メンタル疾患のせいで大手企業を退職したジュンヤさん。収入は半減したうえに、現在利用している就労継続支援A型事業所では定刻前に退勤させられる「早帰り」が常態化しているという(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

事業所側の都合で「早帰り」

「午後の仕事はないので、もう帰ってもらって結構です」

駐車場の草むしりを終えて事業所に戻ったところで、職員からこう言われた。9時半から働き始め、まだ2時間もたっていない。噴き出す汗や痛む腰以上にジュンヤさん(仮名、56歳)の心をざわつかせたのは、お金のことだった。

「ああ……。また給料が減ってしまう」

ジュンヤさんの勤務先は千葉県にある就労継続支援A型事業所。駐車場清掃や倉庫内での野菜・果物の選別のほか、部品組み立てや商品の袋詰め、シール張りといった軽作業など、仕事は日によって違う。時給は最低賃金と同額の984円。

ジュンヤさんによると、一番の問題は事業所側の都合で「早帰り」させられる日が少なくないことだという。当初の求人票には就業時間は「9:30〜14:30 1日4時間」とあった。しかし、約束どおり働けるのは出勤日の3分の2ほど。残りは仕事がないなどの理由で定刻前に退勤させられる。ひどいときは1時間、同僚の中には30分で帰らされた人もいた。そのせいで、残業があれば10万円くらいにはなるかと期待した月収は7万円に届かない。

「シフト表もなく、帰るときに『今日は2.75時間ね』『今日は3.5時間ね』と一方的に言われるだけです。休業手当が出るならまだ仕方ないと思えますが、それもありません」

中でも納得できないのは、ノルマが達成できないという理由で早帰りさせられたことだ。その日の仕事は菓子や贈答品用の箱を組み立てる「箱折り」といわれる作業。職員から数値目標を課され、「午後も働きたければノルマを達成するように」と指示された。結果、ノルマをこなせなかったジュンヤさんを含む数人が午前中で退勤させられたという。

就労継続支援A型事業とは?

ここで就労継続支援A型事業(A型事業)について説明しよう。A型事業とは障害や難病のある人が雇用契約を結んだうえで、職員によるサポートを受けながら働くことができる福祉サービスのこと。一般企業での勤務が難しい人が就労スキルを身に付けるために利用する。つまりジュンヤさんは労働者であると同時に、福祉サービスの利用者でもある。

これとは別に、雇用契約を結ぶことが難しい人を対象にした就労継続支援B型事業というサービスもある。いずれも、事業所の売り上げは「利用者の労働による収益」と「サービス提供に対して市町村などから支払われる報酬」の2種類。報酬には基本報酬に加え、利用者のキャリアアップや一般企業への就労などについて一定の要件を満たした場合に付くさまざまな加算もある。ジュンヤさんの事業所では1人当たり毎月25万円以上の報酬が行政から支払われているケースもあるという。

ノルマの話に戻すと、ジュンヤさんの事業所は福祉サービスの利用者にノルマを課したことになる。言語道断というしかないだろう。そもそもノルマ未達成を理由とした給与減額は一般企業でも違法である。

一般的にこうした事業所では障害や病気の特性などにより、利用者の作業効率や得手不得手の個人差は大きい。行政からの報酬はそれらに応じた環境を整備し、専門の職員を配置するためのものだ。では、ジュンヤさんはなにかしらの配慮を受けたことがあるのだろうか。

それまで口数が少なく、言葉を探すようにゆゆっくりと話していたジュンヤさんだったが、この質問に対しては「ないですね」と即答した。

「(箱折りなど)手先を使った仕事はもともと得意ではありません。ノルマは、正確な個数は覚えていないのですが、どうあがいても私には無理な数でした。だったら私にできるような仕事をさせてくれるとか、あるいはできるように教えてくれるとかすればいいのですが、そういったフォローやサポートは一切ありません」

ジュンヤさんは箱折りがうまくできないという理由でしばらくの間、1人だけ事務所のゴミ捨てや窓ふきをさせられた。「孤独でした。罰を与えられていると感じました」と振り返る。

このほかにも、求人内容が実態と違う、仕事内容を当日の朝に指示される、職員による暴言など問題を上げるとキリがないという。

「求人票に『パソコン操作』とあったので応募したのに、アンケートの入力内容をチェックする仕事が一度あっただけ。実際は単純作業や施設外での仕事ばかりです。駐車場清掃のときは暑さ対策をしたいし、倉庫内は10度以下とかなり寒いので作業用の防寒着や汚れてもいい服を用意したいのに、その日の朝まで仕事内容がわからないので、何も準備できないんです」

