろいろ経験し、その過程があってからプロ野球を目指したい」
アメリカのIMGアカデミーから参加した宮部敢太 photo by Nakajima Daisuke
アメリカのIMGアカデミーに通う宮部敢太は直近のシーズン、ヒジに全治6カ月のケガを負ってプレーできず、実戦機会を求めてリーガ・サマーキャンプに参加した。知人に聞いた父が勧めてくれた。
宮部は小学5年生の頃にIMGのキャンプに参加し、豪華施設と優しいアメリカ人コーチ、量より質の練習に魅了されて中学からIMGに通うことに決めた。渡米前に英語はまったくできなかったが、特別クラスで2年間学び、中学3年から一般クラスに移った。
「IMGにはいろんな国の人が来るから、各国の文化を学べるのが一番よかったです。野球のレベルが高い人が多いので、一緒にプレーして学べるし、話も聞けるし。コーチもプロ出身が多いので、教え方も上手です。少人数にひとりのコーチがつくので、練習しやすい環境です」
宮部にとって、日本の同級生と野球をするのは小学生以来だった。
「みんな野球IQが高くて、一緒にプレーして楽しかったです。たとえば、試合前のアップではダッシュを多めに入れたり、夜はみんなで素振りをしに行ったり。IMGには素振りをする選手はいないですし、日本の野球のいろんな部分が見られたのはよかったです」
素振りをはじめ、世界の視点から見ると、日本の野球文化は良くも悪くも独特だ。髪型は丸刈りで、ウォーミングアップはチーム全体で一糸乱れぬように行ない、試合中はベンチから大声を張り上げる。そうしたスタイルは以前より減ってきたとはいえ、軍隊や教育の影響は今も残っている。
「正直、自分には合ってないなって思います。アメリカのスタイルのほうがいいですね。のびのび野球をやるのが好きなんです。あまり縛られたくないので」
では、リーガ・サマーキャンプはどう感じたのか。
「アメリカとほぼ一緒ですね。声出しやウォーミングアップをみんなでするチームもあるけど、僕のチームは各自でアップをします。やるべきことはしっかりやり、ある程度自由に任されているという感じでした。ほかのチームではなく、今回のチームでよかったですね。たまたまですけど(笑)」
試合中、ランナーへの呼びかけなど必要な声を出すチームメイトにつられ、宮部も自然に声が出たという。
「あまり大きな声は出ないけど、出せるだけ出しました。周りにつられて(笑)。アメリカにも声出しはありますが、声で圧をかけるみたいな感じはないので新鮮でした。ほかの県の子と話したり、友だちもできて楽しかったです」
将来はアメリカか日本、あるいはメキシコやコロンビアを含め、世界のどこかでプロ野球選手としてプレーしたいと考えている。
「IMGではOBの大橋武尊さん(元DeNA、今季はメキシコでプレー)にお世話になりました。いろんな人とつながりができるのが楽しくて。リーガ・サマーキャンプの阪長さんともつながりがあるんです。自分がIMGでプエルトリコの大会に行った時、そこに来たトレーナーの方が弘前聖愛高校のトレーナーをしていて、阪長さんと知り合いでした。親からつながりの大切さを学び、自分も大切にしようと思っているので、(いろんなつながりを)どんどんつくっていきたいです」
アメリカからプレー機会を求めて参加した宮部や、3年ぶりに試合でプレーした工藤に加え、受験のために2年冬に野球部を退部した選手、普段はクラブチームで週に一度プレーする選手など、多様な者たちがそれぞれの目的を持ってリーガ・サマーキャンプに参加した。既存の枠にとらわれない試みだからこそ、選手たちは新たな価値観に触れ、充実した日々を過ごすことができた。