巨人再建へ、阿部慎之助監督が「エース」「4番」「正捕手」に求めること 戸郷翔征には「負けたときにどう振る舞うか」
今シーズンから巨人軍の指揮を執ることになった阿部慎之助監督。昨年まで2年連続Bクラスのチームをどう立て直すのかに注目が集まっているが、その一方で世代交代という至上命題もある。「新風」をスローガンに掲げた阿部監督の狙いとは? 新指揮官を直撃した。
今シーズンから巨人の指揮を執る阿部慎之助監督 photo by Sankei Visual
── 今日は、監督の立場からチームを見た時、大事な3つのテーマを順に伺っていきたいと思っています。まず"エース"については、どうあってほしいとお考えですか。
阿部 エースは1年間、ローテーションを守る......それが大前提です。
── 監督は去年の11月、今年の開幕戦を戸郷翔征投手に託すと公言しました。これまでエースとしてチームを支えてきた菅野智之投手の性格を知り尽くしている監督がそうした意図はどこにあったんでしょう。
阿部 そこは成績がすべてなんですが、同時に世代交代をしなければいかないのかなという気持ちもありました。僕が早めに言ったからこそ、菅野も危機感を持ってキャンプに入ったと思いますし、戸郷は24歳と若いのに普段の行動からも自分が若い選手を引っ張っていくんだという気概が感じられます。だから僕は開幕を戸郷に託そうと思いました。
── もしこの秋、巨人が日本シリーズを戦えることになったら、第1戦は戸郷投手と菅野投手、どちらに託すストーリーが理想ですか。
阿部 おおっ、それはどっちもありますね。でも僕は、シーズンで一番勝ち星を挙げた人を信頼して、第1戦の先発に指名すると思います。
── そうなるために、今の菅野投手に求めたいことは何でしょう。
阿部 まずは1年間、ローテーションに入り続けるように頑張ってもらいたいなと思います。そうすれば、日本シリーズを前に僕を悩ませるだけの結果はついてくるはずですからね。
── 戸郷投手には何を求めますか。
阿部 自分が負けたときにどう振る舞うかというところかな。勝ったときは何をしてもいいんです。負けたときに次の登板までどう行動するか。戸郷はもうできているんですよ、できているんだけど、それを今まで以上に意識してもらいたいなというところはあります。過去、巨人のエースの方々はみんな、負けたときの振る舞いがしっかりしていましたからね。
【ケガがあっても無理をして出るのが4番】── エースの次は"4番"です。巨人の昨年の4番は岡本和真選手でした。今年も4番は岡本選手ですか。
阿部 そこはブレずにやりたいと思っています。僕も「ジャイアンツの4番は日本の4番であるべき」「4番には試合を左右する責任がある」「4番ならすべてのことができなくちゃいけない」......この3つのことを言われてきました。そういうプレッシャーのなかでも岡本には4番を打つ能力があるし、3つができると信じています。だから今年も4番はずっと岡本でいこうと思っています。
── 4番に求められる「すべてのこと」のなかで、もっとも大事なことを監督は何だとお考えですか。
阿部 これはもう、打とうが打てまいが、1年間、4番に座ることが大事です。ケガがあっても無理をして出るのが4番の責任だと思います。
── では3つ目、監督はキャッチャー出身ですが、巨人の"正捕手"についてのお考えを聞かせて下さい。
阿部 理想はシーズンをひとりのキャッチャーで戦うことです。でも夏場は昔よりも暑くなっていますし、ひとりでは体力的に厳しいことは僕も理解しています。そうなると休ませなきゃいけなくなるし、今はふたりを併用しながら勝つことを目指すというふうに変わってきましたね。
── 監督は日本球界でも指折りの打てるキャッチャーでした。その監督が、今の巨人の正捕手に求める優先順位はどう位置づけていますか。
阿部 キャッチャーはまず現場監督でなければなりません。ひとりだけ違う方を向いていますから、全体を見ることが普通にならなきゃいけない。周りを見て空気を読んで、試合を進めていくことが何よりも大事。打つことは二の次だと思っています。
── ふたりを併用するとなれば大城卓三選手と岸田行倫選手だと思いますが、小林誠司選手や山瀬慎之助選手もいます。それぞれの課題はどこですか。
阿部 そこはみんなに共通して、1つだけです。ピッチャーを鼓舞したり、叱咤することができるか。キャッチャーとしての能力はありますから、あとはピッチャーをうまく操縦できるか、ピッチャーから信頼してもらえるかだと思います。ピッチャーから「このキャッチャーと組みたい」と指名されるようなキャッチャーに出てきてほしいと思っています。
── そうなるために必要なことは?
