2024年1月16日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで演説するウクライナのゼレンスキー大統領(写真・2024 Bloomberg Finance LP)

ロシアによるウクライナへの一方的侵攻は2024年2月末、3年目に突入する。筆者は前回「2024年・ロシアのプーチン大統領はどこへ行く?」(2024年01月13日付)で、「擬制の復活版ソ連」の構築を進めるプーチン氏がソ連時代の「影響圏」復活を狙ってバルト3国などへ紛争を広げる恐れを指摘した。

これを踏まえて、今回は、より視野を広げて、ウクライナ情勢をめぐる国際情勢の焦点をまとめてみた。

ゼレンスキーがアメリカに激怒した理由   

日本ではあまり注目されなかったが、2024年1月16日、スイス東部ダボスで開催されていた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、ウクライナのゼレンスキー大統領が行った演説が国際的に大きな波紋を呼んだ。これまでにない強い調子でアメリカのバイデン政権を真っ向から批判したからだ。

キーワードは「エスカレーション」だ。それは、侵攻前も侵攻後もアメリカがつねにウクライナに言って来たのは、ロシアとの間で「エスカレーションを引き起こすな」という同じメッセージだった。

2022年11月、ロシアのミサイルを迎撃しようとしたウクライナ側の防空ミサイルとみられるものが逸れてポーランドに着弾した際も、アメリカ政府は関与していないウクライナに対し、「エスカレーションを引き起こすな」とお門違いの注意をしてきたという。

ゼレンスキー氏はアメリカからの、この「エスカレーションさせるな」発言について「プーチンに対し『あなたが勝ちますよ』と言っているようなものだ」と非難した。

では、なぜゼレンスキー氏がダボス会議という大舞台で、最大の軍事支援国であるバイデン政権に対しこれほどの非難をしたのか。

キーウの軍事筋によると、この背景には、ダボスでのバイデン政権からのある密かな提案がウクライナ側を激怒させたことがある。アメリカ政府高官がウクライナ側に対し、東部、南部の領土奪還を当面断念し、クリミア半島奪還に目標を絞れ、と言ってきたという。これにゼレンスキー氏が激怒したのだ。

ウクライナからすれば、2023年6月に開始した大規模反攻作戦が不発に終わった最大の要因は、アメリカがエスカレーション回避論でウクライナを押さえつける一方で、F16戦闘機など必要な武器を供与しなかったことだ。

キーウの希望通り、供与が実現していれば、2023年末までに全占領地を奪還できていたはずだ、との怒りが充満していた。

ダボスでのアメリカからの戦略変更提案が、これまで2年間溜まっていたバイデン政権への不満のガスに火をつけたようだ。

筆者は反攻開始以来、アメリカ政府とウクライナ側の間で続いていた反攻戦略をめぐる対立について、「ウクライナが奪還作戦実行で感じた『手応え』」(2023年9月5日付)などで伝えてきた。

東部ドンバス地方や南部ザポリージャ州、ヘルソン州で反攻作戦を続けているウクライナ軍に、南部に集中するようアメリカ軍が求めたのに対し、ウクライナ軍は東部奪還の失敗につながると一貫して拒否してきた経緯がある。

アメリカの戦略を疑い始めたウクライナ

実際問題として、ロシア軍はこの間、プーチン氏が厳命していた東部ドンバス地方の完全制圧のため猛攻を続けている。ウクライナ軍がこれを跳ね返すことができたのは、東部で十分な兵力を維持してきたためだとの自負がある。逆に言えば、アメリカによる戦略提案への懐疑があるのだ。

しかし、今回バイデン政権が打診してきたクリミア集中案は、キーウ側に対し、東部のみならず、南部の領土奪還作戦の延期を迫るものだった。これによって、ゼレンスキー政権のバイデン政権への不信感が一層深まった。

