中村憲剛×佐藤寿人
第19回「日本サッカー向上委員会」中編

◆第19回・前編>>日本代表のもろさ「前線、中盤、最終ラインの思惑が少しずつズレていた」

 1980年生まれの中村憲剛と、1982年生まれの佐藤寿人。2020年シーズンかぎりでユニフォームを脱いだふたりのレジェンドは、現役時代から仲がいい。気の置けない関係だから、彼らが交わすトークは本音ばかりだ。

 ならば、ふたりに日本サッカーについて語り合ってもらえれば、もっといい未来が見えてくるのではないか。飾らない言葉が飛び交う「日本サッカー向上委員会」の第19回は、ふたりに2024年の日本サッカーを占ってもらった。

 残念な結果に終わったアジアカップの日本代表と、序盤戦から大混戦を見せるJリーグ。日本サッカーを支える両輪を、どのような視点で見ているのか──。

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細谷真大(左)や鈴木彩艶(右)はパリ経由でA代表に定着できるか photo by Sano Miki

── アジアカップの敗因を振り返るにあたって、伊東純也選手を起用できなかったのは、日本代表にとってかなりのダメージでしたよね。

寿人 そうとう痛かったです。決勝トーナメントに進出して、バーレーンに勝てば次がイランということを考えると、この2試合でうまく選手を入れ替えたかったと思うんですよ。どちらかといえば、力の落ちるバーレーンではなくて、イラン戦に山を持っていきたかった。

 でも、純也が使えなくなったことで、起用の選択肢が限られてしまった。監督のプランがいくつかあったなかで、いろんなものが制限されてしまったのは、そうとうダメージだったと思いますよ。

憲剛 結果的に(堂安)律が出ずっぱりにならざるを得なかったですから。あそこをローテーションで回すことができれば、チームとして戦い方の幅も広がったと思うんですよ。監督からすると、そうとう困ったんじゃないかなと思います。

寿人 監督の仕事の難しさっていうのをすごく感じた大会でしたよね。

憲剛 本当にそう。僕はS級を受講し終えたばかりなので、アジアカップはより指導者目線で見ていたんですけど、あの状況でマネジメントするのはそうとう難しいなと。中2日の戦いで、コンディションも厳しい、ケガ人も出て、使える選手が限られてしまった。

 そのなかでどうやって選手を起用していくかは、かなりの悩みどころだったと思います。純也もそうだけど、状態がよかった(旗手)怜央も途中で離脱してしまったことで、森保さんもそうとう困ったと思います。

寿人 あれは痛かったですよね。そもそも使える選手が限られていたじゃないですか。細谷(真大)とか、佐野(海舟)とか、本当はもっと使いたかったはずだけど、初戦のベトナム戦から厳しい戦いになってしまって、ラクな状況で起用することができなくなってしまった。

 結局、遠藤(航)が出ずっぱりになってしまいましたからね。代えたいけど、代える余裕がなかったんだと思います。

── 大会後に守田英正選手が「もう少しベンチから提示してほしい」という趣旨の話をしていましたが、あの発言が日本代表の現状を表わしているのでしょうか。

寿人 メディアを通してチームのことを話すのは、森保さんが一番嫌がることなんですけど、守田もたぶん、それをわかったうえで覚悟を持って発言したというのは、やっぱり何かを変えなきゃいけないっていう危機感があったからだと思うんですよ。

 決して、ストレスだったり、不満を吐露したわけではなくて、チームの中心として長くプレーしてきた彼の責任感によるものだったと思います。

── 寿人さんは近くで見ていて、チームの雰囲気をどう感じていましたか。

寿人 ちょっと淡々とトレーニングをしているような雰囲気は感じましたね。自然体と言えばそうなんですけど、練習中に一番声が出ているのは、名波さんなんですよね。

憲剛 それは年末の合宿でも感じたかな。もちろん選手も声は出していたけど。

寿人 ひと言で言えば、おとなしい。別に常に大きな声を出していればいいってものでもないですけど、トレーニングをピリッとさせるためにも選手側から声が出てこないと、ただやらされている感じが出てきてしまうんですよね。

 よく言えば落ち着いてトレーニングをしているんですけど、悪く言うと積極的にトレーニングをしている感じではなかった。もちろん、練習の公開時間は限られているので、僕が見ていないところでは違ったかもしれない。でも、その空気感も含めて「絶対にアジアカップを獲るぞ」という熱量は、トレーニングからも物足りないなと感じていました。

