ビッグモーターは11月30日に保険代理店としての登録を取り消された(撮影:風間仁一郎)

事故車修理に伴う保険金不正請求問題をめぐり、11月30日に損害保険代理店としての登録を取り消された中古車販売大手ビッグモーター。

自動車を故意に傷つける器物損壊、整備記録の虚偽記載、保険契約の捏造など法令違反の限りを尽くしておきながら、金融庁が11月21日に実施した行政処分前の聴聞を欠席するなど、「ならず者」企業としての立ち居振る舞いは相変わらずの状態だ。

最終報告書で明らかにすべき疑問点

ビッグモーターは今夏まで、取締役会をまともに開かない、コンプライアンス(法令順守)担当の役員がいないなど、企業として体をなしていない状況だったが、その経営者を信じ込み、不正請求の片棒を担いでしまったのが損害保険ジャパンだ。

損保ジャパンの持ち株会社、SOMPOホールディングスの会長兼CEOである櫻田謙悟氏は今年4月まで、経済同友会の代表幹事を務めていた。まさに日本を代表する金融機関でありながら、ビッグモーターと同様にコンプラ意識が決定的に欠如した意思決定を繰り返したのは何故なのか。

10月10日に損保ジャパンが公表した「社外調査委員会による中間報告書」では、ビッグモーターに事故車の入庫紹介を再開するまでの内部のやり取りが詳細に記されている。その一方で、報告書にはさまざまな矛盾や伏せられている事実が多分にあり、問題の真因はなかなか見えてこない。

年内をメドに調査委がまとめる最終報告書と損保ジャパンが開く記者会見に向けて、明らかにすべき疑問点とは何か。今回の事案を振り返りながら、改めて整理していこう。

時計の針を昨年7月6日の午前11時に戻す。このとき損保ジャパンの社内では、白川儀一社長をはじめ総勢9人の役員および部長が非公式のミーティングを開いていた。議題は、5日後の7月11日に来訪するビッグモーターの兼重宏行社長(当時、以下同)への対応だった。

入庫再開の流れをつくった冒頭発言

しかし、議論は兼重社長への対応方針よりも、ビッグモーターへの入庫再開に流れていった。損保ジャパンは全国的な保険金不正請求の疑いを強め、ビッグモーターの24工場に対して事故車を紹介(入庫)することを6月15日から停止していた。

入庫再開の流れをつくったのは、首都圏営業担当としてビッグモーターとの窓口になっていた中村茂樹専務(現在は監査役)の発言だ。

ミーティングの冒頭、中村氏は「(ライバル社である三井住友海上火災保険がビッグモーターに対し)これ以上(不正請求調査の)深堀りはしないなど甘いささやきをしている。三井住友海上があいおい(ニッセイ同和損保)と連携していることは間違いない」と切り出している。

三井住友海上が同じMS&ADグループのあいおいを受け皿にして、ビッグモーターの保険代理店から割り振られる自賠責契約を奪おうとしていると説明し、役員たちの危機感をあおったわけだ。

任意保険を含めて、120億円に上る売り上げ(収入保険料)が急減することへの危機感と焦燥感を覚えた白川社長が、入庫再開をミーティングの場で提案することにつながっていった。

ただ、中村氏による三井住友海上の「抜け駆け説」は、かなり無理筋な話だ。当時の経緯を詳細にたどると、白川社長を入庫再開に誘導するために発言したのではないかと疑われるような動きが実は散見される。

7月6日の関係役員ミーティングから、さかのぼること約2週間前。損保ジャパンの営業担当者は、ビッグモーターの板金部門を統括する取締役と板金部長から、不正請求問題について「早期の幕引きを希望している損保会社がある」と聞かされる。

ビッグモーター板金部長が損保ジャパンに激怒

さらに、損保ジャパンの関係者によると、6月28日にあったビッグモーター板金部長と損保ジャパンなどからの出向者の宴席で、板金部長から「今後はあいおいを中心に自賠責を割り振っていく方針だ」という趣旨の発言があったという。その発言はすぐさま損保ジャパン社内に連携され、三井住友海上とあいおいが結託して自賠責契約を奪いにきているのではという懸念が一気に強まっていった。

翌6月29日、ビッグモーターの板金部長と損保ジャパン、三井住友海上、東京海上日動火災保険の3社の保険金サービス部門による協議の場で、損保ジャパンの担当者はその懸念をさらに強めることになる。

不正請求問題を調査する第三者委員会の設置について、板金部長が「調査が長期化するのであれば、第三者委の設置は回避したいと兼重社長が言っている」と話すと、三井住友海上と東京海上の2社が「(不正請求問題を調査する)第三者委員会を設置すれば、事態の早期終結につながるのでは」と応じたのだ。

三井住友海上と東京海上の担当者は、ひとたび第三者委を設置すれば、調査範囲が拡大し長期化することは十分に理解しながらも、設置案を何とかビッグモーターにのませるために「早期終結につながる」と発言したとみられる。

