6月13日〜14日にイタリアで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)では、首脳宣言で対中国貿易に関する問題が共有された。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「世界のEV産業は今後、アメリカ・欧州・日本を中心とする『グレーター・アメリカ』と、中国・アジア・アフリカを中心とする『グレーター・チャイナ』の対立がより鮮明になるだろう」という――。

■日本では報道されない「欧州議会選挙」の結果

2024年6月6日〜9日、EUの重要な政策を左右する欧州議会選挙が行われた。欧州各国で極右勢力が支持を広げる中、現EU委員長のフォン・デア・ライエン氏(ドイツ出身の政治家)が続投となるかが注目を集めた。

日本のメディアでは、この欧州議会選挙に関する報道は少なかったが、今後の欧州、ひいては世界に与える影響は大きく、本来ならもっと注目すべき選挙だ。なぜなら、産業政策、気候変動対策、そしてウクライナ支援などにおいて、欧州各国の政権は、欧州議会の承認を受けた「EU法令」の下に、それぞれの国を運営するからである。

欧州議会の定数は720議席であり、この議席数はEU加盟27カ国に対して人口規模で振り分けられる。EU最大の人口を抱えるドイツは96議席を有し、最小人口のマルタは6議席となっている。議員の多くは、どの国の出身であろうと欧州議会内の「会派」に所属して活動する。議員の任期は5年であり、今回の選挙は2024年から2029年までのEUの政策決定に影響があるということだ。

■保守・極右会派が躍進するが、影響は限定的

今回の欧州議会選挙の焦点は、欧州人民党(EPP・中道右派)、社会民主進歩同盟(S&D・中道左派)、リニュー・ヨーロッパ(RE・中道リベラル)からなる主要政党が過半数を獲得し、従来路線を継続できるかであった。

また、欧州各国における保守や極右勢力の台頭がどのように顕在化するかにも注目が集まった。EUに対して懐疑的とされる欧州保守改革(ECR・右派)やアイデンティティーと民主主義(ID・極右)が欧州議会でも勢力を拡大すれば、EU域内でも右派ポピュリズムが台頭し、各国が「自国優先主義」に傾くことになる。

結果として、事前に予想された保守・極右の躍進はあったものの、中道右派が最大会派の座を死守した。この結果、議会運営では従来通り中道右派が中道左派、リベラル会派と協力して、406議席で過半数を得る可能性が高まった。今回の欧州議会選挙の結果がEUの政策運営に与える影響は限定的だといえる。

アジア・パシフィック・イニシアティブ「欧州議会選挙2024 2つの『疲れ』表出と2つの域外脅威への対抗」(主任客員研究員 鈴木均) 第一生命経済研究所「欧州議会選挙で動き出す政局〜EU人事とフランス政局の行方が注目〜」(田中理)より作成

■「極右の台頭」に苦悩する欧州各国の政権

会派別に見ていくと、現フランス大統領であるマクロン氏が率いるリニュー・ヨーロッパ(RE・中道リベラル)と欧州緑の党・欧州自由連盟(Greens/EFA・中道左派・環境)が大幅に議席数を減らした。一方で欧州保守改革(ECR・保守)とアイデンティティーと民主主義(ID・極右)が議席数を伸ばしている。

フランスの極右政党である国民連合の党首、ジョルダン・バルデラ氏(28歳)(写真=European Parliament/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

また議席数を増やした「無所属」の中には自国優先主義と言われる「ドイツのための選択肢(ドイツ)」や「フィデス(オルバン首相が率いるハンガリーの政権与党)」などが含まれる。

リベラルが票を落とし、保守や極右が票を伸ばした背景には、生活苦などによる不満の高まりがある。欧州各国の市民が体感する「豊かさ」は、コロナ禍前を下回っている。その原因が、EUが旗を振る「国際協調的な政策」にあると考える人が増えているのだ。

