「100年時代の人生戦略」を提唱するリンダ・グラットン教授が日本の若者に伝えたいこととは(画像:東洋経済新報社)

ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授のリンダ・グラットン氏らが著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で提唱した「100年時代の人生戦略」は、日本でも一大ムーブメントを起こし、高校生向けに『16歳からのライフ・シフト』も刊行された。

生成AIなどをはじめとした変化の激しい世界で、若者たちはどのような力を身につけ、どのように生きていくべきなのか。「100年時代の人生戦略」提唱者のリンダ・グラットン教授に、日本の高校生や新社会人に向けたアドバイスを聞いた。

人間が機械より優れていることは何か?

ChatGPTは世界中に衝撃を与えました。1週間もしないうちに100万人以上の人々がダウンロードし、今では世界中の人がこの新しいテクノロジーを使って実験を始めています。MBAの私の学生たちも、課題に答えるためにChatGPTを活用しています。


生成AIが私たちの仕事に大きな影響を与えることは間違いありません。これまでできなかった作業ができるようになったり、その作業を迅速に進めたりといったことは、すでに現実で起きています。

生成AIによって消滅していく仕事を予測することは比較的容易でしょう。しかし、それによって創出される雇用について語るのはまだ難しい段階です。ただ少なくとも、生成AIの登場によって、私たちは「人間とは何か」という問いを突き付けられているということは言えると思います。

私たち人間が機械より優れていることは何か。1つは、他人を深く理解することです。他者に共感すること、気持ちを分かち合い思いやること、愛すること。

そして2つめは、将来について考え、判断を下すことです。私たちは何かを意思決定する際、幅広い文脈で物事を捉え、それを踏まえて想像力をはたらかせることができます。その意思決定がもたらすであろう将来の影響についても考えることができる。これらは人間が持っている特別な力であると言えます。

私は著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の中で、「無形資産」という概念を提唱しました。学び続ける力(生産性資産)や、健康・友人関係を維持する力(活力資産)、そして変化に対応する力(変身資産)です。これからの時代、この3つの力はさらに重要になってくるでしょう。

変化が激しい世の中において生涯学習は不可欠ですから、生産性資産の重要性については論を俟たない。また活力資産の中では、とりわけ友人関係を維持することが重要です。

注意しなければならないのは、友情や愛情を人から機械に移行しないようにすることです。機械はあなたの友達のふりをすることもできるし、愛しているふりをすることもできます。でもそれは、単にプログラミングによってそのように訓練されているだけ。話を聞き、共感し合える友人がいるかどうかは、精神的な健康に大いに影響を及ぼします。

一方、変身資産については、良好な機械とのパートナーシップが、あなたの変身を助ける可能性があります。人間と機械の協業は、互いを補完し合い、パフォーマンスの向上が期待できる。いずれにしても人間だからこそ、これら3つの無形資産を培い、発展させていくことができるのです。

考えることの大切さに気づく

日本では『16歳からのライフ・シフト』が出版されました。若い世代をターゲットにした本書がどのように受け止められるか、非常に興味があります。

若い世代にとって、もしかしたらライフ・シフトの概念は複雑に感じるかもしれません。でも彼らが自分の人生を生き始めるとき、1つの考え方のモデルになるのではないかと思います。

16歳前後というのは、自分の人生について少しずつ考え始める時期です。また、これから自分の子供がどのような道を歩んでいくのか、少なからず不安に感じている親もいるのではないでしょうか。

私たちがそうであったように、子供たちもまた、まずは親の世代をモデルにして将来を考えるのではないかと思います。多少変化はあるかもしれないけれど、おそらく親と同じような人生を歩むのだろうと、漠然としたイメージを持っています。

ただ実際には、生成AIをはじめとして、世界中でさまざまなことが変わってきています。たとえばアメリカの労働市場を見ていると、今は30%の人がフリーランスで働いています。バンク・オブ・アメリカのような伝統的な企業でさえも、サバティカル休暇など、柔軟な休暇取得ができるようになりました。

今後は企業制度のみならず、教育制度も変わっていくでしょう。新しい選択肢が増えると同時に、今まであったはずの選択肢がなくなることもあります。それらは十分に想像しきれません。

そんな中で私たち親や祖父母の世代ができることといえば、「教育」「仕事」「引退」という従来の3ステージの生き方はもう有効ではないと、子供が気づくのを助けることだけです。それはつまり「考え方を教える」ということです。

10代のうちから自分の人生とじっくり向き合うことは難しい。私がそうであったように、友達と一緒におしゃべりするほうが楽しいですから。でも今の若い世代は、最初から3ステージではない人生を生きていく最初の世代です。考える癖や習慣をつけることによる日々の小さな気づきや変化が、やがて新しい道を開くと思います。

