【南 和行】母親が「一緒に死んで」と凄まじい形相で迫ってきて…生きづらい20代女性の「壮絶な過去」

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身近に発達障害を抱えていて親子関係で悩んでいる、苦しんでいる人はいませんか?

または、もしかしたら、あなた自身が親子間の繰り返される問題に直面していませんか?

ADHD(注意欠如・多動症)は、発達障害の1つで、不注意や注意持続の困難、衝動的な行動が特徴です。遺伝が影響することも多く、海外の研究では両親がADHDの場合、子どもがADHDになる確率は20〜54%とされています。

ADHD専門のカウンセリングルーム「すのわ」の代表であり、臨床心理士・公認心理師の南和行さんが、「親子ともにADHD傾向のある人のトラウマ、親子関係の困難さ」の特徴と解決策を、子どもの視点を中心に解説します。

前回記事は「酒に溺れ、暴力を振るう父親が放った衝撃の一言…30代男性をどん底に落とした『過去のトラウマ』」からお読みいただけます。

自分の不注意を棚に上げて、叱り続ける母親

今回はADHD傾向を持つ母親と娘の関係がどのように影響を与えるかを見ていきましょう。

名前:さやかさん(仮名) 年齢:28歳 職業:契約社員

さやか(仮名)さんは、幼少期から授業中にボンヤリすることが多く、宿題をよく忘れていました。そのたびに母親の怒りにさらされました。母親は自分も不注意であることは棚に上げて、「あなたのため」と言って手が上がることもありました。娘に良い教育を与えたいという思いが強く、テストで悪い点数を取ったときには正座で反省させることもありました。しかし、母親の機嫌が良いときには、愛情を示すこともあり、母親の二面性に戸惑っていました。

家庭環境は複雑で、父親は自室にこもってばかりで子育てにほとんど関与せず、夫婦の関係も良好ではありませんでした。家は常に散らかっており、友人を家に招くことも禁じられていました。この状況に耐えかねて、さやかさんは思春期にうつ病と摂食障害に悩まされましたが、世間体を気にする母親は精神科受診を許しませんでした。大人になり、家を出てから初めて精神科を受診し、自身の育った環境が特殊だったことを理解しました。

上手くいかないのは自分のせい…

さやかさんは現在、事務の仕事についているが、ADHDのため計画性がなく、ミスが多くなっています。真面目な性格が評価されているものの、自己評価が低く、褒められても裏があるのでは疑ってしまいます。また、人間関係が深まると、自分は嫌われると思い込んでしまいがちなため、契約社員として職場を転々とし、人との関係が深まらないように気を付けています。

職場での失敗や人間関係のストレスにより、精神的に不安定になることが多々あります。幼少期の家庭環境が彼女に与えた影響は大きく、今でも彼女の人生に大きな影を落としています。

さやかさんは以前、自分の悩みを全て自分の性格の問題だと捉え、自分を責めていました。そして自分を変えれば改善すると考え努力を積み重ねていました。しかし、仕事のミスも人間関係の悩みも悪化する一方でした。自分だけでの解決に限界を感じてカウンセリングルームに訪れました。現在の悩みは、打たれ弱いところで、職場での小さなミスの指摘が全否定されたとように感じ、寝込んでしまうこともあります。

「一緒に死んで」と言った母親

過去のトラウマがフラッシュバックすることも多く、特にTVなどで家族の団らんのシーンを見ると、過去の恐ろしい記憶が蘇り、パニックに陥ることがあります。母親から激しく叱られたシーンが頭に浮かび、自分が小さな子のように感じて、恐怖が体中を占めてしまい、呼吸困難になってしまうこともあります。母親が般若のような顔をして、「一緒に死んで」と言って包丁を突き付けてくるシーンは20年近くたった今でも、脳裏に焼き付いて彼女を苦しめています。

症状のポイント

【1】 自分も苦手だったからと子どもの特性に気が付かない親

さやかさんの母親自身に、ADHDの特性があり、幼少期から不注意でケアレスミスが多かったため、子どもの失敗について疑問は持たずに、厳しくすることで改善できると考えていました。これにより同じ特性を持つ、子どもの症状に気付くことができませんでした。

【2】感情コントロールの問題

ADHDがあると、感情のコントロールが難しくなることがあります。さやかさんの母親は怒りのコントロールに課題を抱えており、その感情を娘にぶつけてしまっていました。母親に自覚があればアンガーマネジメント(怒りの対処方法)を学び、親子間の問題を防げますが、母親は怒りの爆発を繰り返していました。

