現在、セ・リーグ首位を快調に走る阪神。連勝こそ「10」で止まったものの、8月16日の広島戦に勝利してついに優勝マジック「29」が点灯した。もはや"アレ"は当確だろうか。はたして、今シーズンの阪神の強さはどこにあるのか。名コーチとして名を馳せた野球解説者の伊勢孝夫氏に解説してもらった。


セ・リーグ首位をひた走る阪神・岡田彰布監督

【独特の野球センス】

 私が「今年の阪神は間違いなく優勝する」と実感したのは、8月1日、バンテリンドームでの中日戦の継投を見た時だ。

 場面は7回裏、岡田彰布監督は先発の西純矢をそのままマウンドに送った。6回まででかなりへばっていたので、「もう1イニング投げさせるのか?」と思いながら見ていたら、中日は9番・田島慎二のところで左の三好大倫を代打で送った。すると岡田監督はそれを待っていたかのように、左腕の桐敷拓馬にスイッチした。

 岡田監督は最初から西の交代を決めていたのだろう。だからといって、桐敷をすぐに出すのではなく、西を一度マウンドへ送り出してから、代打が告げられたところで交代した。

 桐敷はベンチの期待に応え、三好を三塁ゴロに打ちとると、8回までの2イニングをきっちり抑えた。

 ちなみに7回裏の中日の攻撃が始まるまでのスコアは9対2で阪神が大量リードしていた。僅差での展開ならともかく、大差でこうした細かな選手起用をすることに、岡田監督の独特の野球センスを感じた。

 岡田野球の特徴は、選手に合わせた戦い方をしている点だ。要するに、自分の野球スタイルがあって、そこに選手をはめ込んでいくというよりは、選手の状況を見ながらチームづくりをし、作戦を立てていく。

 今季はショートだった中野拓夢をセカンドにコンバートし、大山悠輔を一塁に、佐藤輝明を三塁に固定したが、ここにも信念が感じられる。「スタメン、ポジションは決めたらいじらない」という考えだ。選手にはプライドもあれば、プレー中のリズムもある。実際、サードの佐藤は何度もファインプレーを披露しているが、ポジションを固定したことでリズムが生まれたからだろう。

 打順にしてもそうだ。シーズン当初から、1番・近本光司、2番・中野、4番・大山、8番・木浪聖也はほぼ不動だ。なかでも、一時はチームトップクラスの打率を残していた木浪だが、並の監督なら打順を上げたくなるところだろう。でも岡田監督は8番にこだわった。

 その理由は、8番が出塁することによって、上位へと打線がつながる。そこを重要視しているからだ。つまり、単純にひとりの打者の好不調で打順を考えるのではなく、打線全体の流れを考える。

【先を読む岡田采配】

 また、岡田監督らしいなと思ったのは、「負けてもいい試合」を見極めていることだろう。たとえば点差が開いた場合は、何がなんでも1勝にこだわらない。そういう時は投手をしっかり休ませ、次戦に備える。

 そういえば岡田監督は将棋を好み、腕前も相当のものらしい。私はやらないのだが、ヤクルトのコーチ時代に将棋好きの古田敦也がいたからよくわかるのだが、将棋をする野球選手に共通しているのは、数手先を読み、目の前の一手を決める。そうした駒の運びを、野球に応用しているということだ。捕手なら投手のリード、監督なら選手起用を含めた采配に反映している。

 試合の展開を読むことは、将棋を指さない監督でもやっていることだが、岡田監督は手数の多さとバリエーションの豊富さが人並外れている。たとえば、試合の流れを重要視すれば、7、8回まで平気で先発投手を引っ張り、どうしても得点がほしい場面では植田海、島田海吏、熊谷敬宥といった俊足を代走に出し、ここがヤマ場と感じたら中盤であっても代打の切り札を使う。それぞれの特性を生かし、効果的に起用している。

 作戦にしても、奇をてらうことなく、堅実な野球に徹している。だから大きな破綻がない。そのぶん、思わぬ大量点になりづらいという傾向はあるが、岡田監督としては確実に1点を積み重ね、投手陣で逃げきるという野球に徹しているのだろう。

 一般的に、優勝のための最終ハードルは残り20試合くらいと言われている。選手も意識し、そして疲労から足踏みしてしまう時期だ。そこをどう乗りきるか。しかもここにきて、梅野隆太郎が死球により骨折し戦線離脱した。これは岡田監督にとっても想定外だったろう。

 以前、ある関係者から聞いた話だが、岡田監督は試合の2回か3回くらいで、もう終盤の勝負どころをどう対処するか考えていたという。そんな監督なら、梅野のリタイヤも含め、9月、10月の戦いを考えていないはずがない。