(※写真はイメージです/PIXTA)

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貯蓄におけるひとつの手段としてのタンス預金。とりわけ親世代の高齢者のなかにはいまだに現金主義という人も多いでしょう。しかし、現金を手元に置いておくことで、生まれるリスクも当然あって……。本記事ではAさんの事例とともに、高齢親の資産管理について、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。

いまだ根強い現金主義の高齢者

経済産業省が令和4年3月にまとめたレポートによると、日本の2020年のキャッシュレス決済比率は29.7%となっています。世界各国では40%〜60%台となっているため、日本が遅れている感は否めず、今後のキャッシュレス決済比率の向上が目指されています。

便利なツールであるキャッシュレスですが、電子マネーの普及は若い世代で広がっているものの、60代以降のシニア層では利用に抵抗があることを示す民間のアンケート調査結果もあり、年代によってスムーズにキャッシュレスに移行していない様子がうかがえます。現金で決済、手続きをするということに対する信頼や安心感は一定の支持があるのです。民間シンクタンクによるといわゆるタンス預金の額は60兆円にもおよぶとの推計もされています。

現金に対する信認があることは理解できる一面ですが、その姿勢があまりに偏って極端な場合、ときに悲惨な結果になってしまうことがあります。今回は、現金で手元に置いておくのが一番と考えたいわゆるタンス預金派、80代のAさん女性の事例から大切な資産を守ることについて考えていきましょう。

質素な暮らしでコツコツ貯金を続けていた母

Aさん(80歳女性)の職業は幼稚園の職員でした。結婚して2人の息子を出産。子宝に恵まれたあと、まじめにコツコツ仕事をして、長男B、次男Cを育て上げ、派手な生活はすることなく堅実な暮らしをしてきました。

年収は最も高かった時期でも400万円ほどと決して高額ではありませんでしたが、仕事に誠実にまじめに取り組んできたことから、周りにも頼りにされ、75歳まで非常勤の職員として仕事を続けることができました。夫は3年前に他界していますが、年金は月に23万円ほど。生活には不自由をすることはありません。

それぞれが家庭をもった2人の息子たちBさん、Cさん(現在50代)も堅実な母の姿に安心して、老後の暮らしの様子を見守ることができていたのでした。

コロナ後に一変した母の様子

コロナ禍となり、Aさんは2人の息子も含めて人と会うことが少ないときを過ごしました。

もともとは明るく活発だったAさんでしたが、コロナ禍が過ぎさり、ようやく息子たちと会えるようになったときのAさんの老化、衰えた姿は以前と大きく異なりました。綺麗に整えていた長髪の髪型は人と会うことが少なくなったことの影響もありボサボサに。同世代の友人を何人かを突然亡くして葬儀にも参列できず呆気ない別れを経験したAさんの姿はすっかり年老いてしまっていました。

自身もコロナに罹患、何度か受けた予防接種後の体調不良も重なり、生き生きとしていたAさんの姿はもはやそこにはありませんでした。一人暮らしもやがて限界が来るだろうと考えたBさんは、母親Aさんに連絡を取って施設での暮らしの検討を打診します。ところが、どうも様子がおかしいのです。

Bさんが「お母さんもそろそろ老人ホームでの暮らしを考えたほうがいいんじゃない?」と電話で話したところ、Aさんは「次男Cと一緒に暮らすことになると、この前約束したのよ」と答えます。そんな話は初耳だったBさんが弟Cさんに聞いたところ、Cさんはそんな話をしたことは一切ないと言います。

また、ある日突然AさんからBさんにかかってきた電話では「書斎に置いていた財布がなくなっている。Bがどこかに持って行ったのか? あんたは泥棒か!?」Bからするとまったく身に覚えのないことで怒りをぶちまけられます。

帰省の日程の確認でも、帰ると伝えていた日の1ヵ月も前に「今日は何時ごろに帰ってくるんだい?」と、どうも嚙み合わない会話やできごとが日に日に増していきます。

このかみ合わない会話がAさんの認知症の始まりであったことは後にわかることとなります。いよいよ一人で暮らさせるわけにもいかないと考えた、BさんとCさんは2人でAさんのもとへと向かいます。

お金で困っている様子はなかったAさんですから、BさんCさんも年金もあるし老人ホームでの暮らしも大丈夫だろうと考えていました。ところが、Aさんの貯金残高を確認したところ、200万円ほどの金額しかありません。BさんがAさんに問いただしたところ、Aさんが言うには「安心しなさい。貯金を銀行に置いておいたら税金がとんでもなくかかるから、大方引き出しておいた。書斎と寝室の◯◯に1,500万円ずつあわせて3,000万円置いてあるよ」とのこと。

