「新城鶏フェスタ」で販売された「鶏とろきのこ汁と五平餅セット」950円(写真:新城鶏学会)

1月20日(土)、愛知県新城市内にある道の駅「もっくる新城」で「新城鶏フェスタ」なるイベントが開催された。同市内の飲食店による鶏肉を使った料理の試食や販売、鶏の半身揚げの早食い競争、ニワトリゆかりの地を訪ねる無料のバスツアーを実施。新城市を「鶏のまち」としてPRした。

漬物店の店主から道の駅駅長へ

イベントを企画したのは、2022年11月に鶏料理で地域活性化を目的に結成した「新城鶏学会」の会長で、「もっくる新城」の駅長を務める田原直さんだ。田原さんはこれまでさまざまなアイデアで道の駅の来場者を増やしてきた。「新城鶏学会」については後ほど触れることにして、田原さん自身の経歴から紹介したいと思う。

田原さんは1970年生まれの53歳で、実家は愛知県の北東部にある豊根村の漬物店。大学卒業後は企業や自治体のノベルティ制作会社に就職した。


道の駅「もっくる新城」の駅長、田原直さん(筆者撮影)

「3年ほど働き、言葉の通じないところで生活したいと思い、ニューヨークへ半年間ほど行きました。その後、実家の漬物店を手伝っていたら、大学受験に失敗して同じ下宿で浪人生活をしていた友人から国会議員の選挙に出るから手伝ってほしいと言われたんです。選挙で友人は当選し、第一秘書としてサポートしました」(田原さん)

議員秘書となって7年が経った頃、豊根村へ戻り両親から漬物店を継ぐこととなった。ところが、当時の豊根村の人口は約1200人。しかも、その多くは高齢者でまったく商売にならなかった。販路を広げようにも都市部にある漬物メーカーには太刀打ちできず、設備投資などで作った借金だけが膨れ上がっていった。

2011年頃、愛知県高浜市にある「おとうふ工房いしかわ」の石川伸社長から、名古屋鉄道(名鉄)のグループ会社が新城市に道の駅を開設するという話を聞いた。

「『おとうふ工房いしかわ』は、豆腐や大豆を使ったパンやスイーツの製造販売を手がけていて、以前から石川社長にはお世話になっていました。名鉄から道の駅で豆腐の工房を出してみないかという相談を断って、私を名鉄に紹介してくれたんです」(田原さん)

とはいっても、漬物店の店主として紹介したのではなく、土地勘のない名鉄の担当者に新城市や周辺の東三河エリアを案内できる人ということで白羽の矢が立ったのである。しかし、担当者とともに東三河の街を巡っているときに「道の駅の駅長になって地域に貢献してほしい」と頼まれた。田原さんは家業を清算し、道の駅を運営する名鉄ミライートの社員となった。

卵かけご飯モーニングで売り上げが50倍に

2015年3月に道の駅「もっくる新城」が開業し、駅長としての仕事が始まるも、田原さんの心には引っかかるものがあった。会社や地域にとってプラスになることをなかなか実現することができなかったのだ。


道の駅「もっくる新城」外観。「木材・来る」が名称の由来で、温もりのある木材をふんだんに使用している(筆者撮影)

「2016年2月に新東名の新城インターが開通するにあたって、朝、ここでルートの確認をしたり、プランを練ったりするだろうと思って、モーニングサービスをやりたいと思いました。新城は卵の生産量が多く、当時、道の駅でいちばん売れていたのも卵でした。そこで卵かけご飯食べ放題のモーニングを提供すれば注目を集めるだろうと」(田原さん)

ところが、それも会社側は生卵による食中毒のリスクを考えて、NGを出した。それでも田原さんは引き下がらず、加熱して半熟卵にして出すことを提案した。田原さんの熱意に会社側も承諾し、新東名の新城インターの開通に合わせて卵かけご飯モーニングを提供することとなった。それに伴い、開店時間も9時から8時にした。


20種類の具材でいろいろな味が楽しめる「卵かけご飯モーニング」。600円で卵3個まで。1個30円で追加も可能(写真:もっくる新城)

地元のテレビ局の情報番組や新聞、雑誌に紹介され、朝から多くの客が訪れるようになった。朝9時から11時までの年間売り上げは約30万円だったのが、卵かけご飯モーニングを始めると、50倍の約1500万円まで伸ばした。

