「次に目指す」場所として知られているPEファンドとは、いったいどういうものなのでしょうか(写真:ふじよ/PIXTA)

戦略ファームのコンサルタント、投資銀行バンカー、M&Aアドバイザー、商社マン……。ビジネス社会のハイパフォーマーたちが「次に目指す」キャリアをご存じでしょうか。

「より難度の高い仕事をしたい」「より視点の高い仕事をしたい」「より社会貢献度の高い仕事をしたい」。そうした意欲的なビジネスパーソンの希望を実現するのが、PEファンドの仕事です。

ハイパフォーマー5万人の転職を支援したトップエージェントを経営する小倉基弘氏、山本恵亮氏の共著『コンサルが「次に目指す」PEファンドの世界』から、知られざるPEファンドの実像を紹介します(一部、配信用に内容を改変しています)。

「PEファンド」とは何か

1998年10月、日本長期信用銀行(当時)の株価が2円で取引を終え、国有化されました。

そして約1年後の1999年9月28日付の日本経済新聞に「金融再生委員会は一時国有化していた日本長期信用銀行をアメリカPE(プライベートエクイティ)ファンド、リップルウッド・ホールディングスに譲渡する方針を決定」というニュースが掲載されています。

このとき初めて、「PEファンド」という言葉を耳にした日本人が多かったのではないでしょうか。

それから20年以上が経ち、日本経済においてPEファンドは影響力を高めています。

例えば、2024年2月にアウトドア用品大手のスノーピークがMBO(Management Buyout)を発表し、同社を支援するアメリカのPEファンド・ベインキャピタルがTOB(株式公開買い付け)を実施したのは記憶に新しいところです。

その他にも、食料品・日用品の小売りチェーンである西友、雑貨販売のFrancfranc、栄養ドリンクのアリナミン製薬、温浴施設の大江戸温泉物語、喫茶店のカフェ・ベローチェ、珈琲館、カフェ・ド・クリエ……、これら有名企業の株主はすべてPEファンドです(2024年2月現在)。

PEファンドは「次に目指す」場所

戦略ファームのコンサルタント、投資銀行バンカー、M&Aアドバイザー、商社マン……。ビジネスのハイパフォーマーの間で、PEファンドは「次に目指す」場所として知られています。

とはいうものの、その実態を伝える情報はほとんど表に出てきません。新卒の学生を採用しない業界のため、一般に情報が出にくい背景もあり、「知る人ぞ知るトップキャリア」として有名な職業なのです。

では、その実態とはどのようなものでしょうか? 知られざるPEファンドの世界について説明していきましょう。

PEファンドの仕事をごく簡単にまとめると、以下のようになります。

「投資家から集めたファンド資金を企業に投資して、一時的に対象会社のスポンサーになり、経営改革を推進して企業価値を高め、自走できるようにする。そして、株式公開や保有株式の売却によってリターンを得て、その会社を次のスポンサーにバトンタッチする」

この役割を対個人の仕事に例えるなら、ケガをした人を診察・治療し、リハビリテーションを実施しながら日常生活へと戻していく医療機関のようなイメージです。

企業を立て直し、雇用を維持し、場合によっては新たな雇用を生み出す。企業の再生や再成長が、地域の活性化にもなり、産業の発展にもつながっていく。ひいては日本経済の成長にも貢献しています。

個人のやりがいの域を超えた、社会的意義のある仕事といえるでしょう。

この業界で働く人たちにこの仕事の特徴を聞くと、「総合格闘技」に例えられることが多いようです。

PEファンドで働くプロフェッショナルには、コンサルティングファームでのコンサルタントスキルをはじめ、投資銀行やFASでのM&Aアドバイザリースキル、総合商社での事業スキルなど、個々の専門的職種としての卓越したスキルを複数にわたって持つことが必要とされているからです。

そこでは、自分の能力を最大限に発揮し続けなければ、即敗者となってしまう、まさに真剣勝負の頂点ともいうべき熱い戦いが繰り広げられているのです。

PEファンドの仕事は、やりがいももちろんですが、大変さも普通の仕事の何倍にものぼるといわれます。しかし、それは勤務時間や仕事量といった「物量」の感覚ではなく、複雑さや成し遂げるべき「クオリティ」が何倍にもなるという感覚です。