そんな大金を家のなかに置いておくなんて……と戸惑いを隠せない、BさんとCさんですが、母の言う場所を探したところ、母が若いころから使っている古びたボストンバッグを発見。なかには、合わせて2,000万円ほどの現金がボストンバッグに詰め込まれていました。あまりの大金に唖然とする息子たち。

ところが、冷静になって数えてみると、母の言う3,000万円に残り1,000万円がどうにも合いません。母の通帳を確認すると、定期的にこまめに出金された記録があり、母の言うとおり3,000万円の現金を出金していることは間違いではなさそうです。

Bさんは母Aに2,000万円しかないことを恐る恐る伝えると「また、貴方たちが隠したんでしょ!? 早く出しなさい!」と怒り出す始末です。もはやBやCがなにを言っても、Aさんがお金のことで冷静さを取り戻すことはありませんでした。

どうもAさんは現金にしておけば相続税がかからないものだと思い込んで、あるときから預金を引き出して、タンス預金としていたようです。そもそも現預金にしたからといって、相続税から逃れられる理由にはなりません。それどころか、記憶力に衰えの出たAさんが多額の現金を家のなかで管理できるはずもありません。

見当たらない1,000万円の行方は、使われたのか、紛失したのか、はたまた盗まれたのか、もはや誰にもわからなくなってしまい疑心暗鬼の気持ちだけが家族のなかに残ってしまったのでした。

認知症になる前に

ポイント1:そもそも相続税がかからなかった可能性も

Aさんのように質素倹約でコツコツと暮らした結果、数千万円の預貯金を持つ方は少なくありません。3,000万円は大きな資産であることに変わりはありませんが、Aさんには子供が2人いるため、遺産の総額から引ける基礎控除が4,200万円あります(3,000万円+600万円×2人)。

Aさんの預貯金は3,000万円だったので、ご自宅と合わせてもこの基礎控除の範囲内に収まっていた可能性があります。また、仮に相続税が発生したとしても決して多額ではなく、手持ちの預貯金から少し払えばよい程度だった可能性が十分にあるのです。

Aさんのこれからの老人ホームでの暮らしを考えると、ちょうど相続税がかからない範囲に預貯金を使ってしまっている可能性もあります。

ポイント2:普通に金融機関に預けておく

現金にすれば相続税がかからないというわけではありません。そもそも預金のままでも相続税がかからないのであれば、普通に金融機関に置いておけばよかったのです。

2024年7月からは新札(新券)が発行されます。旧札もそのまま使うことができますが、新札が流通の大半となるのは時間の問題です。やがて旧札は使いにくい存在へとなっていくでしょう。

認知判断能力の低下に伴い、現物の管理は徐々に難しくもなります。また、認知症の方特有の妄想のひとつに、大事なものを盗られたと訴えることが挙げられます。

盗られて困るようなものは、極力身の回りに置かないことが認知症対策のひとつといえるわけですから、多額の現預金を身の回りに置くことはリスクの塊でしかないでしょう。

ポイント3:相続税の心配には、最も手軽な税金対策「生命保険」を検討

現預金であれば相続税が課税される財産額であっても、保険に置き換えるだけで相続税の税金対策ができる可能性があります。死亡保険金には非課税枠があり、500万円×法定相続人の人数までの金額であれば、相続税の課税対象とはなりません。

Aさんの場合、1,000万円までの死亡保険金は非課税枠です。手元の預貯金を生命保険に置き換えるだけで、相続税対策は完結していた可能性があります。もちろん、Aさんが認知症を発症する前にとっておくべき対策のひとつでもあります。

現金というのは傍から見ると捉えにくい財産のひとつです。それゆえに、社会に対して不信感を持つ高齢者が、突拍子もなく「現金にして、私のそばに置いておけば大丈夫!」という発想を持つことがあります。

ところがその現金は傍からだけでなく、ご自身、家族からですらやがては捉えにくく、管理がしづらい財産になっていきます。これまで金融の仕組みまったく使わずに生きてきた方というのはおそらく1人もいないでしょう。そうであるならば、最後も金融の仕組みのなかで生活を終えるというのが、間違いが起こらないお金の管理方法といえそうです。

※本記事は、実際にあった出来事をベースにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から変更している部分があります。また、実際の相続の現場は、論点が複雑に入り組むことが多々あり、すべての脈絡を盛り込むことは話の流れがわかりにくくなります。このため、現実に起こった出来事のなかで、見落とされた論点に焦点を当てて一部脚色を加えて記事化しています。

森 拓哉

株式会社アイポス 繋ぐ相続サロン

代表取締役