エキュートエディション御茶ノ水に昨年12月にオープンした「プラスプレ」の内装はモダンで都会的な雰囲気(提供:プラスプレ)

製パン企業の新たなスタンダードとなるかーー。「パスコ」で知られる製パン業界大手、敷島製パンが直営ベーカリーカフェの強化に乗り出している。

2022年7月、鎌倉に「プラスプレ」1号店をオープンしたのに続き、昨年12月にお茶の水に2号店を出店した。鎌倉店がゆったりしているのに対して、お茶の水店は女性が1人でさっと食べられる店をイメージした。

自社のブランドのベーカリーがほしかった

商品は、「鎌倉食パン」(ハーフサイズ497円)や「焼きカレーパン」(356円)、サンドイッチなどのパンに加えてスープもある。現在のところ、客のほとんどが女性で、働き盛りの30〜40代が中心だ。それにしても、これまでほぼ自社ブランドのベーカリーを展開してこなかった敷島製パンがなぜ今になってベーカリーカフェなのか。


鎌倉食パン(写真:プラスプレ提供)

敷島製パンのグローバル事業部の栗田木綿子氏は、山崎製パンが「ヴィ・ド・フランス」を、神戸屋が「神戸屋キッチン」を持つように、看板になる強い自社ブランドのベーカリーが欲しかった、と説明する。

また、「朝食以外にも、さまざまなシーンでパンを採り入れた生活をしてほしい。ご提案の1つとして、パンとスープの食事を提供するブランドを立ち上げました。人口がシュリンクする将来も見据えています」(栗田氏)。

確かに、パンの未来は安泰とは言い切れない。

例えば、山崎製パンの業績を見ると(敷島製パンは非上場)、足元では食パンや菓子パンの売り上げが好調で、2024年3月期は大幅な増収増益になる見通しだが、長期的な視点で見た場合、日本全体を襲う人口減という問題が重くのしかかる。すでに飲食分野では、若年層の人口増が続いているアジアなど海外に進出することで、将来的な国内事業の縮小への対策をとり始めている。


プラスプレで絵は、パンのほかにデザートやスープ、パンに塗るスプレッドも提供している(写真:プラスプレ提供)

パンブームの反動と思わぬ影響

ここ10年ほど、パンはさまざまなブームが起き、首都圏のパンイベントでは大行列ができる、全国に食パン専門店ができるなど話題を集めてきた。総務省の家計調査で見ても、パンの消費金額は2007年以降上昇が続き、2011年にはコメを抜いてニュースにもなった。

しかし、2010年代後半から糖質制限ダイエットやプロテインブーム、グルテンアレルギーへの注目など、小麦粉を使った製品には逆風が吹き始めている。コロナ禍では巣ごもり消費もあってパン市場は拡大したものの、ウクライナ戦争による小麦価格高騰もあって長期的には大きく伸びる市場とは言いがたい。

さらに、パンブームの影響もあり、スーパーなどで売られる袋パンよりチェーンを含むベーカリーでパンを買う人が増えたというデータもある。

中小企業ビジネス支援サイトの『J-Net21』が国内在住の20〜60代以上の男女を対象に実施する、インターネット調査がそれ。対象者とアンケート項目等の違いがあるものの、2010年実施と2023年実施の結果を比べると、ベーカリー利用が増えたことがわかる。

月1回以上の定期ユーザーの割合は、2023年は2010年から2%増えただけの58.2%だが、非ユーザー層は2010年の25%に対し2023年は12.8%と半減している。

この変化はおそらく、ブームでパンの情報や入手の機会が増えたからだろう。その意味でも、袋パンを提供してきた企業がベーカリービジネスに参入する理由は十分にある。

ちなみに山崎製パンが事業としてヴィ・ド・フランスを始めたのは1983年。その後、2001年に子会社として分社化し、現在では214店sを展開している。神戸屋も神戸屋レストランのベーカリー部門として1982年に「神戸屋キッチン」の1号店をオープン、現在は駅ビルを中心に展開している。

売りの1つはスープとスプレッド

そういった意味では、敷島製パンはかなり後発となるわけだが、プラスプレでは独自色を出すために、定番と季節のメニューを組み合わせたスープと、ジャムなどパンに塗る「スプレッド」を提供している。

栗田氏は店のコンセプトを「旬のモノを味わい、自分の健康を見つめ直す店にしたい、と考えています」と説明する。ほとんどの製品は店で1から製造。パンに使う小麦粉も、国産の石臼挽きが中心で、できる限り国産の材料を使う。


(写真:プラスプレ提供)

実は同社、ベーカリーのノウハウはすでに持っている。1991年に名古屋の松坂屋で開業したフランスのベーカリーブランド「PAUL(ポール)」を、日本で運営してきたからだ。

2001年の東京・八重洲から多店舗展開を始めたのは、フランスの本体で経営者が交代した影響から。敷島製パンも、日本のフランスパンの常識を変える意気込みで、レアールパスコベーカリーズという子会社を設立した。思えばこの頃が本格派フランスパンの黎明期で、ポールもパンブームの土台の1つだった。

「ポール」を運営していた強み

プラスプレの現場は、レアールパスコベーカリーズのマーケティング部長として、ポールの店舗運営などを任されてきた人物が出向し、力を指揮している。つまり、この店にはパスコとポールのノウハウが投入されている。

ポールのノウハウで大きいのが、狭い厨房の活用法。面積は厨房と店舗が10坪ずつの合計20坪しかない。近年は、商業施設の厨房は狭くなる傾向がある。ポールは、数々の商業施設で厨房を設計してきた。

「業務用としては最小サイズの、コンベクションオーブンとミキサーを入れました。初心者の女性でも作業しやすいよう設計しています。蒸気の量、温度、時間も商品ごとにプログラムで設定しました」(栗田氏)。パン屋は体力も必要な商売だが、従業員の仕事を少しでも楽にするよう工夫したのだ。


(写真:プラスプレ提供)

オーブンが小さいと作業自体はラクかもしれないが、パンを焼く回数が多く手間が増えるのではないか、と聞くと、栗田氏は「確かに、改良剤を入れればすぐに発酵します。しかし、プラスプレでは改良剤を入れず、発酵温度を低めにしているので、発酵時間が長く、時間の融通性が利くんです。アイテムも約60種類、うち1割程度を季節メニューと絞り込んでいます」と説明する。一般的なパン屋は、100種類ぐらい並ぶことも多い。

栗田氏はさらに、「生地の種類も絞りました。しかし、同じ生地でもフィリングや形、発酵時間、生地にかける負荷を変えると、食感が変わります」と補足する。パスタが、形が違えば味が変わるように、パンも同じ生地からさまざまな味わいが生まれるのだ。

「プラスプレ」の今後の展開は?

ポールは世界中で展開するフランスのブランドのため、さまざまな制約があるが、プラスプレは敷島製パンの自社ブランド。味噌や山椒など、和の食材も使う。「縛りがないので自由にパンが作れる。日本の良さや季節感も打ち出せる面白さがあります」と栗田氏は言う。

今後、時間をかけて日本らしさを打ち出すブランドを育て、3号店以降を開業していく見込みだ。海外進出も視野に入れている。その際は、敷島製パンが現地企業との合弁で香港に進出したことなど、海外とのネットワークが生きるだろう。

敷島製パンの試みは、パンを和食化させることで生活により深く根付かせ、消費機会を増やす挑戦でもある。人口減時代を生き抜くために、何ができるのか。本番はこれからだ。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)