── それも今回の長友招集につながっているんでしょうね。

憲剛 彼はトレーニングから明るく前向きな姿勢でやるので、そういうところがほしいんだと思います。

── アジアカップでは「GK問題」も議論の的となりました。

寿人 アジアカップは(鈴木)彩艶に任せるって決めていたんじゃないですかね。それまで重用してきた大迫(敬介)をケガで招集できなかったのは誤算だったと思うんですけど、その状況下で序列うんぬんではなくて、今回は彩艶に託したところがあったと思います。ミスが続いたなかでも使い続けたというのは、そういう考えがあったからじゃないですかね。

憲剛 本当はひとり、経験のある選手を入れてもいいかなと思いました。彩艶だけじゃなくて、前川(黛也)にしても、野澤(大志ブランドン)にしても、国際大会は初めてだったわけですから。

寿人 そうなんですよね。

憲剛 目論み自体はあったと思うんです。彩艶でこの大会を戦い抜けたら、おそらく向こう10年は任せられる。実際にそれくらいのポテンシャルのある選手だとは思いますが、現状は経験を積みながらベースを構築している段階の選手なので、大舞台を任せられたのは難しい部分もあったと思います。

 でも、これも結果論ですから。もしかしたら、優勝して自信をつけてブレイクしていた可能性もあるので、すべてを否定することはできません。これはキーパーだけじゃなくて、今回は経験者自体がそこまで多くなかった。

 前回大会を経験している選手が伝えるという観点で言うと、「アジアは厳しい、甘くない」と誰が伝えられたのかなと。大会が始まって、ベトナムに苦戦し、イラクに敗れたことで気づいた感じだったと思うので、その意味では「本番の経験」が足りなかったとも言えるのではないでしょうか。

寿人 優勝したカタールをはじめ、今回のアジアカップではヨーロッパ出身の監督が多かったんですよ。大会全体を見ても、アジアのレベルが上がってきたなというのはすごく感じましたし、日本だけじゃなく、アジアの国々も同じような進歩をしているんだなと感じられる大会だった。これはアジア全体を考えてもいいことだなと思いましたね。

── そんななか、今年はワールドカップのアジア2次予選が行なわれ、9月からは最終予選もスタートします。出場枠が「8.5」に拡大したことで、さほど突破は難しくないと思われていますが、予選を戦う日本に対してどのような部分を期待しますか。

憲剛 難しいんですよね。世界で勝つための戦いと、アジアでのそれとをリンクさせるのが難しいと僕は思っていて。世界では日本相手にベタ引きしてくる相手はそこまでいないけど、アジアではそういう相手と常に戦わないといけない。

 そうなると、求められることが変わるんですよね。もちろん、今年はアジアで勝つことがテーマになるんですけど、その先を考えれば、それだけを求めるわけにはいかないですから。

寿人 間違いなくアジアカップと同じように、相手は日本が困るような戦い方をしてくるはずです。そこへの対応策は身につけていかなければいけないですよね。

 一方で、ワールドカップ優勝という目標を掲げている以上は、いろんな引き出しを増やさないといけない。相手が守備的だろうが、逆にボールを持てない戦いになろうが、状況に応じた対応力が必要になると思います。

 それと、今年はパリオリンピックの年なので、オリンピックを経験した選手たちがひとりでも多くA代表に食い込んできてほしい。「世代交代」とまでは言わないですけど、チームのサイクルを考えたら、底上げは絶対に必要になってきますから。

 僕らの時は「アテネ経由、ドイツ行き」って言われていましたけど、どれだけの選手がパリオリンピックを経由してA代表まで上り詰めてくるか。今年の注目ポイントのひとつだと思います。

(後編につづく)

◆第19回・後編>>「ヴェルディを見ていると、フロンターレが昇格した時のことを思い出す」


【profile】
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都小平市出身。久留米高校から中央大学に進学し、2003年にテスト生として参加していた川崎フロンターレに加入。2020年に現役を引退するまで移籍することなく18年間チームひと筋でプレーし、川崎に3度のJ1優勝(2017年、2018年、2020年)をもたらすなど黄金時代を築く。2016年にはJリーグMVPを受賞。日本代表・通算68試合6得点。ポジション=MF。身長175cm、体重65kg。

佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。