『フジロック』に通う理由:誰にも何にも強制されない自由な時間と、つまらないライブは一つもないという確信【音楽ライター・リレーコラム(1)】
■20年以上飽きずに通う理由は個人的かつ複合的
今年、苗場開催25周年を迎える『フジロック』。私は初年度の天神山と苗場での初回以外は全て参加してきた、いわゆる古参ということになるのだろう。ただ、リスキーな初開催年にいずれも不参加だったことは未だに真の黎明期を語れない後ろめたさがあったりするのだが、十分ベテランの域に達してきた。2013年からはクイックレポートのメンバーとして参加しているので、ピュアな観客としての立場ではなくなったが、それにしても四半世紀に渡って毎年続けていることなんて他にあるだろうか。明らかに『フジロック』は私の年中行事である。
何がそれほど苗場に誘うのか。ジャンルの広さや洋楽・邦楽に終始しないアーティストの多様性ももちろんあるが、苗場というロケーションと数多のステージは20年以上通いつつ飽きることがない。ぶっちゃけマイ・タイムテーブルを綿密に組み立てたところで予定は未定なんである。そして誰にも何にも強制されない。好きなように過ごせる時間の使い方は自分次第だ。常に音楽が聴こえ続けることが幸せな時もあれば、遠ざかりたい時もある。ボードウォークをゆっくり歩いたり、アヴァロン界隈の木陰で休憩したり、距離はあるけれど比較的人の少ないピラミッドガーデンでまったりしたり。しかも大抵、どのエリアでも飲食を調達できるのがありがたい。そして観たかったアーティストの時間に寝落ちしてたなんてこともザラにある。昼間の暑さが減じて、過ごしやすい風が吹き、何杯目かのアルコールが回ってきたら逆らわずに寝ることをおすすめする。こんなに気持ちいい睡眠は年に何度もないからだ。おそらくそこが空気も悪く、人から逃れられない環境なら、20年以上通い続けていないだろう。気持ちも体調も中庸にセットされたら、それから体験するライブの解像度も高くなる。
ピラミッドガーデン
■おそらく本当にある「フジロックマジック」
苗場開催25周年ということで、記憶だけを頼りにざっと振り返ってみても、それ以降に見たワンマンライブより強く印象に残っているライブや、もう二度とそんな瞬間は訪れないんじゃないか?と思しきライブをいくつも体験してきた。
遡ると個人的な苗場初体験だった2000年は初の日本人ヘッドライナーの2組が出演した。この日が正真正銘ラストステージになったBLANKEY JET CITY、前年の豊洲で幾度となく演奏を止められながらもステージを完遂し、一躍『フジロック』を象徴する存在になったTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTがそうだ。特にブランキーはすでに解散ツアーも終え、明らかにもう前進するモードではない中でのステージだったわけで、シンプルに盛り上がる気分ではなかったことは確かである。派手なセットも演出もないステージでひたすら演奏で殴り合う3人は、走り切った車が自壊するが如く淡々と曲目を重ねていっていた記憶がある。豪華な演出が定着した今となっては恐ろしく簡素でむき出しの人間だけで成立した稀有な時間だったと思う。
ニール・ヤング・クレイジー・ホース(2001年) (C)Kenji Kubo
再び人間力に圧倒されたのが2001年のニール・ヤング・クレイジー・ホース。広いステージの中央にメンバーが固まって、不思議な空間の使い方をするなあなどと思っていた。レジェンドではあるけれど、人並みに超名曲しかそらでは口づさめない程度のリスナーである。それでも畏怖と愛情みたいなものが「ヘイヘイ、マイマイ」で極まり、「ライク・ア・ハリケーン」のイントロでは総毛立った。なんかえらいもんを観たという記憶に収斂されてはいるものの、23年を経て未だにあのステージを超える何かを観ていない気がする。
他にも2010年のコリーヌ・ベイリー・レイのオーディエンスと会話を交わしながらの温かいステージも深く記憶に残っている。創作のパートナーを亡くしてあまり時間が経っていない時期だったけれど、彼女が音楽を通して大袈裟に言えば治癒していく経過を見ているような稀有なステージに非常に励まされた。2012年、ホワイトステージのジェイムス・ブレイクはシンガーソングライターとしてエレクトロニックな手法を駆使する気鋭として注目度の高いステージで、周囲の森も聴き耳を立てるような集中力、野外とは思えない怒濤の重低音はそれまでのあらゆるライブ体験を塗り替えてきた。
