わずか8球の全国デビュー。ひとつのアウトを取る前には、内野安打を許した。それでも、類まれな才能を見せつけるには十分だった。


青学大の最速150キロ右腕・鈴木泰成 photo by Nikkan sports

【ドラフト1位に劣らぬ潜在能力】

 2023年11月18日、明治神宮大会・青山学院大対日本文理大の最終回。9回裏二死一、二塁の場面で、8対4とリードした青山学院大ベンチはマウンドに1年生右腕の鈴木泰成(すずき・たいせい)を送った。

 身長187センチ、体重79キロの細身の体は、マウンドで一際映える。セットポジションからバランスのいい体重移動で捕手に近づき、右腕をしなやかに振り下ろす。その刹那、指先から「パチッ」と火花が散るような錯覚を起こすのが鈴木の特徴だ。大学入学後に最速150キロを計測したストレートは、重力に逆らうような軌道で捕手の渡部海(わたべ・かい)のミットを突き上げた。

 その時点で青山学院大には常廣羽也斗(広島)と下村海翔(阪神)という、ふたりのドラフト1位右腕がいた。だが、投手としての潜在能力は鈴木のほうが上なのではないか。鈴木のボールを見て、そう思わずにはいられなかった。

 後日、そんな感想を捕手の渡部に伝えると、うなずいてこう答えた。

「現時点でも真っすぐの質は常廣さんや下村さんに負けず劣らずですし、何よりもスプリットとフォークを投げ分けられるのがすごい。身長もありますし、練習に取り組む姿勢も尊敬します。投手としてのポテンシャルは、常廣さんと下村さんを超えているんじゃないですか?」

 昨年の青山学院大は両エースだけでなく、投手陣の層が厚かったため鈴木の出番は限られた。春秋のリーグ戦通算で4試合、わずか3回2/3しか投げていない。安藤寧則監督は「順番を間違えないように。それだけを考えていました」と語る。

 いささか気が早いが、このまま順調にステップを踏んでいけば2026年のドラフト会議で鈴木は目玉クラスの存在になるはずだ。本人は大学1年目を終えて、こんな感想を語っている。

「一番に思ったのが、ケガなく1年間やれたことがうれしかったです。最初は全力で投げるのが怖かったんですけど、1年通して痛いところがなく投げられたことで技術もアップできましたし、いい感触のある1年でした」

 明治神宮大会の1アウトを含め、公式戦でたった4イニングしか投げていない投手のコメントとしては大仰に聞こえるかもしれない。それでも、これまで鈴木が歩んできた道のりを思えば、紛れもない本音だったはずだ。

【4年後にドラフト1位でプロに行く】

 鈴木は東海大菅生に在学した高校時代から、知る人ぞ知る存在だった。2年春のセンバツではエースの本田峻也(現・亜細亜大)が故障したため、緊急登板してベスト8進出に貢献。球速は140キロ前後であっても、投手としての資質の高さは疑いようもなかった。

 当時、東海大菅生の若林弘泰監督に鈴木の将来性について聞くと、こんな言葉が返ってきた。

「非常にポテンシャルが高くて、将来は本当に日本を代表するピッチャーになってくれるかなと感じるくらいです」

 辛口で知られる若林監督がここまで選手を絶賛するのは珍しい。鈴木自身も「日本を代表する投手になりたい」と、堂々と宣言していた。本人の真摯な取り組みもあって、大器はすくすくと育っていた。

 だが、好事魔多し。2年夏を前に鈴木は右ヒジを痛め、冬場には肘頭をチタン製のボルトで固定する手術を受ける。3年夏の西東京大会には復帰したものの、そのマウンド姿は本来の鈴木とはほど遠かった。

 最速148キロと球速は出ているものの、打者を圧倒するような球威がない。1学年下の日當直喜(楽天ドラフト3位)の力も借りて西東京大会決勝まで勝ち進んだものの、決勝戦では日大三に逆転負けを喫した。

 当時、自分の力をどれくらい発揮できていると思うか尋ねると、鈴木は「半分にも満たないと思います」と答えている。それでも、鈴木は「日本を代表する投手になる」という大命題を取り下げることはなかった。

「そこはブレたことはありません。思うようにいかなかったですけど、頑張ってやっていけば絶対にどこかでよくなるとわかっていたので。1回目指したものは、達成するまであきらめずに追い続けようと決めていました」

「4年後にドラフト1位でプロに行く」という目標を胸に秘め、鈴木は青山学院大に進学する。幸運だったのは、常廣や下村のような生きた手本がいたことだ。

 鈴木は言う。

「もちろん技術的なレベルの違いを感じたんですけど、実際にドラフト1位でプロに行く人を見て『このレベルに達していないと行けない』とわかりました。常廣さんはオンとオフの切り替えがすごくうまい人で、登板前はリラックスして談笑していても、いざ準備する段階で一気にスイッチが入る。自分をコントロールできる、大人だなと感じました。下村さんは普段はすごく優しい方なんですけど、勝負事になるととことん負けず嫌いで。自分も同じくらい負けず嫌いなので、刺激になりました」

【ストレートに迫力を出す】

 投手指導に定評がある中野真博コーチとの出会いも大きかった。中野コーチは1994年春のセンバツで金沢高のエースとして完全試合を達成した実績があり、青山学院大を経て社会人の東芝でも活躍した右腕だった。

 中野コーチは鈴木に対して、「まずはストレートに迫力を出そう」と求めた。高校時代に試合に勝ちたい思いが強いあまり、「丁寧にコントロールよく投げよう」と投球が小さくなっていた。上級生の投手層が厚く、1年生に早急な結果を求めなくてすむ環境も鈴木の進化を後押しした。

「この1年間、『躍動感を出す』ことを強く意識して取り組むなかで、ストレートを磨いていけました。大学に入って初めて150キロが出ましたし、意外と全力で腕を振ったほうがコントロールしやすいこともわかりました」

 正捕手の渡部が語ったように、フォークとスプリットの投げ分けにも自信がある。

「フォークは落差が大きいので、打者に意識されると打ち取れる確率が減ってしまうと思いました。そこでストレートと球速がそう変わらず、小さく動くボールがあるといいなとスプリットを投げ始めたんです。ストレートの感覚がいい分、スプリットの感覚もよくて打ち取る確率を高められたと感じます」

 常廣、下村らが卒業したといっても、青山学院大投手陣は今年もドラフト候補に挙がる児玉悠紀ら好投手が控えている。鈴木が着実にステップを踏んでいけば、今年も優勝争いに絡むはずだ。鈴木は今季への意気込みを語った。

「先発、中継ぎ、抑えとどこでも任せてもらえるように準備していきます。この1年でストレートの強さが出てきましたけど、今までファウルになったボールが今度は空振りになるようにしていきたいです」

 まだ「鈴木泰成」の存在を知らない野球ファンに、自分の力を見せつけたい思いは強いのではないか。そう尋ねると、鈴木は強くうなずいてこう答えた。

「同期でプロに行った人や、後輩でプロに行った日當なんかは有名になっているので、自分のことも見せつけてやりたいですよね。そのために、4年生になった時に彼らよりも上に行って、『大学に来てよかった』と思いたいです」

 まずは元気な姿でマウンドに上がること。その条件がクリアされれば、鈴木のボールに魅了される野球ファンは自然と増殖していくはずだ。