本来は冬に流行するRSウイルス感染症が夏に流行している。子どもたちのリスクや医療現場の混乱、申請中のRSウイルスワクチンなどについて紹介します(写真:IYO/PIXTA)

コロナ禍が明け、暑い夏がやってきた。感染症から社会が脱し、元通りの生活を取り戻すことが……できていない。

新型コロナは再び増加し、インフルエンザシーズンは長引いて、夏かぜのヘルパンギーナが猛威を振るっている。そして、本来は冬に流行するRSウイルス感染症が夏に流行している。

子どもの「喘息」発症率が26%上昇

RSウイルスは、風邪に似た症状を引き起こすが、乳幼児や高齢者、免疫の低下している人では細気管支炎や肺炎まで進みやすい、侮れない病原体だ。やっかいなことに、一度かかっても2〜3年で免疫が薄れ、何度も感染する。

免疫不全の人がRSウイルス感染症にかかると、「間質性肺炎」を引き起こす。通常の細菌性肺炎などでは、レントゲン(X線)写真で見たときに肺の一部に白い影が映る。ところが間質性肺炎はウイルスによる特徴的な肺炎で、レントゲン写真だと左右両方の肺が真っ白になっている。

実は新型コロナウイルス感染症の肺炎も、この間質性肺炎だ。炎症を起こした肺のガス交換機能は失われ、戻らない。つまり肺炎が治まっても肺活量は低下したまま、呼吸能力が大きく損なわれたままになる。

しかも、肺炎にかからなければ済むものでもない。

『ランセット』誌によれば、1歳までにRSウイルスに感染した子どもは、感染しなかった子どもに比べ、5歳までに喘息を発症するリスクが26%も上がってしまう(前者は21%、後者は16%)。

肺や免疫系がまだ発達途上の段階でRSウイルスに感染したせいだろう。この結果は、子どもたちの性別、人種、民族、乳児期に保育園に通っていたかどうか、母親が喘息であったかどうかとは無関係だった。

ワクチン実現は2年後?

だからこそ、感染予防に尽きる。

RSウイルスワクチンは長年にわたる研究にもかかわらず、なかなか成功しなかった。それがここ数年、急ピッチで開発が進み、ファイザー、グラクソスミスクライン(GSK)、モデルナ、サノフィなど、世界の主要ワクチンメーカーが開発に成功。すでに複数のワクチンがアメリカの食品医薬品局(FDA)から製造承認を得ている。

ワクチンで乳幼児期のRSV感染を減らすことができれば、5歳までの喘息患者の約15%が予防できると推定される。

日本でも、ファイザーとGSKが製造承認を申請中だ。

ただし、まだ安心できない理由が2つある。1つは、新型コロナのような緊急事態とは違い、半年やそこらで承認に至るとは思えないことだ。

データによほどの不備がなければ、2年以内には承認されるだろう。だが、冬のウイルスが夏に流行している異常事態の今、その2年が長く感じられるのが現場の実感だ。


なお、乳幼児のみならず高齢者も、RSウイルスによる間質性肺炎リスクは高い。

アメリカでの研究では、RSウイルス肺炎による高齢者の死亡率や入院期間は、インフルエンザによる肺炎と同等であることがわかっている。高齢者ではインフルエンザによる肺炎を防ぐためにワクチン接種が推奨されているのだから、RSウイルス感染症も同じくワクチンによって肺炎を阻止すべきだ。

将来、日本で承認されたら、インフルエンザワクチンと同様、65歳以上の高齢者に接種が推奨され、一部公費負担で実施されることになるだろう。

今のところワクチンは1回接種だが、臨床試験の結果次第ではもっと増える可能性が高い。通常のRSウイルス感染でも数年で免疫が低下して再感染するくらいだから、ワクチンの効果も永続するとは考えられない。肺炎球菌ワクチンのように、数年おきに接種を繰り返すことになるとの見方が強い。

