群馬テレビのマスコットキャラクター「ポチッとくん」。ポチッとくんが県内の幼稚園などを回る番組の放送時間が昨年9月から突如、コストカットの一環で半分に短縮された(記者撮影)

群馬テレビで平日は朝昼晩の3回、週末は夕方に1回放送される「ポチッとくん体操」。同社のマスコットキャラクターである「ポチッとくん」が、県内の幼稚園や保育園をめぐって子どもたちと一緒に踊る番組だ。

もともと10分間の番組だったポチッとくん体操が2023年9月から、突如5分へと短縮された。10分の尺を想定して収録を終えていた園も複数あり、群馬テレビの社員にとっても唐突な方針転換だった。

時間を短縮した目的は、制作費の大幅な削減だ。ポチッとくん体操の番組スポンサーが1社減ったことをきっかけに、外部の会社に委託していた制作についても、同時期から群馬テレビ社員による内製へと切り替えた。

慣れない社内は急な対応に追われ、「本来出ているべきテロップが出ていないなどの細かいミスが日常茶飯事となった」(群馬テレビ労働組合の前島将男委員長)。

解職社長「何でもできる社員が必要だ」

群馬テレビの社長を務めていた武井和夫氏が2023年12月22日に解職された。強引な業務の内製化や頻繁な人事異動、「ニュースなんか1つも流さなくたってよい」などの問題発言が解職に至った要因とされている(詳細はこちら)。人事異動の回数は過去3年間で計25回、延べ122人に及んだ。

武井氏は今年、社長就任10年目を迎えるタイミングだった。長期政権を築いた社長による”暴走”とも思える事案だが、それぞれの政策には本人なりのロジックがあったようだ。

武井氏は東洋経済のインタビューに対し、「すべて会社の業績を上げるためだけにやったこと。外注をしていたら会社に技術が蓄積していかない。(人事異動によって)何でもできるような社員をつくっていくことは、企業が生き残るために必要だ」と強調する(インタビュー全文はこちら)。

コスト削減のための内製化で業務量が増える一方、一時は90人近くいた社員は3年ほどの間に約70人にまで減少していた。人事異動を通じて、限られた社員が複数業務をこなせる体制にすることが狙いだったという。

行き過ぎともいえるこれらの改革を武井氏が急いだ背景には、ローカル局が直面している厳しい経営環境がある。


群馬テレビは直近の2023年3月期の売上高が14億5600万円、営業利益が600万円だった。黒字を維持しているとはいえ、テレビ広告費の縮小で売上高は減少が続き、業績の落ち込みは深刻だ。

労働組合の前島委員長は「コストカットでの利益確保は限界だった。最終的には社内の照明や自動販売機までなくし、戦時中のようだった」と話す。

なお、2022年3月期には一時的に大きく利益が出ているが、これは「放送設備の減価償却費が一時的に減少した」(武井氏)ためだという。

県の広報番組終了が追い打ちに

コロナ禍に加えて打撃となったのが、群馬県の広報番組が2022年3月に終了したことだ。「広報番組からの売り上げは年間1億8000万円程度で、会社にとっては大きなダメージだった」(武井氏)。

群馬テレビは、群馬県が製作するアニメ「ぐんまちゃん」について、2021年12月の第11回の放送を「児童、青少年の射幸心を過度にあおるもの」として見送った。関係者によれば、これをきっかけに県との関係性がこじれたことが、広報番組終了の一因になったという。

業績悪化を受け2023年9月から、1日3つ放送しているニュース番組のうち、2つの番組で時間短縮に踏み切った。結果的に全放送時間は2時間15分から、1時間半に縮小。1日10本放送していたニュースは6本に減らした。

「(金銭で)協力しない市町村は取材に行く必要はない」などの武井氏による問題発言は、この番組改編をめぐる社員や組合とのやりとりの過程で出たとされる。

売上高が急激に減少する中で、報道機関としての機能や存在意義を維持しつつ、いかに生き残るか。こうした葛藤は、群馬テレビ以外のローカル局も同様に抱えている。

あるローカル局の幹部は今回の群馬テレビの騒動について、「外注削減や人事異動の増加は他のローカル局でも同じ傾向。決してひとごとではない」と漏らす。

日本民間放送連盟(民放連)が発表している地上波テレビ局の決算情報によれば、テレビ局全体の売上高はジリジリと縮小傾向にある。ひときわ厳しい状況に立たされているのが、キー局のネットワークに属する系列ローカルテレビ局と、それらのネットワークに属さない独立放送局だ。


テレビ広告費の縮小が進む中、アニメや配信など、放送外収入の拡大に舵を切るキー局・準キー局に対し、ローカル局は新規事業の創出に苦戦していることが一因だ。中にはサーモンや車エビ、ヒラメの養殖事業など、テレビとは関連の薄い事業に手を伸ばす例も出始めている。

ローカル局が直面する深刻な人材流出

人材確保の問題も深刻だ。武井氏の後任として、群馬テレビの新社長に就任した中川伸一郎氏は「放送外で収入を上げていくために優秀な人材が必要だが、むしろ流出してしまっている。業界全体を通じて若い人材の流入が減少し、人材の高齢化が迫ってきている」と話す。

業界関係者によれば、群馬テレビのように、コスト削減策の一環として新卒の定期採用をやめ、人が足りなくなった部署でその都度募集をかけるという、「場当たり的な人事」をしているローカル局は珍しくないようだ。

「ほとんどのテレビ局員はバラエティ番組の制作をしたくて入社してくる。ただ、入社して2〜3年が経つと新規事業に異動させられるケースも少なくない」(前出のローカル局幹部)

会社にとって新規事業の創出は死活問題だが、そうした経営の方向性と社員の意識に乖離が生まれれば、優秀な人材の流出にもつながりかねない。

昨今は配信サービスの普及によって、テレビ局の存在意義そのものが問われる状況にまで来ている。群馬テレビでの広報番組を終了した群馬県は、2020年に県独自で庁舎に放送スタジオを開設し、YouTubeチャンネルの運営を開始している。


急激なコスト削減などを進めた社長を解職した群馬テレビ。群馬銀行出身者が歴代社長を務めてきたが、このほど初めて生え抜き社長が誕生した(記者撮影)

群馬テレビの中川新社長は「自分の言いたいことを自ら発信するオウンドメディアと、マスコミとしてのフィルターをかけたテレビの役割は違う。テレビにしかできないことを追求していきたい。ただし、かつてのテレビ局がそのままの状態で続けていたら、時代に取り残されるという危機感はある」と語る。

社内環境を正常に戻すことが先決だが…

前述の通り、群馬テレビの直近の売上高は5年前比で2割減の14.5億円にまで縮小している。16億円の売上高に戻すことが会社としての目標だという。

前社長の下での急激な改革により、今は新規事業を見いだせるような社内環境にはないといい、「まずは、かつてできていた仕事を正常な形に戻していく」(中川新社長)。その先で、既存の放送設備を活用した新規事業やイベント事業など、放送外の領域の拡大を目指す考えだ。

群馬テレビの一連の騒動は、ローカルテレビ局が直面している窮状が顕在化した一例といえる。業界全体がコスト削減と新規事業創出という共通の課題を抱える中、生き残りを懸けた戦いが続いている。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)