板金部長が第三者委の設置になおも渋り続ける中で、損保ジャパンの担当者はしびれを切らすように「そもそも調査が長期化してしまうほど、何年も前から不正が起きているということなのか」と問いかけた。

すると、痛いところを突かれた板金部長が「2社とせっかく建設的な対話をしているのに、損保ジャパンだけは何年もさかのぼって調査しろと言うのか。二度と顔をみせるな」と激怒し、その場を追い出されてしまった。

不用意な発言だったが、損保ジャパンの担当者は突然激怒され追い出されたことで、三井住友海上はやはりビッグモーターと裏で握っているという疑いをさらに強めることになった。損保ジャパンの中間報告書にもその経緯は簡潔に書かれており、それが7月6日の役員ミーティングにおける中村氏の冒頭発言につながっていったと整理されている。

中間報告書には抜け落ちている事実

ところが、中間報告書には実は抜け落ちている事実がある。それは同協議のあと、すぐに損保ジャパンが三井住友海上に対し、「抜け駆け説」や「あいおいとの結託説」が浮上しているが本当かと、二度にわたって直接問いただしているという事実だ。

疑いをかけられ面食らった三井住友海上の担当者は、役員を通じてあいおいに照会をかけたところ、あいおいも6月28日に入庫紹介を停止することを、ビッグモーター板金部長らに直接通知していたことを確認。そのことを損保ジャパンの担当者にも回答して、嫌疑は晴れたはずだった。

そもそも、MS&ADという同じグループでありながら、あいおいの入庫停止の動きについて照会をかけるまで三井住友海上が知らなかったというのは理解しがたい話だが、この2社の微妙な距離感については、損保業界の人間であれば、誰しもが知っていることだ。

そうした両社の間柄を理解し、「結託しているとは考えにくい」と思ったからこそ、念押しの確認のために損保ジャパンの担当者は三井住友海上に問いただしたのだろう。もし本気で怪しんでいたのであれば、東京海上の担当者と連携して、三井住友海上を問い詰めれば良かったはずだが、そのような形跡は見当たらない。

損保ジャパンの中間報告書に記載はないものの、あいおいが入庫紹介の停止をビッグモーターに通知したことや、三井住友海上が抜け駆け説を真っ向から否定する回答をしてきたことは、中村氏にも当然ながら報告されている。

兼重氏が持参した「お土産」

にもかかわらず、中村氏が三井住友海上の抜け駆け説を役員ミーティングで唱えてみせたのはなぜか。単純に、中村氏の心中では嫌疑が晴れていなかったということなのかもしれないが、考えられる別のシナリオは、兼重氏に対して入庫再開の方針を役員ミーティングより前に、それとなく伝えてしまっていたということだ。

それを裏付けるかのように、兼重氏は昨年7月11日の中村氏との面談目的について「入庫再開のお礼」と記者会見で述べている(後にホームページで発言を修正)。またその面談時に兼重氏は、その後に出店を予定している2店舗について損保ジャパンのテリトリー(担当)とする「お土産」まで持参していた。

とっさの判断で差し出せるような類の「お土産」ではない。前もって入庫再開の方針を損保ジャパンから伝えられていたからこそ、兼重氏がほかの役員と相談したうえで準備し、持参したとみるのが自然だ。

もしそうであれば、中村氏としては役員ミーティングの場で入庫再開の流れを何としてもつくる必要があり、無理筋な抜け駆け説を唱えて白川社長をうまく入庫再開へ誘導したのではないだろうか。

裏付ける材料はほかにもある。

入庫再開を決めた役員ミーティングの最終盤、白川社長はある指示を出している。それは、ミーティングの2カ月前にあった損保3社の社長による会合で「三井住友海上の舩曵(真一郎)社長から『ビッグモーターは付き合うレベルの会社ではない』と物凄い剣幕で迫られた。ビッグモーターの自主調査報告書を現時点でどう捉えているのか、確認してほしい」という指示だ。

社長の指示をスルーした役員たち

白川社長としては、激しい剣幕で迫ってきた舩曵社長の言動が演技だったとは、とても思えなかったのだろう。その真意を聞いてみてほしいと中村氏らに指示したが、役員の中でその指示に忠実に応えた人物は一人もいなかった。もし確認すれば、抜け駆け説があえなく否定され、入庫再開が取り消しになってしまうからだろう。

経営企画畑を主に歩み、一時は社長候補にも挙げられた中村氏は、自らの発言が会議の場でどのような作用を及ぼすか、よく理解していたはずだ。特に入社年次が8年下の白川氏への影響については、容易に想像がついたのではないだろうか。

損保ジャパンが4万5000店超の代理店と取引する中で、収入保険料がトップ20に入る超大型代理店で起きた不正請求問題について、白川氏が初めて認識したのは、5月の3社長会合で三井住友海上の社長から対応方針を尋ねられたときだという。