国際協調的な政策とは、第一に移民である。各国の政権が寛容に対応してきた移民労働者の増加は、賃上げ圧力を緩和し、不法移民の増加なども招いた。賃金が上がらず、治安が悪化するという各国で起きている問題の原因を、移民の流入に求める風潮が形成された。

■市民の不満が拡大している理由

第二に気候変動対策が挙げられる。ドイツでは暖房設備に再生可能エネルギー利用が義務づけられるなど、経済的負担の重さが「気候変動対策疲れ」を引き起こしている。欧州投資銀行(EIB)の調査によれば、2019年の選挙時にEU市民は「気候変動」を最大の困難として挙げていたが、2023年には「生活費上昇」を挙げる回答者が急増したという。

そして第三に、ウクライナ支援である。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧州各国はロシアへの経済制裁を発動した。その結果、ロシアからの化石燃料の輸入量が激減し、電気料金の値上がりやガソリン価格の高騰などが市民生活に大きな影響を与えている。また2022年6月以降、EUはウクライナからの輸入品への関税を停止したため、EU各国ではウクライナ産の安価な農作物の輸入が急増した。これにより各国の農家は、政府に自国優先の対応を求めて抗議活動を実施するなど、不満が拡大している。

こうした中、フランスでは極右政党「国民連合(RN)」の欧州議会選挙での躍進を受けて、マクロン大統領が国民議会(下院)の解散を宣言し、6月30日に選挙が行われた。マクロン大統領は極右にアレルギーがある市民への訴えを強めて、自らが率いる政党「ルネサンス(再生・中道リベラル)」の復権を狙ったが、結果は国民連合(RN・極右)が得票率1位となった。7月7日に行われる決選投票で最終的な議席数が確定するが、マクロン大統領にとっては厳しい結果といえる。

■存在感を増すイタリアのメローニ首相

そんな欧州において脚光を浴びているのが、イタリア初の女性首相となったジョルジャ・メローニ氏だ。

メローニ首相はイタリアの首都ローマ出身の47歳で、2012年に右派政党「イタリアの同胞」を結党した。同党は2022年の総選挙で第1党に躍進し、首相に就任した。独裁者ムッソリーニが結成した「ファシスト党」の流れをくむ政党「イタリア社会運動」の青年組織に所属していた過去から、ファシズムに傾倒しているのではないかといわれたが、実際には欧州人民党(EPP)などのEUの中心勢力との緊密な協力関係を築き、自身が所属する欧州保守改革(ECR)などの保守派や極右勢力との橋渡し役を務めてきた。

イタリアのメローニ首相(写真=Governo italiano/CC-BY-3.0-IT/Wikimedia Commons)

EUのフォン・デア・ライエン委員長は、イタリアでのメローニ氏の盟友である極右政党「同盟」のサルビーニ党首やフランスの極右政党「国民連合(RN)」の実質的リーダーであるマリーヌ・ルペン氏ら、極右勢力との連携は否定している。しかしメローニ氏に対しては「明らかに親欧州派だ」として、協力することに懸念はないとしている。

欧州議会選挙前には、フォン・デア・ライエン委員長の2期目を狙う主要政党と、勢力逆転を狙うアイデンティティーと民主主義(ID)のマリーヌ・ルペン氏ら極右との間で、欧州保守改革(ECR)のメローニ氏がキャスティングボートを握るといわれていた。双方から熱烈なラブコールがあったとされる。メローニ氏自身はマリーヌ・ルペン氏らの極右勢力と同一視されることを嫌っており、今後はフォン・デア・ライエン委員長ら主要政党と接近してEU内で発言権を増していこうと考えているのではないか。

■「6人のレームダックとジョルジャ・メローニ」

6月13日〜14日にイタリア・プーリア州で開催されたG7サミットの際には、米メディアのPOLITICOに「6人のレームダックとジョルジャ・メローニ」という記事が掲載された。記事によれば、「今回のG7は史上最も弱い指導者の集まり」であり、メローニ氏以外は「レームダック(死に体)」だというのだ。

