学生野球を見ていると、時に「この選手は2周目の人生を送っているのかな?」と勘ぐってしまうくらい精神年齢の高い選手に出会うことがある。昨年に青山学院大の1年生捕手としてデビューした渡部海(わたべ・かい)もそうだった。


昨年から青学大の正捕手としてチームを牽引する渡部海 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【常廣羽也斗が絶賛した人間力】

 技術的にハイレベルなのは間違いない。それ以上に落ち着いた佇まいが印象的だった。3学年上の常廣羽也斗(広島ドラフト1位)、下村海翔(阪神ドラフト1位)など豪華投手陣を、まるで年下のように手懐ける。青山学院大の大学選手権優勝、明治神宮大会準優勝の陰のMVPは渡部と言ってよかった。

 常廣に聞いたことがある。入学して間もない渡部が正捕手になって、不安や不満はなかったのかと。同期には当時正捕手だった佐藤英雄(西濃運輸)などの好捕手もいたのだ。だが、常廣は「まったくないですね」と断言した。

「実力が違うのと、渡部はいつも堂々としていて頼れるんです。後輩ですけど、ピッチャーとして甘えられる存在というか。懐の広さがあって、キャッチングもうまい。フォークを投げていても、『逸らさないだろうな』という安心感がありました」

 常廣は取材に対して饒舌に語るタイプではないだけに、渡部への賛辞が絶えないことに驚かされた。そして、常廣はこう続けた。

「あいつはいつも同じ顔で練習しているんです。気持ちに波がないように見せるのがうまい。自分は子どもっぽいところがあって、すぐイライラして練習に身が入らないこともあるんですけど、渡部はいつも同じ顔でグラウンドに来る。人間的にすごいなと思います」

 この言葉に渡部の魅力が凝縮されていると言っていい。故障など大きなトラブルでもない限り、渡部は向こう3年、大学球界の中心的捕手に君臨し続けるに違いない。

 そして気が早いが、2026年ドラフト戦線でも渡部は最注目の捕手になる可能性がある。稀代の好捕手のルーツを本人の証言からたどっていきたい。

 最初に常廣の「渡部評」を伝えると、渡部は照れ臭そうに笑って語り始めた。

「メンタルの上下動をなくすようにしたのは、高校の時からですね。『キャッチャーは気持ちに波をつくってはいけない』という監督の教えで、試合中も練習中も波をつくらないことを意識してきました」

 渡部の言う「監督」とは、智辯和歌山の中谷仁監督である。現役時代は1997年夏に智辯和歌山の全国制覇に貢献し、同年ドラフト1位指名を受けて阪神に入団。その後は楽天、巨人と渡り歩き、15年間プレーした元プロ捕手である。

 中学時代に大阪・住吉ボーイズで侍ジャパンU−15代表に選ばれるほどの捕手だった渡部が智辯和歌山に進学したのも、「中谷監督に教わりたい」という一心からだった。

 渡部は高校2年夏の甲子園で、正捕手として全国制覇を経験。3年時には侍ジャパンU−18代表に選出されている。

 おそらくプロ志望届を提出すれば、ドラフト指名はあったはずだ。それでも、渡部は青山学院大への進学を決める。

「進路を決める時、今すぐプロに行けたとしても厳しいと監督とも話していました。肩はそんなに強いわけじゃないし、打撃もそこまで飛ばすわけじゃない。大学で自分の武器を見つけて、プロに入ってすぐ活躍できる選手になったほうがいいと思いました」

 渡部の言葉を鵜呑みにすると、誤解する読者もいるかもしれない。肩や打撃の自己評価に関しては、あくまでも「プロレベルでは」ととらえてもらいたい。

【重視するのはブルペンでの対話】

 渡部は大学に入学してすぐ、正捕手の座をつかむことになる。だが、想像してみてほしい。3学年上の投手陣には常廣や下村といったドラフト候補の大先輩がいるのだ。とくに常廣など人間的につかみどころがなく、一見とっつきにくい印象を持たれがち。並の神経ならば「どんな話をすればいいのだろう?」と気後れしても不思議ではない。