ミスの多い利用者に対して職員が「ちゃんと話を聞いてるのか」「真面目にやれ」といった乱暴な言葉を使っているのを聞いたこともあるという。

納得しがたい「労基署の対応」

今年に入り、同じ不満を持つ同僚数人と労働基準監督署に申告をした。ジュンヤさんたちは何より給与に直結する早帰りをなくしてほしいと考え、そのためには実態を裏付けるシフト表が必要だと訴えた。しかし、申告を受けて監査に入った労基署側からは「事業所はシフト表は廃棄したと言っている。シフト表がなければ早帰りの有無は確認できない」という旨の説明をされた。

ジュンヤさんたちは、もともとシフト表は作成されていないと食い下がったが、労基署側の回答は「シフト表がないことはただちに違法とはいえない」。それ以上のことは上部組織に当たる千葉労働局に相談するようにと言われたので足を運んでみたものの、ここでも「労基署に指導できることはない」と門前払いされた。絵に描いたようなたらいまわしである。

ジュンヤさんは大学卒業後、大手メーカーの事務職として就職。結婚して子どもも生まれたが、40歳を過ぎたころに双極性障害と診断される。入院と休職を繰り返し、最後は通勤に片道1時間半かかる工場勤務を命じられ、数年前に退職を余儀なくされた。

双極性障害のそう状態のときは自分の考えはすべて正しい、何でもできると思ってしまうのだと、ジュンヤさんはいう。「ささいなけんかから家内を叩いたり、200万円もする新車を突然買ったりしてしまったこともあります」と打ち明ける。

現在のA型事業所は2年前にハローワークで紹介された。収入は半減したものの、マンションのローンは完済すみで、子どもはすでに社会人になっている。ただ、妻もメンタル疾患があって働くことができない。夫婦の生活費は、A型事業所での給料と毎月約10万円の障害年金と合わせた同17万円。

持ち家があると貧困者ではない?

一方でマンションの管理費などとして毎月4万円が必要なうえ、病気の治療費もかかる。そうなるとジュンヤさんの暮らしは生活保護水準とほぼ同じだ。退職後は貯蓄を切り崩す生活が続いている。

困窮状態の中で困っていることを尋ねると、ジュンヤさんが「私、ずっと口角を上げないように話しているの、わかりますか?」と切り出した。私も、ジュンヤさんは少し滑舌が悪いなと思っていたので続きをうながすと、前歯が6本ないという。状態に合った入れ歯を作り直したいのだが、経済的に余裕がないのだと、ジュンヤさんは説明した。

マンションを売却して家賃の安い市営住宅に移りたいと考え、行政に相談したこともあるという。しかし、窓口の担当者からは「持ち家のある人は住宅困窮者には当たらないので市営住宅には入居できない。いったん賃貸住宅に移ってからあらためて申し込みを」と言われた。

賃貸住宅に移ったとしても、その後市営住宅に入れる保証があるわけではないし、家賃が現在の管理費より高くつくことは間違いない。八方ふさがりの状況に、ジュンヤさんは「持ち家のある人は貧困者ではないということなんですね」とため息をつく。

既存の福祉制度が十分とはいえない中、障害や難病のある人にとって就労継続支援事業は単なる福祉サービスではなく、労働者として生活の糧を得るために必要な手段であることも多い。事業所側は「今日は1時間で帰って」「午後の仕事はない」と言われた利用者たちがどんな思いをするか想像したことがあるのだろうか。ジュンヤさんたちが暑さや寒さに備えられるよう、せめて前日に仕事内容を伝えることがそれほど難しいことなのか。

病気や障害に対する配慮もなく、ただ安く請け負ってきた単純作業を最低の条件で担わせる。一方で行政からは安くない報酬を受け取る。これでは「障害者ビジネス」と言われても仕方ないだろう。

事業所が受け取る報酬こそ「公金の無駄遣い」

事業所が受け取る報酬はもとをたどれば公金だ。持論になるが、私は安易に「公金、税金の無駄遣い」という批判をするつもりはない。特に最近、生活保護利用者や、助成金などを利用して貧困者や若年女性を支援する団体を攻撃する目的で、こうした物言いがなされることに対しては違和感しかない。しかし、今回は声を大にして言いたい。早帰りを強いたり、ノルマを課したりする“名ばかり福祉サービス”に報酬を垂れ流すことこそ、公金の無駄遣いだろう。


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就労継続支援事業所の中にも本来の趣旨に沿った施設もある。ただ、障害や病気のある人を食い物にしている施設が少なくないのも事実だ。こうした事業所はハローワークから紹介されることが多いうえ、利用には行政への申請が必要である。公的機関が障害者ビジネスにお墨付きを与えているという指摘も過言とはいえない。

ジュンヤさんが途方に暮れたようにつぶやいた。

「最終的には生活保護、ということになるんでしょうかね」

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(藤田 和恵 : ジャーナリスト)