『キングダム』原泰久×千賀滉大 特別対談(前編)

 昨シーズン、メジャー移籍1年目にして12勝をマークした千賀滉大。メジャーの環境に苦戦する選手が多いなか、これほどの活躍を見せることができたのか。以前から親交があった『キングダム』の作者である人気漫画家の原泰久先生にその秘訣を語った。


以前から親交のある原泰久先生(写真左)と千賀滉大 photo by Hanjo Ryoji

【想像と違った初対面】

── おふたりは以前から交流があるそうですね。

原 かれこれ5年くらいですよね。

千賀 はい。僕はそれ以前から『キングダム』の大ファンでしたから。初めてお会いした時は想像と違って驚きました。あんなに激しい漫画を描いているとは思えないほど優しくて穏やかで。

原 よく言われます。ギャップ萌えです(笑)。最初は球場でお会いしましたが、その後は何度かお食事も。昨年末は柳田悠岐選手(ソフトバンク)や福田秀平選手(くふうハヤテ)も一緒に。いやぁ楽しかったです。

千賀 PayPayドームの選手ロッカールームにある風呂場の脱衣所にマンガがたくさんあって、ヤンジャン(『週刊ヤングジャンプ』)や『キングダム』は常備されていました。チーム内にファンは多かったです。

原 僕も聞いたことがあります。福田選手と江川智晃選手(19年引退)が「僕がホークスで広めた」とお互いが主張していたとか(笑)。

千賀 でも、じつは新垣渚(16年引退)さんが最初みたいです。渚さん、いつもヤンジャンを片手に球場に来る人だったので。

原 たしかスポーツ紙に新垣投手が読んでいると記事にもなって、「あの新垣さんが読んでくれているんだ」と喜んだ記憶がありますね。

千賀 風呂場に置かれるようになって一気に広まった感があります。チームメイト同士で『キングダム』の話は常にしていました。ただ、サウナに持ち込んだり、水風呂に落とす選手もいて。そのたびに補充するのがギータ(柳田悠岐)さんでした(笑)。それに元監督の工藤(公康)さんも「俺の唯一の楽しみ」って言ってました。

原 僕も工藤さんに初めてご挨拶させていただいた時に「本屋に行って新刊が出てないか、いつもチェックするんですよ」と言ってくださって。

千賀 結構ガチだと思います。世間一般には知られてないかもしれませんが。

原 もっと言ってほしかったですね(笑)。

千賀 じつは最初に読もうとした時、一回閉じたんですよ。登場人物が多いし、しかも漢字ばっかり。「ちょっと待って。これメチャクチャ覚える系だ」と思って。でも、みんなに話を振られても大丈夫なように、1回目はサーッと内容を頭に入れる感じで読んで、2回目にガチ読みする感じにしているんです。

原 同じ話を二度読んでいただけるなんてうれしいです。

── 千賀投手が『キングダム』にハマった理由は?

千賀 僕は「こうと決めたら、こうする」みたいな人間が好きなんですよ。信はまさにそれ。それ以外の登場人物もそれぞれが思いを持って、しかもブレる人があんまりいないですよね。すごくまっすぐ。それが面白いと思う理由のひとつかもしれないです。

原 千賀投手は昌平君が一番好きなんですよね?

千賀 そうです。呂不韋に「世話になった」と言った場面。あれが衝撃的すぎて、ズキュンってなりました。「え、好き」みたいな(笑)。信は、僕に若干似ているところがあるので。それを好きというのも自意識過剰かなって。

原 似ているって感覚はあるんですね。

千賀 ありますね。一番下だったけど、その頃から一番上に行くことを目標にしてだんだん上がっていくところは。

原 たしかに野球人生の経過は信に重なりますけど、千賀投手のキャラや性格的な部分は昌平君の雰囲気はありますね。軍師というか、侍的な。千賀投手からは侍を感じます。

【日本にいた頃からメジャーで戦う準備をしていた】

── 昨年ニューヨーク・メッツに移籍。1年目から12勝と大活躍でした。

原 メジャーに行くとマウンドやボールの違いで苦戦するじゃないですか。正直、昨年は環境に慣れるための1年で、活躍してくれるのは2年目以降かなと思っていたんです。1年目から勝てた理由は何なのですか?

千賀 日本にいた頃に、メジャー1年目から戦えるための準備をしていました。「もっとこうしなきゃ」がないように。日頃の練習、データの勉強、投球フォームも考えて毎試合違うことを試したり、あらゆることを想定していました。

原 それで何も慌てることはなく順応できたんですね。

千賀 ただ、ボールに関しては「こんなに滑るんや」と思うことが多かったです。でも、とにかくビビらずに、何でも受け入れるようにしていました。

原 メジャーリーグのマウンドという戦場に向かう時、緊張しますか?