不信感を深めさせる材料はこれ以外にもあった。これまでウクライナの防衛支援をめぐる関係国会合で決まり、アメリカ国防総省が行うはずだった支援がホワイトハウスの意向で断念させられていた事実が漏れてきたからだ。

ウクライナの立場に寄り添う姿勢が目立っていたオースチン国防長官が長射程の地対地ミサイル「ATACMS」(エイタクムス)を供与するという提案を、ホワイトハウスが却下していたという。

先述の軍事筋は、こうした動きについて「アメリカ政権には統一された司令部は存在しない。自分たちの戦争とは思っていない」と指摘した。さらに「そろそろ戦争をやめたらどうか、とキーウに言ってくる準備を始めたのだろう」とも見る。

アメリカ有力メディアの中には、アメリカ側の新戦略案として、2024年は領土防衛に徹し、占領地奪還の攻勢に転じるのは2025年にすべきとの案があることを報じている。ホワイトハウスがウクライナ側に圧力を掛けるために意図的にリークしたのだろう。

しかし、2024年11月のアメリカ大統領選でバイデン氏再選が危ぶまれている状況で、2025年に攻勢に転じるとの戦略をウクライナに提示したとしても、真剣に受け入れられるはずはない。むしろウクライナには無責任な提案と映る。

なぜなら2025年1月にホワイトハウスの主になるのは、プーチン氏と良好な個人的関係があるとされるトランプ氏との見方が根強いからだ。

バイデン政権は約610億ドル(約9兆円)のウクライナ支援を含む緊急予算案の承認を議会に求めているが、共和党の反対で審議は難航している。共和党の背後にはトランプ氏の存在があるとも言われている。

欧州「自分たちでやるしかない」

そんなアメリカに冷ややかな視線を向け始めたのはウクライナだけではない。欧州も同様だ。

トランプ政権が再登場した場合、北大西洋条約機構(NATO)脱退の可能性を懸念している欧州では、ウクライナ対応を含めた今後の欧州全体の安全保障に関して、アメリカがもはや頼りにならないので自分たちでやるしかない、との機運が高まっている。

この動きを象徴するのが、イギリスによるウクライナとの2国間の安保協定の締結だ。各国がウクライナとの間で2国間の安保協定を締結する大方針自体は2023年7月のリトアニアのビリニュスで行われたNATO首脳会議で決まっていた。

この首脳会議では、ウクライナのNATO加盟に向けた明確なメッセージが出せなかったため、ウクライナ側の不満をなだめる代替策として、2国間の安保協定締結が決まっていた。

2024年1月、この安保協定の第1号として、キーウを訪問して調印したのがイギリスのスナク首相だ。ウクライナの安全保障に10年間コミットすることをうたったこの協定の肝は、将来ウクライナと停戦したロシアが停戦を破って、再び侵攻してきた場合の軍事支援を確約したことだ。

今後、ウクライナがロシアとの間で停戦交渉をするかどうかはわからない。しかし、この保障により、ウクライナは後顧の憂いなく、何らかの形でロシアとの停戦協定を結ぶ、という選択肢を確保することになる。

この2国間協定の交渉はドイツ、フランスとも行っている。仮にドイツとフランスも追随した場合、ウクライナの安全保障に与える意義は大きい。

NATOに未加盟のウクライナを支援するうえでの現在の法的根拠は、侵攻が国連憲章違反であるという1点のみだ。この2国間の安保協定体制が各国に広がれば、ウクライナを守る国際的条約体制がNATO加盟までの間とりあえずできることになる。

今回の安保協定の締結により、イギリスは欧州でウクライナ支援での明確なリーダーとなった。ワシントンと電話で協議することが多かったウクライナ政府高官が、今はロンドンに電話して相談するケースが目立って増えている。

ここで問題は、現時点ではウクライナにとって最大の支援国であるアメリカの動向だ。バイデン政権は2023年末までの段階でキーウとの間で安保協定の交渉を終える予定だったが、軍事筋によると、中断してしまったという。

