予備選での相次ぐ勝利で、共和党の大統領候補に指名されることがほぼ確実視されているトランプ元米大統領。国際政治学者の篠田英朗さんは「ウクライナは圧倒的な額のアメリカからの軍事支援に大きく依存して、戦争を遂行している。だがトランプ第2次政権の発足は、ほぼ間違いなく、ウクライナ向けのアメリカの軍事支援の停止を意味するだろう」という――。
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共和党大統領候補予備戦の山場「スーパー・チューズデー」の夜、フロリダ州のマール・ア・ラーゴで開かれた支持者集会で演説するトランプ元大統領(2024年3月5日) - 写真=EPA/時事通信フォト

■なぜここまでして大統領になりたがるのか

共和党予備選の推移から、ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補になることがほぼ確実視されている。加えて、現職ジョー・バイデン大統領の低支持率を考えると、トランプ第2期政権の成立の可能性が、非常に高くなっている。

トランプ第2期政権の行方は、まだわからない。副大統領候補や閣僚候補の顔ぶれも、全く不明である。もっともトランプ氏の場合には、第1期政権の間に重要閣僚も次々と更迭された経緯がある。第2期も、トランプ氏の個人的指向性が何よりも重要な要素となることは、間違いない。

果たしてトランプ氏は、再び大統領になって、何を成し遂げたいのか。「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again:MAGA)」のスローガンは健在だ。移民対策に強い措置を取るなどの第1期から継続して政策もあるだろう。ただ、外交政策に関する限り、一貫した体系的な主張を持っているわけではない。「MAGA」を実現する外交政策とは、トランプ氏が交渉術を発揮して、アメリカに有利な国際環境を作り出す、ということだ。大統領の広範な裁量こそが尊重される。大統領の手足を縛る政策の事前決定は、むしろ忌避される。

ではトランプ氏は、なぜここまでして再び大統領になりたいのか。大きな要因は、個人的な感情だろう。すでにバイデン大統領に対する執拗(しつよう)な個人攻撃が見られている。従来毛嫌いしているリベラル系の人々に対する敵意だけではない。大統領就任の暁には、共和党系のなかで過去4年間に自分を裏切った人々をも、決して許さない態度をとってくるだろう。

■最初の仕事は「自分への恩赦」か

トランプ氏が大統領に就任してまず行うと予測されるのが、自分に対する恩赦だ。トランプ氏はセックススキャンダルのような個人的なものだけでなく、2021年の米連邦議会議事堂襲撃事件をめぐる共謀に加わったなど、数々の容疑で訴えられている。トランプ氏自身は、それを「政敵による迫害」とみなしており、その主張に基づいて、自らに恩赦を与えるだろう。

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だが事態は、それだけにとどまらないように思われる。トランプ氏はもともと個人的怨恨(えんこん)で行動を決定しがちな人物だ。自らを裏切ったとみなす者たちに対して、徹底的な復讐(ふくしゅう)を行うのではないか。それは民主党系の人物に対してだけでなく、いわゆるエスタブリシュメント層(伝統的支配層)全般に及び、共和党関係者であっても例外ではなく、復讐の対象になるだろう。

復讐劇で彩られる可能性のあるトランプ第2期政権は、外交政策も、そのような路線で進めていくかもしれない。

■ゼレンスキーはトランプの復讐の対象?

例えばロシアのプーチン大統領は、トランプ氏のことを非難したことがなく、ある種の敬意を払っていることを感じさせている。すでに過去2年間のトランプ氏の発言には、ロシアに親和的な内容を含むものが見られている。アメリカの保守層には、強権的手法で国家運営をするプーチン大統領に親和的な見方をしている層が存在している。トランプ政権の誕生で最も得をするのは、プーチン大統領であろう。

これと正反対なのが、ウクライナのゼレンスキー大統領である。同大統領は、「トランプ氏をウクライナのキーウにご招待する」「トランプ氏はプーチンを知らない、わたしのほうが、より理解している」などといった発言を繰り返している。公然とトランプ氏を情勢に無知な人物と扱っているわけである。そして自分がトランプ氏の指導役になると言わんばかりの態度をとっているのである。