【3】親自身も精いっぱいのため治療につながれない

親子共にADHDの場合、親は自身の症状で精いっぱいであり、子供のADHDの症状に問題に困りつつも、余裕がなく治療を受けるという考えに至りにくいことがあります。治療を開始しても、定期的に受診を続けることが難しいため、しばしば治療を中断してしまいます。さやかさんの母親も自分の問題に追われ、子どもへの適切な支援や治療につながる余裕がありませんでした。

【4】 トラウマの影響

幼少期の厳しい叱責がトラウマとなり、さやかさんは自分や相手、そして世界全体に対して否定的な見方を持つようになりました。彼女は自己評価が低く、「自分は無能だ」「こんな自分は恥ずかしい」「問題はすべて自分のせいだ」と自分を責める思考が強いです。他人に対しては「誰も信用できない」「親切な人には裏がある」と疑念を抱き、世界に対しては「危険がいっぱい」「信じられるものは何もない」と感じています。

このようなトラウマは感情のコントロールを難しくさせ、「自分の気持ちがわからない」という感覚を引き起こします。不安や恐怖、怒りといったネガティブな感情が消えずに持続し、感情の切り替えが困難になります。楽しさや喜びを感じることが難しくなり、感情が麻痺して何も感じなくなることもあります。また、人間関係では、適切な距離感を保つことができず、人に対して過度に近づいたり、逆に遠ざかりすぎたりすることがあります。

さらに、トラウマは世代を超えて連鎖することがあります。大介さんの父親も、さやかさんの母親も似たような環境で育ち、その結果、厳しすぎる子育てを子どもにしてしまっていました。親に自覚がなく、適切なサポートを受けることができないと、同じような問題を次世代に引き継いでしまう恐れがあります。

親の言動が「異常」であったことに気がついた

さやかさんは「自分の悩みはすべて自分が原因で、自分が悪いから起こっている」と思い込んでしまい、自分を責めることが常でした。カウンセリングを通じて、彼女の悩みの大部分が発達障害やトラウマによるものであることを、1つずつ確認しました。これにより、問題が自分の性格や努力のせいでないことを理解し、自分を過度に責めることが少なくなりました。

さやかさんの例では、発達障害を持つ親との関係が悩みの大きな要因になっていました。彼女が親と同居していた時期は、常に「あなたが悪い」と非難される環境にいたため、自分のなかで冷静に振り返ることはできませんでした。実家を離れてから、職場やプライベートで他の人々との関わりを通じて、親の言動が異常であったことに初めて気づきました。家を出ることが難しい場合でも、安心して話せる外の場所を見つけることが有効です。できることから始めていきましょう。

悲しさや怒りと向き合う

さやかさんはEMDR、ブレインスポッティング、ホログラフィートーク※といったトラウマ療法を受けることで、フラッシュバックの頻度が減っていきました。その場面が思い浮かんでも、以前のように自分がその場に戻って小さな子どもという感覚にはならずに、当時は感じられなかった理不尽な親に対しての怒りの気持ちが出てきたり、自分の言葉を聞いてくれなかった悲しさが出てきたりすることもありました。その都度、自分の感情を大切に扱っていくことで、それらの感情も消化されていったように感じました。

それまでは、強い否定的な感情に脳のコンピューターのメモリーを使われていたのが、解放されたことで、ミスをした時でも落ち着いて冷静に考えられるようになってきたことにも気が付きました。

これまでは、「自分は価値がない」、「自分は大事にしなくてよい、自分さえ我慢すればよい」と思うのが通常でした。それが「もっと自分を大事にしてもよい」「自分が嫌なことは嫌と言ってよい」という発想が初めでてきました。

※EMDR・ブレインスポッティング、ホログラフィートークはそれぞれ、トラウマ療法といわれるカウンセリング方法で、深いレベルでトラウマの癒しをもたらす。

トラウマを理解し、生きづらさを減らしていく

大介さん、さやかさんの事例を通して、親子でADHDを持つことが与える様々な影響について掘り下げてきました。ADHDの特性は遺伝的な影響を受けることが言われており、親子で同じ特徴を持っていることは少なくありません。その結果、親子間でぶつかりが多くなってしまう可能性が高くなりがちです。

2つの事例を通して、親子ともに発達障害について理解がなかったことで、親に傷つけられてしまい、その影響は成人した後にも色濃く残ってしまうという可能性について説明しました。

特に親に発達障害の理解が少ない場合は、親とは物理的・心理的に距離を取ることをまずはじめにしましょう。そして、安全な環境を整えたうえで、トラウマについて理解を深め、自分のペースでトラウマを解消していくことで、抱えている生きづらさを減らしていくことができます。

トラウマに向き合う作業は一人で行うには非常に困難で、時には辛いものです。そのため、専門家のもとでサポートを受けながら進めることが望ましいです。プロの手助けを得ることで、適切な方法で自己の感情や過去の出来事を理解し、処理することができるでしょう。

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