欧州安保でのアメリカへの不安

こうした事象が指し示すことは何か。それは、欧州安保の保障者としてのアメリカの地位および信用度の低下である。

そのため欧州では、2国間安保協定以外にも「自らの平和は自らの手で守る」という覚悟を示す行動が広がっている。象徴的なのが2024年1月末にバルト3国やポーランドを主な舞台として始まった冷戦終結以来で最大規模といえる軍事演習だ。

ロシア軍による侵攻を想定したもので、9万人規模の部隊が参加する。NATO演習である以上、アメリカ軍部隊も参加するが、想定といい、演習場所といい、極めてリアルであり、従来の演習以上の危機感が伝わってくる。

2024年に入り、欧州各国の軍部からはロシアによる欧州攻撃の可能性を警告する発言が相次いでいる。ドイツのピストリウス国防相は、ウクライナ戦争がバルトなどに広がる可能性を指摘した。

イギリス軍高官も、現在のウクライナ情勢が第1次世界大戦やナチス・ドイツによる欧州侵攻の前夜に似ていると指摘。イギリス軍の兵力を倍増する必要性に言及した。

しかし、バルト3国やポーランドはウクライナと異なり、NATO加盟国である。NATO条約第5条には、加盟国の1つに対する攻撃は全加盟国への攻撃とみなす、とある。この条項を踏まえ、これまではロシアがアメリカとの直接の開戦を恐れて、バルト3国などを攻撃する事態はありえないとみられていた。

しかし、アメリカの支援を受けたウクライナの反攻をロシアが力で食い止めたことを受け、欧州の認識は大きく変わった。自国の軍事力に自信を持ったプーチン氏がNATO加盟国であるバルト3国でさえも侵攻の対象にするとの懸念が出始めたのだ。

トランプ政権再登場の可能性があるアメリカが、今後バルトが攻撃されても、ロシアとの戦争で自国の安全まで犠牲にする形で本当に守ってくれるのか、確信を持てなくなったからだ。

一方でウクライナにとって、2024年における最大の目標は何か。軍事面ではゼレンスキー政権が、バイデン政権の慎重姿勢をよそに改めて攻勢を掛ける可能性が相当ある。春には地上作戦開始に不可欠だったF16部隊がウクライナに到着する可能性があるからだ。

F16があれば、制空権を獲得し、南部などで地上作戦を開始できるようになる。目立った戦果を示すことで、ウクライナ軍の反攻能力を国際的に示すと同時に、ウクライナへの軍事支援継続に対する支持論を米議会でも高める政治的効果を狙うのではないか。

外交面でゼレンスキー政権の最大の目標は、2024年7月のワシントンでのNATO首脳会議で、ウクライナとの間でNATO加盟交渉に入ることが決まることだ。

ウクライナNATO加盟で米欧で論争も

2023年12月、欧州連合(EU)は、ブリュッセルで開いた首脳会議でウクライナの加盟交渉開始で合意し、EU加盟というウクライナの悲願実現へ道を開いたばかり。キーウとしては、NATOとの間でも加盟交渉開始にこぎつけ、正式な西側のメンバー入りを大きく前進させることを目指している。

このワシントンでの首脳会議で、バルト3国や北欧は交渉入りを支持するとみられる。一方でアメリカは反対すると予想されている。ウクライナへの寄り添い方をめぐり、米欧間で論争が起きる可能性も否定できない。

ロシアと北朝鮮との軍事協力の拡大も大きな懸念要素として急浮上してきている。先述のダボス会議では、侵攻をめぐりウクライナを支援する欧州諸国と、中立的姿勢を保つグローバルサウス(新興・途上国)の国々との間で、本音ベースでの議論も始まった。

このように2024年は単にウクライナ戦争のみならず、欧州安保や国際秩序全体をめぐる分岐点となる1年になりそうだ。2023年は先進7カ国(G7)議長国だった日本も、2国間の安保協定の締結も含め、引き続き積極的に関与しなければならない。

(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)