各国の政治指導者の中で、次期米国大統領に一番近い要人であるトランプ氏に対して、少なくとも公然とこのような見下した発言をしている人物は、ゼレンスキー大統領以外にはいない。トランプ氏が、ゼレンスキー発言を快く思っているはずがない。復讐の対象としてマークされている恐れがある。

■ロシア軍侵攻前のトランプとウクライナ

トランプ氏は、「ロシアとウクライナのどちらに勝ってほしいのか」という質問に答えることを拒絶し、「自分が大統領になったら1日でロシア・ウクライナ戦争を終結させる」と述べている。実際に就任後すぐにゼレンスキー大統領への復讐心を披露するかどうか、やがて明らかになるだろう。

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ロシアの全面侵攻以来、ウクライナと言えば、ロシアに侵略されている国であり、アメリカの絶大な武器支援の対象国であるという印象が固まっている。そのためほとんど忘れ去れているが、2022年以前には、アメリカ外交におけるウクライナとは、バイデン氏とトランプ氏の疑惑スキャンダルの現場としてのイメージが強かった。

2019年9月、アメリカの各メディアは、トランプ氏が大統領就任直後のゼレンスキー氏と行った電話協議の中で、バイデン氏の息子がウクライナのガス企業の役員を務めていた事情を調査するよう繰り返し求めた、と報じた。バイデン氏自身をはじめとする民主党系の人々は、これを「権力の乱用」だと一斉に批判した。アメリカからウクライナへの武器支援を、バイデン氏の息子のスキャンダル探しへの協力とからめて、トランプ氏がゼレンスキー氏に圧力をかけたと非難したのだ。

■「権力乱用」疑惑による弾劾訴追の原因に

アメリカのウクライナへの軍事支援は、2022年に突然始まったわけではない。2014年マイダン革命後のロシアによるクリミア併合とドンバス戦争への介入を受け、当時のオバマ政権はウクライナに対する大々的な軍事支援を進めた。その実績に基づく人的交流や情報共有の仕組みは、2022年の全面侵攻初期からウクライナがロシアを相手に善戦している一因となっている。

しかしNATO構成諸国に対してすら冷淡な態度をとったトランプ大統領が、オバマ大統領時代からのウクライナ軍事支援を快く思っていなかったことは想像に難くない。トランプ氏は、実際に2019年に約4億ドルのウクライナ向けの軍事支援を一時停止した(議会からの圧力で再開)。これが個人的動機に基づくものだったという「権力乱用」の疑惑から、議会下院は、弾劾訴追の決議案を可決した。そのためトランプ氏は、弾劾訴追をされるアメリカ史上3人目の大統領となる不名誉を受け、弾劾裁判に直面する羽目になった。

■政敵を攻撃するためならロシアにも協力を呼びかける

ロシアによるウクライナ全面侵攻開始から約1カ月後の2022年3月、トランプ氏はインタビューの中で、バイデン米大統領の家族にとって不利になるあらゆる情報を公表するようプーチン大統領に呼び掛けた。アメリカが敵視する侵略国に対して、自分の個人的怨恨を晴らす材料を提示することを求めるという前代未聞の行動であった。

トランプ氏は、その後、「自身が大統領であれば戦争は起こらなかった」との認識を示しながら、自身が大統領なら「1日で戦争を終わらせるだろう」と述べることになる。バイデン氏との個人的確執を念頭に置きながら、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の双方との取引を構想していることは間違いない。

2019年当時、ゼレンスキー政権関係者は、トランプ氏とバイデン氏の双方に配慮する形で、双方にとって不利になる疑惑のそれぞれの存在を否定していた。しかしもしゼレンスキー大統領側が完全にトランプ大統領に親和的であったら、権力乱用疑惑の根拠となる情報も出てくることはなかったはずだ、とトランプ氏が考えているとしても、奇異ではない。“ウクライナ向けの軍事支援の停止をほのめかしていたトランプ大統領にゼレンスキー大統領が不快感を抱き、権力乱用疑惑を喚起する情報をメディアにリークした”、そのようにトランプ大統領が考えているとしても、不思議はない。