SIA(2019年) 撮影=SPICE
2018年はケンドリック・ラマー、N.E.R.Dなどヒップホップ勢が充実しており、近年では最もオーディエンスの多ジャンル混交具合も激しかった記憶があるのだが、中でも笑顔の破壊力と超人的なパフォーマンスでグリーンステージを制したアンダーソン・パークのライブは終始幸せだった。その後シルク・ソニックでスターダムを駆け上った先の去年のノー・ウォリーズでのエンタテナーぶりも鮮烈だったが、2018年のピュアな印象は忘れ難い。また、台風直撃の2019年のヘッドライナー・SIAの衝撃も記憶に新しい。虚実ないまぜになった演出、本人は微動だにせず歌い、化身のような存在であるマディ・ジーグラーがパフォームし続ける舞台のようなステージ。それを暴風にも関わらず共に見届けた見知らぬオーディエンスとの間に生まれた不思議な連帯感はあの大雨の感触と共に思い出せるぐらいだ。
コロナ禍の開催となった2021年は国内アーティストのみで構成。状況を真摯に受け止めたアーティストがほとんどだった中でも、何度目かのグリーンステージで非常に重く、時に怒りさえ感じるステージを見せたくるり、2022年、急遽YOASOBIのピンチヒッターとして、開催日間近にオファーを受け登場したクラムボンの鬼気迫るアクトにも圧倒された。コロナ禍においてフェスのステージに上るアーティストの心象は想像でしかないけれど、あの緊張感はこの先も忘れずにいたい。
■極私的・今年観るならこのアーティスト
常にできる限り初めて観るアーティスト、フレッシュな存在を『フジロック』で確認したいと思っているのだが、目下ランダムに今年のラインナップで注目しているアーティストを挙げるとこんな感じだ。
◎7月26日(金) オマー・アポロ、ペギー・グー、大貫妙子、フローティング・ポインツ、エリカ・デ・カシエール、角銅真実DUO、さらさ
◎7月27日(土) ガール・イン・レッド、サンファ、KID FRESINO、Hedigan’s、ユセフデイズ・エクスペリエンス、Nenashi、七尾旅人
◎7月28日(日) ノー・パーティ・フォー・ツァオドン、ジーザス&メリー・チェイン、betcover!!、CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN
オマー・アポロ
エリカ・デ・カシエール
ノー・パーティ・フォー・ツァオドン
なかなか現代屈指のポップスターを『フジロック』で観るのは珍しいのだが、そういう意味でもオマー・アポロの最新のステージングは観てみたい。初日は他にNewJeansのソングライターとしても脚光を浴びたエリカ・デ・カシエールのラグジュアリーな次世代R&Bを宵の口(ぐらいかな?)のグリーンで味わうのも気持ちがよさそうだ。2日目は2度目の『フジロック』になるサンファに期待。新作『Lahai』で、よりジャンル折衷的になり、特にビートに新しい試みが聴けたことも大きいが、前回、スウィートで温かいキャラクターに心を打たれたことも観たい理由の一つだ。最近、ライブで古今東西のロックをセッション的に取り込んだりしているらしいKID FRESINO。昨年、「rose」のツアーでも観たのだが、石若駿や三浦淳悟ら屈強な面々とのバンドサウンドで今何を創造するのか? 国内アーティストの中ではずば抜けた“次”を見せてくれそうな予感がある。3日目はインディーロックがまだ必然性を持って生き生きしたサウンドを奏でている印象を持っている(あくまで個人的な感触だが)台湾のバンド、ノー・パーティ・フォー・ツァオドンの佇まい込みでどんなバンドなのか確認したいし、過去、非常に聴き込んでいたジーザス&メリー・チェインが現役感を維持しているかも気になる。これは例年通りだが、国内の今気になるバンドをかなり網羅しているのも『フジロック』の強みだろう。
一つかなり確信があるのは、どんなアーティストも『フジロック』でつまらないライブを観たことがないということ。たまたま遭遇したアーティストに沼ってしまう可能性も大いにある。言い古された言葉だが、百聞は一見にしかず。ぜひ一度体験して欲しい。
文=石角友香