折り畳み可能なタイプのスマホなど、ハイエンド機種も取りそろえるモトローラ(記者撮影)

「日本メーカーへのこだわりがないなら、今はアンドロイドのスマートフォンの中だと、『グーグルピクセル』がいちばん人気ですよ」。都内の大手家電量販店のスマートフォン売り場で、従業員はそう力を込めた。

実際、各通信キャリアの陳列棚でいちばんスペースが割かれていたのは、アメリカのグーグルが手がけるグーグルピクセル。通信会社を自由に選べるSIMフリー端末のコーナーでは、中国メーカーの「OPPO(オッポ)」が目立っていた。日本メーカーの存在感は総じて薄い。

一方、ソフトバンクのサブブランドであるワイモバイルのコーナーで存在感を放っていたのが、「Motorola」のスマホだ。開発・販売するモトローラ・モビリティ・ジャパンは、1928年に生まれたアメリカ企業のモトローラを祖とするが、現在は中国のパソコン大手・レノボの傘下にある。

2020年が転機だった

いまや生活に欠かせない存在のスマホ。その市場で日本のメーカーが撤退など厳しい状況に置かれている反面、アップルの「iPhone」に限らず、海外メーカーが勢いを強めている。

その中で、日本市場を重要視する姿勢をどんどん強めているのが、モトローラ・モビリティ・ジャパンだ(以下モトローラブランドや社名をすべて「モトローラ」と表記)。

「転機は2020年だった」。そう振り返るのは、モトローラの松原丈太社長だ。松原社長は日本電信電話(NTT)など通信業界の企業を渡り歩き、2020年7月に社長に就任した。

モトローラは日本でのスマホ販売台数を公表していないが、「2020年当時はびっくりするくらい小さな数字だった」(松原社長)。それが毎年約3割のペースで伸びているという。

とはいえ、市場シェアはまだまだ小さい。実際、日本市場ではiPhoneを出すアップルが圧倒的な強さを誇る。IDC Japanの調べによると2022年の出荷台数で約半分のシェアをアップルが握っていた。

「AQUOS」のシャープ、「arrows」「らくらくスマートフォン」のFCNT(旧富士通の携帯事業)、「Xperia」のソニーという日本の3ブランド、さらに「Galaxy」の韓国サムスン電子を合わせた上位5社でみると、シェアの9割を占める。2023年はここにグーグルが食い込んでくる。


だが海外市場になると、モトローラの立ち位置は違ってくる。ラテンアメリカではサムスン電子に次いでシェア2位、北米ではサムスン電子、アップルに次いで3位と高いシェアを誇る。

一時期はスマホ事業に苦戦していたモトローラ。だが、2014年にレノボがグーグルから同社を買収し経営陣が変わると、米州での存在感を高めてきた。そして2020年に「次なる重点地域」と定めたのがアジア太平洋地域、中でも日本、オーストラリア、インドの国々だった。

世界市場に向けたショーケース

インドのように量を確保できる巨大市場ではないにもかかわらず、日本に注力すると決めたのはなぜか。

「品質やサービスへの期待度が高い日本で成功すれば、どこの国でも成功できる」(松原社長)。つまり日本には、世界市場に向けたショーケースとしての役割が与えられたわけだ。

また、日本には一度好きになったブランドへの忠誠心が高い人も多いという。インドでは、機種の仕様を細かく比較されて、似た製品なら少しでも安いブランドが選ばれがちだと、松原社長は話す。

重点国として定められる2020年以前の日本市場は、モトローラから重視されていなかった。SIMフリー端末を中心に、2万〜4万円の低価格品をボリュームゾーンとして、年3〜4機種程度を細々と出していたにすぎなかった。

だが日本市場への注力を決めた後は、発売機種の数を増やしている。2020年7機種、2021年9機種、2022年5機種、そして2023年は現時点で5機種を出している。

価格帯も広げている。最先端スマホも発売するブランドだと認識してもらうのが狙いだ。従来は法人需要など値段の安さを重視した層へ2万円程度の製品を多く発売していた。今年8月に発売した折り畳み可能なスマホは、公式オンラインストアで15万5800円(税込み)と高価格だ。

Galaxyなどからも折り畳みスマホは発売されているが、折り畳んだ状態でPayPayでの支払いができるなど、「モトローラのアドバンテージがある」と松原社長は胸を張る。

日本市場で徐々に存在感が増す中で、モトローラのグローバル本社にとっての日本の立ち位置も変わりつつある。

日本は「投資をすれば伸びる国」

2022年に発売した製品はその一例だ。海外向けのスマホをそのまま日本に持ってくるのではなく、日本向けにカスタマイズし、非接触ICカード技術のフェリカや「IP68」レベルの防水性能を搭載した。

「売り上げが伸びてきたこともあり、日本は投資をすれば伸びる国だと理解されるようになった。今では開発の上流から日本の意見を聞かれるようになっており、今後はグローバル製品に日本市場の要望が搭載されるようになる」(松原社長)


モトローラ・モビリティ・ジャパンの松原社長は、「通信キャリアの戦略を理解して、必要とされる製品をタイムリーに出していく」と語る。消費者からの支持獲得と通信キャリアとの関係構築の両面に注力する構えだ(記者撮影)

モトローラの日本におけるスマホ事業は、売り上げでの成長を重視する段階。大きな利益は生んでいないと見られるが、赤字ではない。

その一因として、日本以外の市場で一定シェアを確保していることが挙げられる。

モトローラでは、全世界向けに出した製品を、大きな費用をかけずに地域に合わせてカスタマイズしている。そのため日本の現地法人でかかる費用が少なく、採算を下支えしている。

世界市場で一定の存在感を得ていることが、モトローラが日本市場でスマホに注力できる理由となっている。裏返しとして日本のスマホメーカーが最近続々と撤退している理由ともいえそうだ。

モトローラをめぐっては見逃せない動きがもう1つある。日本でシェア3位のFCNTの動向だ。

信用調査会社の東京商工リサーチによると、FCNTの一部事業がモトローラを傘下に持つレノボに譲渡される予定。FCNTとその関連会社2社は今年5月、保証債務を含めて計1700億円超もの負債を抱えて破綻した。8月22日付で、携帯端末の開発・販売・修理など主要事業の譲渡契約をレノボと締結したという。

今後、arrowsやらくらくスマートフォンはどうなるのか。モトローラと、どのように製品をすみ分けるのか。グーグルに次いでアップル一強に挑む新たな勢力になるかもしれない。

(遠山 綾乃 : 東洋経済 記者)