千賀 淡々としています。緊張したのはデビュー登板の時だけですね。

原 士気を上げて臨むという感じではないんですね。

千賀 アメリカに行ってからは、とくにそうですね。打者のデータを調べ尽くして、情報をひとつでも多く持ってマウンドに上がることを大切にしています。そうすることで不安なく自分のやるべきことに集中できますし、士気を上げるというか日常からずっと試合のための準備をしているので、気持ちのムラがなくなりました。

【僕の性格は漫画を読んでできあがった】

原 野球って、投手が投げないと始まらない競技じゃないですか。自分の1球で仲間を鼓舞しようとか、そういった気持ちになることはありますか?

千賀 結果的にそうなるかもしれませんが、僕自身はとにかくチームが勝つため、勝ちに近づくために投げなきゃいけないと思っています。野球選手なので成績が付き物ですが、自分の数字のために投げるというのもあまり思わなくて......。点差があって、余裕のある展開だったら代えてくれと思っちゃうタイプなので。逆に自分が1点取られて負けているとか、競ってて自分が投げなきゃいけない時は、とことんいきたいと思っています。

原 カッコいいですね。やっぱりサブキャラではないですね。尾平とかだったら圧勝しているところで投げて成績を稼ぎたいと思うはず。

千賀 たしかに(笑)。僕の性格ってたぶん漫画を読んでできあがったと思います。すごくはっきりしている。漫画のおかげです(笑)。

── 勝者のメンタルですね。

千賀 でも「メンタル」という言葉って、自分のやることや目指す場所が決まっている人は口にしないイメージがあります。逆に、中途半端でやりたいことが決まっていない人が使う言葉かなと。

原 わかる気がします。僕もスタッフに「売れたらいいなと思う人は売れないよ」という話をします。要は、偶然売れることはないと思っているからです。自分は売れるんだ、と。じゃあ売れるために何をすべきか。それをひたすら考える。ほかのことを考える暇がないくらい、繰り返すだけ。そうすると自分に足りないものがわかってきます。

千賀 野球に通じるものもあるかもしれません。そもそも「自信って何だろう」と思う時があります。余計なことばっかり考えるから、迷いが生じて自信があるとか自信がないみたいな話になる。目標さえあれば、どうにでもなると思うんです。

原 僕は最初、すぐに100万部売ると決めていたというか、売れるだろうと思って漫画業界に入ったんです。もともとサラリーマンで、業界のことを知らなかったこともありますけど。だけど、最初に単行本を出した時は2万5000部でした。「え、桁が間違ってるんじゃ?」って思いました(苦笑)。理想と現実の差が、あり得ないくらい大きかったことを突き付けられたのです。その時に考えたのが背伸びをすることでした。少しずつ段階を踏んでと考える人もいますが、私はあくまで目標値を変えることなく、自分に何が足りないかを考えました。届かなければまた背伸びをした。それを繰り返していると、いつかその高さに自分がたどり着くものなんです。

千賀 背伸びをするなという意見もありますが、それは僕も違うと思います。最初にうまくいかないと「ダメだ」とネガティブな発言をする人も多いですが、足りないことをすぐに考えることってすごく大事。目標を高く決めているからこそ、そこに行くためにどうすべきかと常日頃から考えるんです。原先生のお話を伺って、やっぱりそうだなとあらためて思いました。

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千賀滉大(せんが・こうだい)/1993年1月30日生まれ。愛知県出身。蒲郡高から2010年育成ドラフト4位でソフトバンクに入団。12年に支配下登録され、13年にリリーフとして頭角を現す。16年は先発として12勝をマーク。19年にはノーヒット・ノーランを達成し、20年にはエースとして投手三冠を達成。22年オフに海外FA権を行使し、ニューヨーク・メッツに移籍。1年目から29試合に登板し、12勝(9敗)を挙げる活躍を見せた。

原泰久(はら・やすひさ)/1975年6月9日生まれ。佐賀県出身。大学院卒業後、システムエンジニアとして就職するも、漫画家になる夢をあきらめきれず勤務先を退社。2003年に『週刊ヤングジャンプ』(集英社)主催のMANGAグランプリにて奨励賞を受賞。06年『キングダム』連載開始。13年に第17回手塚治虫文化賞にてマンガ大賞を受賞。23年、『キングダム』の累計発行部数が1億部を突破。好きなプロ野球チームは福岡ソフトバンクホークス。

撮影協力●ヒルトン福岡シーホーク