阿部 自分の意思をしっかり持っていなければなりませんし、ピッチャーにどう声をかけたらいいのかを勉強してほしい。ピッチャーにかける言葉って大事ですからね。僕も現役時代はマウンドで「打たれちまえ」と言ったこともあります。
── そんなことがあったんですか(笑)。
阿部 そうですね。「ちょこちょこやられても面倒だから、いっそのこと打たれちまえ」と言ったこともありますよ。でも、そうすると開き直っていい球が来るタイプのピッチャーもいますからね(笑)。
── ということは、監督としてはキャッチャーにリードの正解を求めるような発想はないということですか。
阿部 ないですよ。だって、そこが野球の面白いところですからね。バッターだってど真ん中を全員が打つかといったら打てないだろうし、ミスショットもあります。僕が若い頃は「理想のキャッチャー像はこうだ」「配球はこうあるべきだ」と、場合によってはキャッチャーをやったことのない人からも言われましたよ。
── 現役時代、監督は結果論で配球を責められて「じゃあ、どうしたらよかったのか」とよく思い悩んでいました。
阿部 もちろん配球で苦労してきたからこそ、バッターボックスに立ったときに読みが冴えたということはありました。ただ近い将来、たとえば日本にもピッチクロックが導入されれば、ピッチャーの自己責任の割合は増えていきます。ピッチャーが自分で組み立てを考えなければならなくなって、キャッチャーの配球は関係なくなっていくでしょう。そうなれば、打たれて責められるのはキャッチャーという時代ではなくなっていくと思います。今までは、打たれた責任を負うストレスがあるからキャッチャーはバッティングに集中できない、という側面もあったはずで、ピッチクロックがキャッチャーの打撃成績を上げてくれるという、思わぬ作用だってあるかもしれません。
── では最後に、今シーズン、ジャイアンツは「新風」というスローガンを掲げました。昨今の野球は日米ともにデータが重視されて、本能や勘といった選手の判断に委ねるプレーは排除される傾向にあります。ジャイアンツが掲げた「新風」は、どんな野球を「新しい風」と捉えているのでしょう。
阿部 うん、僕はデータももちろん大事ですが、本能や直感も同じくらい大事にしたいと考えています。データは進化する一方で、戦略を練る際にはチームにとってものすごく有益なものになりますが、じゃあ、データどおりにやれば勝てるのかといったら、そうじゃない。試合が始まれば戦略ではなく戦術が大事になりますし、戦術は刻々と変わっていきます。臨機応変に戦っていく中で最後のひとつを超えるのは人間の本能や直感の力ですし、そこはチームのデータと選手の直感をうまく融合しながら、新しい風を吹かせていきたいと思っています。今は「やってやろうじゃないの」という気持ちでいますよ(笑)。
阿部慎之助(あべ・しんのすけ)/1979年3月20日、千葉県生まれ。安田学園から中央大に進み、2000年ドラフト1位(逆指名)で巨人に入団。1年目から開幕スタメンを果たすと、その後も打てる捕手としてチームの中心選手として活躍。8度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。07年から8年間は主将を務め、12年には首位打者、打点王、最高出塁率、MVPを獲得した。19年限りで現役を退くと、二軍監督、ヘッドコーチなどを歴任。23年オフ、原辰徳前監督のあとを受け巨人軍監督に就任した。