また、対ロシア関係で考えても、“バイデン氏が2021年に大統領に就任してウクライナに甘い顔をし続けたことが、かえってプーチン大統領を刺激して、22年のロシアによる全面侵攻の伏線になった”、そのようにトランプ氏が推論している可能性もある。

トランプ第2期政権が発足した際には、2019年の疑惑と弾劾裁判にまつわる個人的怨恨の観点から、ロシア・ウクライナ戦争の終結に対する働きかけが行われることは、ほぼ間違いないと言ってよいと思われる。

■トランプ派議員が政権入りすれば

ウクライナは圧倒的な額のアメリカからの軍事支援に大きく依存して、戦争を遂行している。米国議会が審議を空転させるだけで、大きな影響を受けてしまうのが、今のウクライナの実情だ。

議会におけるウクライナ向け軍事支援の予算案の可決を阻止しようとしているのは、トランプ派と目される共和党右派の議員たちだ。トランプ第2次政権発足の際には、さらに力を増し、政権入りする者も少なくないと目される人々である。トランプ第2次政権の発足は、ほぼ間違いなく、ウクライナ向けのアメリカの軍事支援の停止を意味するだろう。

もっともその機運に、プーチン大統領が本当に反応するかどうかなどの不確定要素は残っている。プーチン大統領が、アメリカのウクライナ向けの武器支援の停止と引き換えに停戦に応じることを拒絶したら、トランプ氏が裁量を行使するための行動をとる可能性はある。しかしプーチン大統領にとっては、アメリカにウクライナ支援を止めさせる千載一遇の機会である。取引に応じてくる可能性は、非常に高いと見ておくべきだろう。

ゼレンスキー大統領が、トランプ氏の歓心を得るためには、バイデン大統領の息子のスキャンダルを(捏造(ねつぞう)してでも)リークするなどの汚い取引に応じなければならない。可能性として、トランプ氏がそれに関心を示す場合はありうる。しかし、自身よりも人気が高かったザルジニー総司令官を更迭しながら大統領選挙を延期し続けるゼレンスキー大統領の政権基盤は、秋までに相当に弱まっている恐れがある。そのような小手先の歓心術で、安定した政権基盤を維持できるほどにまで、ゼレンスキー大統領が国民の信頼を挽回できているかは、疑問だ。

■それでも日本が果たすべき役割

そもそも2024年のアメリカからの軍事支援の有無や規模によって、戦局は大きく左右される。すでにアメリカの国内政治は、トランプ再選の可能性が高い、という見込みで動き始めている。トランプ氏の大統領就任を待たず、ウクライナが相当に追い込まれてしまっている恐れもかなりある。

日本の外交当局者は、そうした事態が発生してもなお、これまでの日本からのウクライナ支援が無駄にならないように、「平和の保証」の一端を担い、地域の安定化のために果たせる努力は果たしていくべきだろう。その際には、アメリカを「国際社会の法の支配」を尊重する「国際秩序」を維持する努力をする諸国の中につなぎ留めておく外交努力を行っていかなければならない。

トランプ氏とゼレンスキー大統領が蜜月関係を築くことは想像しにくいが、次のウクライナ大統領とトランプ氏との関係は、全く別の話になる。トランプ第2期政権の誕生の可能性が日増しに高まる中、さまざまな可能性に対応していく頭の体操をしておくことが必要である。

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篠田 英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『戦争の地政学』(講談社)、『集団的自衛権で日本は守られる なぜ「合憲」なのか』(PHP研究所)、『パートナーシップ国際平和活動:変動する国際社会と紛争解決』(勁草書房)など
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(東京外国語大学教授 篠田 英朗)