PEファンドで働くプロフェッショナルは、株主の立場に立ち、なおかつ投資先企業の経営陣と議論しながら、トップの視点で企業価値を上げていく役割を担います。

その手段として、プロジェクトをいくつも立ち上げて、リーダーを社員から選び、その人々を通じて、すべてのプロジェクトを同時に動かしていきます。

こうした仕事は、マネジメント力や人間力をはじめとするハイレベルな技量が必要とされるため、そう簡単に実践できることではありません。

投資して間もない時期には、対象企業には「ファンドの人なんて嫌い」「話の意味がわからない」などと、露骨な態度で抵抗を見せる社員の方々がいることもあります。

投資先企業に常駐しているファンドのメンバーが議長を務めるミーティングの場で、意見を求めても沈黙して無視されるようなことが繰り返されたりもします。

そんな逆風の中でも、ファンドと対象企業が同じ方向に針路を取って頑張れるよう、PEファンドのプロフェッショナルたちは力を尽くすのです。

PEファンドの4つのテーマ・手法

PEファンドが手がける主な投資のテーマや手法には、「事業承継」「カーブアウト」「ロールアップ」「企業再生」の4つがあります。

ここでその手法と代表的な事例を簡単に紹介しましょう。

◎事業承継:コメダ珈琲店

オーナー経営者の高齢化に伴う中小企業の事業承継は、地方を含めた社会的な課題です。PEファンドが新たな経営者を招聘することにより、オーナー社長主導で動いていた会社を組織的に動ける会社として再スタートさせます。

事例としては、コメダ珈琲店がよく知られています。2008年に、アドバンテッジパートナーズが創業者から約8割の株式を購入し、当時、名古屋を中心とした東海地方に展開していた店舗を全国展開させました。

◎カーブアウト:アリナミン製薬

カーブアウトは経営を立て直すため、本業ではない事業を切り離していく投資手法です。

PEファンドは単に事業部門を別の会社に売却するのではなく、社員を新たな経営者に指名したり、あるいは必要に応じて外部から経営者を招聘したりして、その事業部門を1つの新しい会社として独立させます。

最近のカーブアウト事例としては、武田薬品工業からアリナミンの事業をスピンアウトさせ、アリナミン製薬として独立させた案件があります。これを手がけたのは、アメリカ投資ファンドのブラックストーンです。

◎ロールアップ:アロスワン

ロールアップとは、PEファンドが既存の投資先企業を通じて同業の中小企業を水平的に買収して収益力の強化を図る手法です。

その事例として注目されているのが調剤薬局です。調剤薬局には小規模店舗が多く、創業オーナーが高齢化している現状に加え、診療報酬制度の改定に伴う対応が複雑化しているため、少人数スタッフでは事業継続や人材採用などが難しい問題がありました。

ここに事業承継ニーズを見いだしたのが、アント・キャピタル・パートナーズです。大手調剤薬局の阪神調剤ホールディング(現I&H)と合弁でアロスワンという会社を作り、全国の小さな調剤薬局を買収しながら傘下の店舗数を増やしました。

これによって各事業体の間で人材が融通され、薬剤師の研修も可能となったのです。

◎企業再生:日本航空

企業再生は、経営が危機的状況にある企業の抜本的な立て直しを行うものです。

最も有名なのは日本航空の再生で、企業再生支援機構という政府系の投資会社が手がけ、2010年に京セラ創業者の故稲盛和夫氏を会長に招聘して立て直した事例です。

こうした大企業の改革は自社で行うことが難しいものです。そのため、一時期ファンドが入ることで、外部の知見を導入した改革を実施するのです。

リスクあるがやりがいは計り知れない

以上、ハイパフォーマーが「次に目指す」仕事、PEファンドの概要をご説明しました。


PEファンドで働く人々はコンサルティングファーム、投資銀行で働くプロフェッショナルと同様に高い専門性を持ち、いわゆるサラリーマンと呼ばれる大企業で働いているゼネラリストとは異なる人材といえるでしょう。

さらに、PEファンドそのものはプロジェクトビジネス的な側面もあり、立ち上げたファンドで一定の収益が立たなければ、それ以降継続することが不可能になり、ファンドも解散という事態に陥ります。

こういったリスクを取りながらも、見返りとして得られる仕事・人生上のやりがいは計り知れません。

仕事に全力投球し、人生の密度を濃くしたいビジネスパーソンにとって、PEファンドのキャリアは最適の仕事となることでしょう。

(小倉 基弘 : アンテロープキャリアコンサルティング株式会社代表取締役)
(山本 恵亮 : アンテロープキャリアコンサルティング株式会社取締役)