フランスのマクロン大統領とイギリスのスナク首相は、低迷する支持率を回復させる最後の手段として議会を解散し、急遽、選挙戦を繰り広げている。ドイツのショルツ首相は、欧州議会選挙で極右に大敗して屈辱を味わい、間もなく失脚する可能性がある。カナダのトルドー首相は、「クレイジーな」仕事を辞めたいと公言している。日本の岸田首相は、今年後半の自民党総裁選を前に、支持率の低迷に耐えている。そしてアメリカのバイデン大統領は、次男のハンター・バイデン氏が銃を不法に購入した罪などで有罪判決を受け、大統領選への影響が注目されている。

つまりイタリアのメローニ首相を除けば、G7サミットの首脳陣は皆「レームダック化している」というのが記事の要旨だ。

メローニ首相は国内では右派連立政権ながら、EUやNATOとは協調方針をとるなど現実路線を歩んでいる。欧州議会選挙では、自身の率いる「イタリアの同胞」が29%を得票して首位に立った。G7の他6カ国の首脳と違って国民から支持され、政権基盤を盤石なものとしている。

■中国EVの脅威とG7の「対中強硬」宣言

G7サミットでは14日、議論の成果をまとめた首脳宣言を採択した。その中で、中国の「過剰生産」問題に対する結束も共有された。

「過剰生産」という言葉は当然ながら西側諸国の言い方であり、問題の本質は中国のEVの競争力が急速に高まっていることにある。首脳宣言にこの内容が入れられたのは、アメリカのバイデン大統領の意向が強いと見られる。2024年11月に大統領選挙を控えているバイデン氏にとって、対中強硬政策を推し進めることは、アメリカ国民に受けがいいからだ。

中国は10年以上前から「自動車強国」を目指してきた。もともと中国は消費大国という意味での「自動車大国」であったが、中国政府はさらに、中国で製造した自動車を欧米や日本などに輸出する「強国」になることを目標としてきた。2020年代に入り、EVの開発・普及によって、それが実現されたのだ。

中国発のEVというと低価格によって競争力をつけたと思いがちだが、実態としては性能面でも、欧米や日本のメーカーを上回る部分が出てきている。中国のEVメーカー「BYD」の最新車には、欧米や日本のメーカーのEVには採用されていない独自の部品や効率化の仕組みが採用されている。さらに「『iPhoneより安くて速いスマホ』の中国企業が、『テスラより安くて速いEV』を発売…自動車業界を揺るがす大衝撃」の記事でも紹介したように、自動運転やデジタル化、プラットフォーム化においても、中国のEVは世界を一歩リードしている状況だ。

写真提供=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
BYDオートジャパン新型電気自動車(EV)「BYD SEAL」発表会。写真は=2024年6月25日、都内 - 写真提供=日刊工業新聞/共同通信イメージズ
BYDの人気小型車「SEAGULL」(写真=JustAnotherCarDesigner/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■欧州諸国が抱く「中国に対する本音」

こうした中国EVの脅威に対して、アメリカは異例の100%の関税を課すなどの強硬策をとっている。今回のG7では、この方針に欧州や日本も追随することになった。その裏には、中国がロシアに対して、武器は輸出していないとしても、部品や半導体、製造部材などの輸出をしているという問題がある。アメリカが中国に厳しい姿勢に出ているのは、こうした理由からだろう。

一方G7では対中強硬路線で協調したものの、欧州各国を見ていくと、中国に対する姿勢は本音では「つかず離れず」といったところか。フランスはもともと中国と親しく、本音としては取引をしたい。イタリアのメローニ首相は中国の「一帯一路(中国の習近平主席が提唱したシルクロード経済圏)」構想から離脱したが、一方で中国への訪問を計画しているという。ドイツは中国のEVに対して厳しい関税を課すと、中国に輸出しているフォルクスワーゲンなどのEVに対して報復措置をとられる可能性があり、規制には慎重になるだろう。