「卵の高騰で今では1人3個までにしていますが、それでも行列ができるほどの人気です。卵かけご飯に入れる揚げ玉やきくらげ、メンマなど20種類の具材や、味付けもしょうゆだけではなく塩や味噌も用意して、いろんな味が楽しめるのがウリです」(田原さん)

また、駅内の売店の混雑がピークになる時間帯はこれまで11時だったのが開店時間を早めたことで9時半になり、売り上げも伸びていった。そこで田原さんはオリジナルのお土産物の開発に着手した。まず、最初に発売したのがスープにイノシシの骨を使った「シシラーメン」。1ロットあたり2万食という膨大な注文数に会社の上層部は難色を示したが、1年もかからず完売した。


駅内の「もっくるベーカリー」で人気の「ジャイアントメロンパン」1000円(筆者撮影)

「新城は同じ東三河の豊橋や蒲郡、田原などと違って、これといった名物がないんです。そこで人気の商品を巨大化して売ろうと考えました。例えば、全長110センチの五平餅とか。多い時で1日20本は売れました。今でも4、5本は出ていると思います。それと、巨大なロールケーキやメロンパンも作りましたね」(田原さん)

巨大グルメも多くのメディアに紹介されたが、それらは新城の名物なのかというジレンマは常にあった。新城の山で狩猟したウサギや山羊、熊、雉などのジビエも秋冬にしか提供することができず、通年用意できる名物がなかったのだ。

目標は全国の銘柄鶏が一堂に会する鶏サミット

コロナ禍の2020年、世の中にはテイクアウトの唐揚げ店が続々とオープンしていた。田原さんもそのブームに乗ろうと、鶏肉の卸業者と頻繁に打ち合わせをしていた。

「ある日、卸業者が見慣れない部位の鶏肉を持ってきました。それが東三河産の錦爽どりの胸肉と手羽元の間にある肩肉でした」(田原さん)


胸肉と手羽元の間にある肩肉「鶏とろ」。一羽から2つしかとれない希少部位だ(写真:新城鶏学会)

肩肉は水分量が多く、唐揚げにするとジューシーで、煮込んでもパサつかず、しっとりとした食感に仕上がった。調理法を問わず、さまざまな料理に活用できるうえに、1年中提供することも可能。田原さんは“鶏とろ”と名付けて、駅内のフードコートのメニューに取り入れた。

その一つが豚汁ならぬ「鶏汁定食」である。丼に入った鶏汁は鶏とろのほか、ゴボウや大根、ニンジンなど根菜もたっぷり。味付けには愛知県ならではの豆味噌を使っていて、鶏とろや根菜にもしっかりと味が染みている。

鶏汁だけでもご飯のおかずとしてのポテンシャルが高いのに、錦爽どりのチキンカツと半熟卵も付く。専用のタレをかけた半熟卵にチキンカツをくぐらせて食べると本当にうまい。ご飯のおかわりが無料というのも嬉しい。


食べごたえ十分の「鶏汁定食」900円(筆者撮影)

鶏サミットの開催も夢じゃない

「新城を含む東三河のエリアは養鶏が盛んで、卵を産み終えた親鶏を食べる習慣もあります。そこで鶏とろと親鶏を使った料理で町おこしができないかと考え、2022年11月に『新城鶏学会』を発足させました。鶏とろの料理は道の駅だけで出せばよいという意見も耳にしましたが、地元の活性化があってこそ道の駅にも人が集まるのです」(田原さん)

「新城鶏学会」には市内の飲食店26軒が参加し、「新城市鶏ガイド」というパンフレットも制作した。前出の「新城鶏フェスタ」には5軒が出店した。そのメニューは、鶏とろを使ったカレーパンと味噌カツ、きのこ汁、親鶏を使用した親子丼と豆乳スープ。どれも趣向を凝らしてあり、来場者に好評だったという。

「将来はここ『もっくる新城』で全国の銘柄鶏の料理が楽しめる鶏サミットを開催するのが目標です。そのためには今以上に地元を盛り上げねばなりません」(田原さん)

「新城鶏学会」は、鶏料理による地域活性化が目的であり、料理に使用する鶏肉の銘柄を指定していない。全国各地にある銘柄鶏の普及団体と提携すれば、鶏サミット開催も決して夢ではないだろう。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)