ADを2年半やったんですけど、1年目は「この放送が終わったらやめる」って毎日100回くらい思いながら仕事をしていましたね。

◆3日間寝ずにレギュラー番組の編集を

――睡眠時間が短いのは大変ですよね。仕事への影響は大丈夫でしたか?

吉田:今だから話せるんですけど、ひとつ大きなポカをしたことがあります。まだ仕事に慣れていない1年目で、担当のレギュラー番組のほかに特番も持つことになったんです。要領がうまくつかめなくて、3日間ほぼ寝ずに編集所にこもってレギュラー番組の編集をしていました。その翌朝にプレビューといって、仕上げた特番のVTRをプロデューサー陣にチェックしてもらう作業が入っていました。その時に、ADが作ったナレーション原稿というものも渡します。

 編集が終わり、朝方ギリギリに特番用の原稿を作ってたら、いつの間にか寝落ちしてたんです。しかも、エンターキーとか押しながら(苦笑)。ディレクターからの電話で目が覚めて、状況を説明したら「こっちで処理するから、今すぐ原稿を送れ」と言われたので、ワケの分からん文字が続いてるめちゃくちゃな状態で送ったんです。

 現場にいるADも内容をチェックする時間がなかったらしくて、そのまま印刷してしまって……。あとで、「なんじゃ、あのナレーション原稿は!」って、めちゃくちゃ怒られました。

◆「ADをやめたら、先輩・後輩に合わせる顔がなくなる」

――睡眠時間が少ないこと以外に苦労したことはありますか?

吉田:パソコンとまわりへの気遣いですかね。僕、パソコンは両手の人差し指で打つところからはじめたんで、ここはめちゃくちゃ苦労しました。

 まわりへの気遣いも大変でしたね。芸人は気遣いが苦手な人も多いですし、それが個性になる場合もあります。コンビでいうと、みなみかわのほうが気遣いの人間で、僕はそういうことを気にしないタイプでした。ADになってからは、人の行動をよく見て、先回りできるように意識するようになりました。

 反対に、まわりの人たちが苦労しただろうなと思うのが、年齢差から来るコミュニケーションでしょうか。そもそもこの業界は新卒がAD、20代半ばがチーフADという世界なんで、39歳のADというのが、まずありえません。僕は芸人になったのも遅かったですし、まわりに年下の先輩もたくさんいたので、15歳年下のチーフADも先輩と思えたんですが、やっぱり普通の人にとっては、なかなか難しいですよね(苦笑)。

――2年半のAD 、よく持ちましたね……!

吉田:自分でも不思議です。でも、「制作になる」といって芸人をやめたのに、1年も経たずに制作もやめたら、もう誰とも顔を合わせられないだろうと思っていました。今やめたら、お世話になった先輩や慕ってくれた後輩達と一生会えないだろうなと。電話がかかってきても、取れないだろうなと思ったんです。

 あと、入社した時に社長に言われた、「ADでは芸人の経験は活かせないけど、数年後に役職が変わったら絶対に活かせる時が来る」という言葉も効いていたのかもしれません。AD・チーフADを経験して、一通り仕事もできるようになった時に、社長の計らいで「ディレクターかAPかどちらか選べ」と言われました。今はAPをしています。

◆芸人の経験が活きるAPという仕事

――APの仕事内容を教えてください。

吉田:APという役職は、業界的には最後にできた役職らしいです。アシスタントプロデューサーの略で、ザックリいうと制作現場の全体的なサポート役です。具体的には、コンプラや著作権の確認、進行管理、予算管理、出演者対応、場合によってはタレントの出演交渉もやります。あと、ロケの時の出演者のケアとか。