だからこそ自分で考えて行動する習慣を身につけさせることが非常に重要なのです。そして『16歳からのライフ・シフト』が考えることの大切さに気づくきっかけになれば、著者冥利に尽きますね。

日本の子供たちに伝えたいこと

私が日本の16歳の子供たちに唯一、具体的なアドバイスをするとしたら「英語を学びましょう」ということです。日本以外では、世界中どこにも日本語を話す人がいません。すると旅行するにも言葉の壁が立ちはだかり、どこに行っても日本人としか過ごせない状態になってしまいます。これは非常に不利です。

たとえばインドで高等教育を受けた人は皆、英語を話せますから、アメリカに渡ってロボット工学を学ぶことができます。そのままアメリカに滞在してもいいし、その知識をインドに持ち帰ってもいい。でも英語が話せなければそれができません。つまり、グローバルな労働市場に自分たちをその一部として組み込むことができないということです。

また言葉の壁がなくなり、海外に行く機会が今以上に増えれば、他文化への理解も深まりますし、自分たちの文化についても見直す良い機会になるでしょう。

もっともあと数年もすればAIを使って、イヤホンをつけるだけで世界中の人と会話が成り立つような素晴らしい技術が出てくるかもしれません。ただ自動運転と同じくらい、時間がかかる可能性もあります。

「快適ゾーン」から一歩踏み出そう

ライフ・シフトはもちろん海外に行くことだけではありません。国内にいても、新しい自分や新しい道を発見していくことはできます。そのためには、いわゆる「快適ゾーン」から一歩踏み出すことが大切です。「ちょっと難しそうだな」と思うことや、今まで自分がやってこなかったことに勇気をもって挑戦してみるということです。

私自身、19歳のときに初めて人に教えるという経験をしました。町の貧しい地域にあるコミュニティセンターで、40代の人たちが集まる夜のクラスで心理学を教えることになったのです。初めての経験だったので、正直とても不安でした。

でも、挑戦してみて多くのことを学びました。彼らがどのように世界を見ていたかを知りましたし、何より私は教えることが大好きなのだということがわかりました。

この経験は、私に「世の中」を教えてくれたと思います。長い歳月を経て、私は今、教えることが得意になっていますが、それはこのときの経験があったからです。実際に行動を起こしてみないと、自分は何が好きで何が嫌いなのか、わかりません。

また行動を起こしたからといって、すぐに答えが見つかるとも限りません。私は旅行が大好きで、10代のときは少ないお金をやりくりしてイギリス中を旅しましたが、その時点で自分が何になりたいのかわかりませんでした。答えを出すことが重要ではないのです。自分で考えて行動することそのものが大切なのです。

ロールモデルがいない時代、これから若い世代は多くの「実験」をしていかなくてはなりません。「快適ゾーン」から一歩踏み出すという経験や勇気は、これからの人生における「実験」の礎になってくれるはずです。

「何をやらないか」を決めることも大事

すでに社会人として人生を歩み始めている人も、リタイアの時期が見え始めている人も、今の時代、静的に立ち止まっていることはできません。年齢を重ねるにつれて新しいことを学ぶのは難しくなっていきますが、スキルアップするか、リスキルするか、あるいは自分の活躍の場を縮小させるか、この3つのうちどれかです。

今の社会に固定されたポジションはないので、現状維持という道はありません。だからこそ、学び続けることは何においても重要なのです。

私自身、ChatGPTが出た翌日には、自分で試してみました。実験的なマインドセットを持つことは大切です。失敗も生きることの一部、100年人生はとても長いですから。

一方で、「何もしない」ことも重要です。たとえば私は、SNSには全く時間を使っていません。X(旧Twitter)やLinkedInなど、世界との関わり方についてはとても気をつけています。

また毎日の散歩でPodcastを聞くこともしません。ただリラックスして、自己を振り返りながら歩くだけです。ワクワク感を大事にすると同時に、心の静けさも大切なこととして位置づけています。

重要なのは、「動」と「静」のメリハリをどのように維持するか。「何をやるか」ということと同様に、「何をやらないか」を決めることです。どうやって心の平静や均衡を保つか、自分に合った方法を見つけてほしいと思います。

そして何歳であっても、無形資産について事あるごとに思いを巡らせてほしいと思います。「生産性資産」「活力資産」「変身資産」のそれぞれで、自分はそれを蓄積しているのか、使い果たしているのか。

人生100年時代の折り返し地点にいる世代なら、自分はまだ学んでいるか、子供たちの良いお手本になっているか、子供たちに学び方について教えているかを自身に問うてほしい。無形資産について振り返ることは、どの世代にとっても、自分の立ち位置を確認する良い機会になると思います。

(リンダ・グラットン : ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授)