白川氏は初耳だったため、ビッグモーターへの対応方針についてまともに答えられず、その屈辱感は相当に大きかったとみられる。その証拠に、会合が終わった後、すぐさま中村氏らに電話をかけ、ビッグモーター問題の概要について説明を求め、翌日には詳細を報告させている。

ビッグモーター問題を自らの手で収束させようとしていた中村氏にとって、あえて何も報告せず蚊帳の外に置いていた白川社長が、個々の対応方針の意思決定に入り込み、それまで及び腰だった入庫停止などに一気に踏み込み始めたことで、焦りを覚えたのかもしれない。

入庫停止→ビッグモーターによる自賠責の割り振り停止→売り上げ急減、というシナリオが現実味を増す中で、減収の責任を背負わされかねない中村氏は「いち早く入庫再開し、失地回復するタイミングを図っていたのではないか」(大手損保幹部)と見る関係者は多い。

一方で入庫停止した昨年6月以降、他社による抜け駆け説が出回りはじめると、白川社長の姿勢が急激に軟化し始める。同6月27日には「兼重社長のコメントを信じるとしての、DRS(入庫紹介)解禁日の検討をよろしくお願いします」というメールを関係役員らに送信しているのだ。

もし中村氏が早い段階での入庫再開を狙っていたのであれば、そのメールを見て内心では小躍りしたくなっただろう。抜け駆け説を唱え、ライバル社に契約がシフトするかもしれないという危機感をあおれば、白川氏が反応して入庫再開を切り出すかもしれないという道筋が、そのメールによって見えるからだ。

中間報告書では明確にされていないものの、そうして損保ジャパンの中で入庫再開までの流れが形成されていった可能性がある。

愕然とする経営陣のコンプラ意識

何より愕然とするのは、入庫再開をめぐる一連の経緯の中に、白川社長をはじめとする経営陣や現場の担当者に、被害を受けた顧客の目線やコンプラ意識がほとんど感じられないことだ。


ビッグモーター問題を通じて、被害者や顧客を軽視した運営をしていたことが浮き彫りになった損保ジャパン(記者撮影)

「改めてヒアリングしても(組織的な関与という)自認はとれない」「これ以上過去の話を掘り返す必要があるのか疑問だ」。7月6日の役員ミーティングでは、飯豊聡副社長など複数からそうした趣旨の発言が飛び出し、ビッグモーターへの追加調査は不要との意見が出ている。

ビッグモーター従業員のヒアリングシートが、組織的な指示はないと改ざんされ、その改ざんに損保ジャパンの出向者が関与していることが情報として共有されているにもかかわらずだ。

背任罪にもつながる法的なリスクを鑑みることもなく、「未来志向」などと言って入庫再開にばかり目を向けようとしたことに、調査委は「それが損保会社のレピュテーションをいかに低下させるおそれのある高リスクの判断であるか、という認識ないし想像力が決定的に乏しかったと言わざるを得ない」と厳しく指摘している。

また、昨年7月14日に損保3社の実務者協議が開かれた際、損保ジャパンの担当者は、改ざんされたヒアリングシートの信憑性を東京海上などから問われると、「本人が署名しているため、信憑性があると判断した」と言い、被害を受けた顧客への説明は「案内はしない。そのための理屈は今後考える」などと豪語している。

入庫再開を決めた役員ミーティングの後に開かれた実務者協議であり、損保ジャパンの担当者が暴走していたわけでは決してない。中村氏らと説明内容を入念に相談したうえでの発言とみられる。

損保ジャパンという会社が、金融機関とは到底思えないような「粗雑な」(調査委)意思決定を繰り返し、被害者や契約者を普段からいかに軽視した運営をしていたのかが、このことからもよくわかる。

白川社長だけでなく、極めて不適切な経営判断を繰り返し、不正請求の隠蔽に加担した役員、社員の責任は重大で、役員であれば引責辞任は必至の情勢だ。

櫻田会長の引責辞任は避けられない

また、損保ジャパンの取締役も務めながら、9月8日の記者会見で自らの責任をはぐらかし続けたSOMPOホールディングスの櫻田会長と、自らの秘書役を務めた白川氏に社長のバトンを渡した損保ジャパンの西澤敬二会長についても、引責辞任は避けられない。

ビッグモーターの不正請求問題について、東京海上や三井住友海上は昨年3月から4月にかけてトップに詳細を報告している。一方で、昨年3月まで社長を務めていた西澤氏には、「一切報告していない」(損保ジャパン幹部)という。

ヒアリングシートの改ざんについても、櫻田氏が知ったのは今年7月の取締役会だといい、櫻田体制においてはバッドニュースがまともに共有されず、企業統治や内部管理の機能不全は火を見るより明らかだ。もし櫻田氏が引責辞任を執拗に避け、CEO職のみを外し会長兼取締役会議長として残るようなことになれば、損保ジャパンの組織は持たないはずだ。

「第二、第三の櫻田、西澤をつくらないよう、持ち株(会社)も(損保)ジャパンも経営陣を刷新する必要がある」。そうした声は今、櫻田氏をよく知るOBや現役の役員からも上がり始めている。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)