健大高崎が春夏通じて初の全国制覇 準決勝まで打率.071の森山竜之輔が「半足分」のスペースをつくって好投手攻略の大仕事
1点、取れていた──5回表、1点をリードされた報徳学園の攻撃。二死一、二塁で3番・西村大和の詰まった当たりはセカンド前への弱いゴロ。突っ込んできた二塁手の高山裕次郎が体を傾け、下から投げた送球を一塁手の森山竜之輔が捕球できない。ボールはファーストミットをはじいて右側後方へと転がった。
西村が打った時のカウントは1ボール2ストライク。二死で2ストライクの場面の二塁走者はストライク・ゴーが基本だ。ストライク、ボールが微妙なコースであっても、スイング・ゴーは必須。ほかの場面よりもいいスタートがきれる。
1点差を守りきり、春夏通じて初の全国制覇を達成した健大高崎ナイン photo by Ohtomo Yoshiyuki
だが、二塁走者の今朝丸裕喜はそれができていなかった。凡打の打球にスピードを緩め、本塁をうかがう姿勢がなかった。一死満塁とチャンスは拡大したが、4番の齋藤佑征がショートゴロに倒れて無得点。結果的に、このまま追いつけず試合が終わった。投手指導を担当する礒野剛徳部長は言う。
「甘かったところですね。ピッチャーは走塁練習ができていません。大会前になればなるほどDHで試合をしていて、ランナーに立つ機会が少なかった。あそこは今朝丸も三塁で止まる前提で抜いていましたよね。ピッチャーの走塁指導が足りていなかった。悔しいです」
大角健二監督もこう言った。
「あれは(今朝丸に)言わなアカンと思いました。ピッチャーだからとかじゃなくてね」
報徳学園に限らず、投手に走塁まで求めるチームは少ない。クロスプレーでの接触など、どうしてもケガのリスクがつきまとうからだ。だが、負けたら終わりのトーナメントで争う高校野球。1点を争う接戦ではそんなことは言っていられない。投手でも、ベースランニングの技術、打球判断、二死2ストライクでのスイング・ゴーの徹底など最低限の走塁技術や次の塁を狙う意識が必要になる。
【チームに勢いをつけた同点二塁打】もうひとつ、この試合のポイントになったのは、準決勝まで不振だった選手の働きだ。1回表、報徳学園は準決勝まで12打数0安打(打率.000)の2番・福留希空の初安打をきっかけに2点を奪った。
そして、その裏。健大高崎は二死一、二塁で準決勝まで14打数1安打(打率.071)の5番・森山が打席に入る。今朝丸が投じたのは初球、インコースのストレートだった。
報徳学園バッテリーにとって、今大会の生命線となっていたのがこの球。今朝丸が準々決勝で大阪桐蔭を5安打1失点に抑えたのは徹底したインコース攻めが功を奏しての結果だった。もちろん、このデータは健大高崎にも入っている。試合前のミーティングでは「投球の割合はストレートが多い。ストレート狙い」という話があった。森山は言う。
「初球、インコースを狙ってました」
そのために、工夫もしていた。準決勝までとは打席での立ち位置を変えていたのだ。
「インコースを突いてくるピッチャーなので、(バッターボックスのラインから)半足あけて踏み込んで打とうと思っていました」
準決勝までは本塁ベース寄りのラインぎりぎりに立っていたが、それを変更。内角が窮屈にならないよう、半足分のスペースをつくった。不振のため、前の試合からはバットを指一本分短く持ち、コンパクトに振る意識もあった。
そして初球、森山は狙いどおりのインコースのストレートを逃さなかった。完璧にとらえた打球は、低反発バットを感じさせない鋭い当たりとなって左中間を深々と破る。二者を還す同点の二塁打。地元の報徳学園が初回に先制し、盛り上がるスタンドに押されそうな流れを止める大きな一打になった。
「攻めた結果です。インコースを張られているのは感じました。構えたところより少し内に来ました。甘くない球でしたけど、ボールの質かなと思います」(捕手の徳田拓朗)
芯に当たらないと飛ばない低反発バットでもあり、ベース寄りぎりぎりに立っていれば詰まったと思われる球。構えよりやや中に入ったこと、さらに半足あけた分、芯に当たるコースになった。
【同点ではなく逆転を狙った】一方の報徳学園にも不振の選手のところにチャンスが来た。6回表、先頭の安井康起が二塁打で出ると、山岡純平の送りバントはライン際に転がり内野安打となって無死一、三塁。さらに相手投手の暴投で無死二、三塁になった。
ここで打席に入ったのは7番の徳田。第1打席でライト前ヒットを放ったが、準決勝まで13打数1安打(打率.077)と当たっていない打者だ。徳田はストライクを2球見送ったあと、1−2から外のスライダーで三振。つづく辻本侑弥は準決勝の中央学院戦で勝ち越しタイムリーはあったものの、15打数2安打(打率.133)。前の打席でも三振に倒れていた。辻本への初球がワンバウンドのボールになったところで、大角監督は背番号20の田村惺(せい)を伝令に送る。
「内野は前進守備をしている。大振りにならず、ミートしたらヒットになる。力まず、楽しめ」
だが、辻本は三塁ゴロ。9番の今朝丸も三振に終わり、絶好の得点機を生かせなかった。大角監督は言う。
「小技で1点取る? めちゃくちゃ考えました。ただ、(健大高崎に)まだ2、3点いかれそうな感じがあったので、逆転まで欲張ってしまいました」
今大会の今朝丸は強打の愛工大名電、大阪桐蔭打線に対し、合計16イニングで許した長打は1本だけ。だが、この試合は序盤3イニングで2本の長打を許していたことで、後半を0点で抑えるイメージができなかった。
9回表は二死一塁から背番号13の西川成久を「アウトになったらオレのせい。行けると思ったら行け」と言って代走に出し、試合終了覚悟の盗塁を成功させて見せ場をつくったが、最後は準決勝まで14打数6安打(打率.429)と当たっていた頼みの1番・橋本友樹が三振に倒れて万事休した。
投手の走塁。
森山の半足。
逆転を狙った采配。
リスクを承知で1点を奪いにいった采配。
さらには、好投の石垣元気に代え、血豆を潰して全力投球はできない佐藤龍月を9回に送った青柳博文監督の投手継投もある。
3対2という点差以上に攻防があった、見ごたえのある決勝戦だった。