クルマでは電動のパーキングブレーキが普及しつつありますが、さらに、フットブレーキの電動化も実現に近づいています。ペダルとブレーキを機械的に連結させない「電動ディスクブレーキ」は、乗り心地に驚異的な変化をもたらしそうです。

パーキングブレーキは電動化 その“次”は?

 自動車の世界では「電動パーキングブレーキ」の普及が進み、今や軽自動車で採用する車種も増えてきました。さらに “フットブレーキ”の電動化も、実現に近づいているようです。


自動車ディスクブレーキのイメージ(画像:写真AC)。

 2023年秋の「ジャパンモビリティショー(JMS)2023」。自動車部品大手アイシンのブースでは、eAxle、熱マネジメントシステム、アルミ電池骨格、ギガキャスト、回生協調ブレーキ、空力デバイスなど、自動車の電動化に欠かせない多くの製品が披露されていました。その中で特に興味深かった出展が、次世代ブレーキとして注目されている「電動ディスクブレーキ」です。

 開発を担当したのは、アイシングループの一つ「アドヴィックス」。同社は2001年、アイシン精機およびデンソー、住友電気工業、トヨタ自動車のブレーキ部門を統合して設立された日本有数のブレーキシステムメーカーです。そのアドヴィックスが電動ディスクブレーキの開発を進めているのは、本格的な自動運転や電動化時代の到来を見据えてのことです。

 電動ディスクブレーキは、これまで油圧によって実現していたブレーキの機構を“電動直動式”にするというもの。具体的には、ブレーキペダルの作動状況を電気信号に変換し、その情報をECU(クルマのコンピューター)が判断して電動アクチュエータを動作させ、ブレーキ力をコントロールします。

 従来は、ペダルを踏む力を油圧によって増幅させ、それによって強力なブレーキ力を得えるなどしていましたが、そうしたペダルとブレーキの機械的な連結が不要になり、全て電気信号に替えられます。たとえばハンドル操作が電気信号化されたシステムを「ステア・バイ・ワイヤ」といいますが、電動ディスクブレーキはいわば、「ブレーキ・バイ・ワイヤ」となるブレーキシステムです

ブレーキシステムも“随時アップデート”へ

 そのメリットとしては、ブレーキ配管やエンジンルーム内の油圧装置をなくすことができるため、設計の自由度が上がるだけでなく、衝突安全性能の向上につながることが挙げられます。特に走行状況に応じたブレーキの制御がきめ細かく行えるため、応答性の向上による車両安定性向上や引き摺り低減、NVH(ノイズ=騒音、ヴァイブレーション=細かな振動、ハーシュネス=凹凸通過時の振動や衝撃音)特性の向上が可能となるメリットは大きいと言えます。要は、乗り心地が大きく向上するというわけです。

 そもそもブレーキの主たる機能は車両を安全に停止させることです。その安定化のために普及が進んだ横滑り防止装置(ESC)は、曲がる際にも自動的にブレーキ制御を加え、車体を制御して安定した走行をもたらしています。ブレーキの役割は、もはやクルマを停止させるだけではなくなっており、車両全体の統合制御へと進化しつつあります。

 ブレーキシステムの電動化は、応答性の向上でそうした制御をより細かくできる点にありますが、もう一つ、メリットとして忘れていけないのが、OTA(Ove the Air)への対応です。


JMS2023のアイシンブース(会田 肇撮影)。

 OTAとは、無線通信を経由してデータを送受信することでソフトウェアの更新を行う仕組みで、これまでもOTAは様々な機能のアップデートに貢献してきました。これがブレーキ制御においても可能となるのです。特に完全な自動運転が実現された場合、乗員は基本的に運転することがなくなるわけですから、こうしたアップデートは極めて重要になってきます。

 一方、ブレーキの電動化によるリスクとして考えられるのは、電気システムがダウンした際の対応です。ブレーキの最大の役割はどんなときでも車両を安全に停止させることにあります。油圧で機械的に制御する現在のブレーキは、電気系統にトラブルが発生してもその機能は問題なく作動させることができますが、この対応が可能となって、初めて電動ディスクブレーキは実用化の道が開けると言っていいでしょう。

「油圧レスで完全電動化」リスクあっても求められる理由

 そこで、まずは電気系統のダウンを回避する方策として、油圧系と電気系のシステムを組み合わせて冗長化することが考えられます。そうした取り組みはすでに始まっており、イタリアのディスクブレーキメーカーであるブレンボは、ペダルからキャリパーの近くまで電気信号でその情報を伝送し、キャリパー近くに配置した電動ポンプで電気信号を元にブレーキを油圧で動作させています。こうした技術は他のブレーキメーカーも実現に目途をつけているようです。

 ただ、油圧系をまったく持たないブレーキの電動化も、自動運転や脱炭素社会に向けた技術として要求が高まっているのも確かです。完全な電動化を実現できれば、ブレーキフルード(ブレーキオイル)を廃止することができ、車両メンテナンスの負荷低減はもちろん、環境負荷の低減にもつながるからです。

 この状況を踏まえれば、実現はもう少し先になりそうですが、ディスクブレーキの電動化は近い将来、必ず訪れるとみて間違いないと思います。


アイシングループの「アドヴィックス」が開発を進めている、ブレーキオイルを使わない電動ディスクブレーキの試作機(画像:アイシン)。

 では、実用化はいつ頃になるのでしょうか。アドヴィックス経営企画部長の井上 満さんは、その時期について明確には答えられないとしながらも、次のように話します。

「クルマ全体が電動化していく流れの中で、それに応じた部品の調達もしやすくなっていくと思います。今はまだ(電動ディスクブレーキは)試作レベルにあり、まずは価格を(自動車メーカーに)買っていただけるレベルにしなければなりません。流れとしては2030年代に後輪から採用していき、最終的には四輪での採用を目指していく計画です」