 だが、渡部はこともなげに「自分としてはやりやすかった」と振り返るのだ。

「たしかに常廣さんは独特で自分の世界を持っている人で、周りから見ると難しそうに思うかもしれません。でも、常廣さんは自分の意見も取り入れてくれるので、やりやすかったですよ」

 渡部が重視したのは、ブルペンでの対話だった。常廣の投げたボールを受け、その感想を共有するようにした。渡部は言う。

「常廣さんがいいと思ったボールを、僕が受けていていいと思えるか。そのギャップをなくせるように、最初にすり合わせしていきました。自分がどう思っているかをしっかり言わないと、絶対にコミュニケーションがとれないので。自分の思いを伝えることで、『相手はこう思っていたのか』と新しい気づきを得ることもありますから」

 渡部がはっきりと「いい」と思ったボールがあった。それは常廣が投じた低めのストレートだった。

「地面を這うような軌道で、めっちゃ伸びてきてストライクゾーンに収まるんです。捕っていて気持ちのいいボールでした。最初に受けた時、『これが大学トップクラスのボールか』と驚きましたね」

 下村については、「カーブ」が調子を測るバロメーターになっていたという。

「それまではあまり使ってなかったみたいなんですけど、下村さんのカーブはカウント球にも決め球にも両方使えるキレがありました。最初は探り探りで使っていましたけど、春のリーグ戦の初登板でどんどんカーブを使ったら6回途中までパーフェクトに抑えられて。そこから『いけるんちゃうか』と思えました」

 昨年は春秋とも全国大会決勝まで勝ち進み、12月には愛媛県松山市で実施された大学日本代表候補の強化合宿に招集された。渡部の正確かつ素早いスローイングは、1年生ながら代表候補の捕手陣で頭ひとつ抜けていた。

【松尾汐恩へのライバル心】

 大学1年目について、渡部は「結果としてできすぎ」と総括する。ただし、こんな言葉を付け加えた。

「その結果を得るために常にやってきた部分はあるので、そのやってきたことを出せたのかな、という感じはありますね」

 大学1年生で結果を残しても、その後の3年間で尻すぼみに終わる選手も過去にはいた。そんな話を渡部に振ると、「それはないかなと思います」と即答した。

「目標が明確にあるので。慢心は絶対にないと思います」

 目標とは、前出のとおり「プロに入ってすぐ活躍できる選手」である。大学トップクラスの捕手になったからといって、満足はできない。同世代の逸材たちは、すでに高いレベルで荒波にもまれているのだ。

 同じ和歌山県で高校野球を戦った1学年上の松川虎生はロッテで、U−18代表でチームメイトだった松尾汐恩はDeNAで、それぞれ若くしてプロの正捕手の座を射程圏にとらえている。

 とくに松尾は同学年であり、U−18代表では正捕手の座を譲っている。三塁手としてプレーした当時について、渡部は「悔しかった」と振り返りつつ、こんな負けん気ものぞかせている。

「キャッチャーとして負けているとは思っていないので。大会までの準備期間が短く、監督の考えもあってのことですから。勝負して負けたという思いはありません」

 常廣、下村、松井大輔(NTT西日本)ら主力投手が卒業した今年、渡部にとって真価の問われるシーズンになる。

「チームを勝たせるキャッチャー、というのが一番の評価になるので。そのために今年も投手としっかりコミュニケーションをとっていきます」

 練習グラウンドに出ると、渡部はチームのウォーミングアップの前に約12分にわたって個人アップを行なう。トレーナーに教わったメニューが大半だが、こだわっているのは「毎日同じことをやり続ける」こと。昨年は1回たりとも妥協することなく、やりとおした。

 毎日、同じ顔でグラウンドに立ち続ける。それが捕手・渡部海のルーティンなのだ。