新生児はワクチンで守れない

もう1つのRSウイルスワクチンの問題が、新生児だ。

RSウイルス感染症は、とくに新生児期から乳児期の赤ちゃんで細気管支炎や肺炎など重症化の心配が大きい。

しかも周囲の大人はRSウイルスに感染して発病しても、正直なんてことはない。風邪と一緒で鼻が詰まり、鼻水がノドに垂れ込み、咳が長引くくらいだ。だからお父さんが会社で簡単にもらってきて、赤ちゃんにうつしたりする。

承認申請中のRSウイルスのワクチンは高齢者向けだが、これを赤ちゃん用に開発すればいいと思われるかもしれない。ところが、生後すぐは免疫系が未熟なため、ワクチンを打っても効果が得られるとは限らない。ワクチンはあくまで、自分の免疫システムに病原体の侵入を錯覚させて、戦闘態勢を整えさせるものだからだ。

だからインフルエンザワクチンも新型コロナワクチンも、生後6カ月以降が接種対象になっている。RSウイルスワクチンも、6カ月未満の乳児が接種できるようにはならないだろう。

なお、これとは別に、赤ちゃんのRSウイルス感染症の重症化予防を目的とした「シナジス」という抗体医薬がある。注射には違いないのだが、ワクチンとは違う。ワクチンは武器となる抗体などを体に作らせるのが目的だが、抗体医薬は人工的に合成した抗体そのもの(モノクローナル抗体)を体に入れてやるものだ。

ただ、難点は非常に高価なことだ。抗体医薬は製造に大きなコストがかかり、大量生産できないせいだ。そこで日本では保険で打てる条件が厳しく定められ、早産や慢性肺疾患、先天性心疾患、免疫不全など、感染症に対する抵抗力の弱い赤ちゃんに限られる。

しかも今、医療現場はこのシナジスについてちょっとした混乱に陥っている。コロナでRSウイルスの流行が消えたかと思ったら、昨年は夏に流行、今年も同じ状況だからだ。シーズン前から毎月注射するものなので、コロナ前は10月ごろから接種を開始すればよかった。ところが2シーズン続けて夏に流行し始め、今やいつシナジスを打つべきか、正解がわからなくなっている。

実現したら妊婦さんにもワクチン助成を

重症化リスクの高い、生まれて間もない赤ちゃんをRSウイルスから守るには、母体からの移行免疫を強化しておくことだ。

一般に赤ちゃんはお腹の中にいるうちに、お母さんから抗体などを胎盤を通して分けてもらうことができる。それが移行免疫だ。生まれてからも4〜6カ月間は、お母さんの免疫によってさまざまな感染症から守られ続ける。それも半年程度で次第に失われていくが、そのときまでに繰り返し接種して、自前で免疫を作らせようというワクチン接種もある。まず生後2カ月目のロタウイルス、ヒブ、小児用肺炎球菌、B型肝炎ワクチン、その次に3カ月目から破傷風などを含む4種混合ワクチン、といったところだ。

インフルエンザや新型コロナウイルスに対するワクチンは、妊娠中のお母さんへの接種が推奨されている。妊娠後期にかかると重症化しやすいので母体を守る目的もあるが、生まれてきた赤ちゃんもしばらくの間、移行免疫によって感染症から守られることがわかっている。

さらに母乳中にも抗体が含まれる。お母さんの免疫は、生まれた後も赤ちゃんを感染症から守っているのだ。

だったらRSウイルスについても、お母さんにワクチンを接種して赤ちゃんを守れないものか?

実はファイザーのRSウイルスワクチンは、お母さんへの接種によって乳児のRSウイルス感染症を予防する効果が示されている。ほかのワクチンメーカーもやがて臨床試験を行い、同様の効果を実証するだろう。

RSウイルスワクチンが実用化されたらインフルエンザ等と同様に妊婦さんの接種が推奨されることだろう。自治体による助成等が速やかに導入されるよう求めたい。

(久住 英二 : ナビタスクリニック川崎院長、内科医師)