■EU議長国は「自国優先」「親露派」のハンガリーに

欧州議会選挙が終わり、今後の欧州・世界情勢における大きな変動の可能性は次の2つが挙げられる。1つはEUの議長国が7月1日からハンガリーに変わったこと。もう1つは11月のアメリカ大統領選挙でトランプ前大統領が返り咲くことである。

ハンガリーのオルバン首相は、政権与党である右派ポピュリズム政党「フィデス」を率いて、自身に権力を集中させている。自国優先主義、親露派として知られ、EUのウクライナへの資金援助に最後まで反対した。そのハンガリーが議長国となれば、ウクライナ支援だけでなく産業政策などにおいても、EUの従来路線が後退する可能性がある。

そしてオルバン首相は2024年3月にトランプ氏と会談するなど、近しい関係にある。アメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選した場合、オルバン首相だけでなく、欧州各国で右派ポピュリズム・自国優先主義的な政治家が力を持つことが予想される。

アメリカのトランプ前大統領(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

■トランプ氏が再選すれば、世界は右傾化する

イタリアのメローニ首相も国内では右派連立政権であり、もともとは移民削減などの政策を主張していた。政権をとって以降は穏健保守路線だが、トランプ氏が大統領になれば、「本音」が出てくるかもしれない。

「なぜロシア人はプーチン大統領に『過去最高の投票』をしたのか…『強くて本音の政治家』が支持される理由」の記事に書いたように、「本音」で「強い」自国優先主義的な政治家は、生活苦にあえぐ市民から支持を集めている。極右勢力が台頭する中、トランプ氏の大統領就任によって、各国首脳が迎合せざるを得なくなり、世界的に自国優先主義に傾倒する恐れがある。

■日本車の「ドル箱市場」が侵食されている

トランプ氏が再選した場合、日本にも右派ポピュリズム・自国優先主義の波は押し寄せてくると予想される。その時に日本はどのように振る舞えばいいのか。

政治的には、対中強硬路線にならざるを得ないだろう。トランプ氏が大統領になっても、アメリカと中国の対立は激化すると予想される。一方で経済的には、中国は日本にとって大きな市場であり、多くの製品のサプライチェーンに中国企業が組み込まれている。すぐに中国との取引をゼロにできる日本の大企業は少ないだろう。

もっともEVの場合は、BYDなど中国のEVも日本に徐々に入ってきているが、日本ではEV自体が欧州ほど売れていない。そのため市場として日本は重要視されていない。ただし、他のアジア市場はすでに中国のメーカーに席巻されている。

高い耐久性や悪路での走破性、燃費性能で、日本車が圧倒的な人気を得てきた東南アジアは、これまでは日本のメーカーにとって「ドル箱市場」であった。しかしここ数年は中国のEVが攻勢をかけてきている。

写真=iStock.com/cbarnesphotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cbarnesphotography

■「グレーター・アメリカ」vs.「グレーター・チャイナ」

タイでは長年、日本メーカーの自動車販売シェアが9割を超えていたが、2023年は78%と8割を切った。EVの伸びは顕著であり、中国のBYDは3万台を販売、シェアを4%に高めている。BYDはベトナムにも進出し、2024年半ばまでに50カ所のショールームを開設する計画を表明している。

またインドネシアでは、同国が世界最大規模の埋蔵量を誇るニッケルをEVのバッテリーに提供して関連産業の成長を促すべく、政府が支援している。2023年の新車販売シェアでは日本メーカーが9割を超えたが、中国の上汽通用五菱汽車が現地でのEV生産を始め、シェアを伸ばしている。

このように東南アジア市場での中国EVの躍進はすでに顕在化しており、日本の自動車メーカーは市場を奪われていく未来が予測される。

EVではアメリカ・欧州主要国・日本を中心とする「グレーター・アメリカ」と、中国・アジア・アフリカを中心とする「グレーター・チャイナ」の両陣営のすみ分けがより一層顕著なものとなるだろう。そうなれば、日本もアメリカのように関税を上げるなどの対応を迫られるかもしれない。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=野上勇人)