テナント確保に悩む中小のオフィスビル。賃貸保証サービスを活用するビルオーナーが増えてきている(まちゃー / PIXTA)

「コロナ前とは違い、今やテナントを選り好みできる時代ではない」――。ビルオーナーはそう口をそろえる。

だがビルへの入居を希望するテナントに、はたして支払い能力があるのか。時間と情報に限りのあるオーナーが、テナント候補の状況を正確に把握するのは困難だ。そうしたビルオーナーの課題を解消する賃貸保証サービスの需要が増している。カギとなるのが「審査力」だ。

テナント退去まで約1000万円の赤字

東京都渋谷区に雑居ビルを保有する個人オーナーは10年以上前に、ある入居テナントとのトラブルに巻き込まれた。保有ビルはフロア面積が数十坪程度と小規模ながら、駅からのアクセスがよくテナント需要が高かった。

ビルに入居した当初、トラブルを起こしたテナントは漫画喫茶を営んでいた。ところが、数カ月後に突如、業態を転換した。オーナーは、「いつの間にか法的にグレーな賭博場のようなものに変わっていた」と振り返る。このときから、およそ10カ月もの間、テナントは賃料を滞納し続けた。

オーナーは滞納が発生してから約1年の時間をかけて、弁護士を通じてテナントと交渉。結局、テナントは退去したものの、その間に約1000万円の赤字が発生した。「賃料滞納による経済的な負担だけでなく、退去までの交渉などによる心理的負担も大きかった」(同オーナー)。

トラブルを起こさないテナントを入居させたい。その一心でオーナーが頼ったのが、滞納賃料保証会社のSFビルサポートだ。中古ビルの再生事業などを手がけるサンフロンティア不動産のグループ会社であり、オフィス・店舗向け賃貸保証サービス「TRI-WINS(トライウインズ)」を首都圏で提供している。

入居テナントが滞納した賃料を保証するサービスだが、特徴的なのがテナント候補の事前審査だ。SFビルサポートの中村泉社長は、「メガバンク出身者などが審査している。経営者の経歴や出資者、財務諸表を確認するだけでなく、経営者と実際に面談したうえで、そのテナントの成長性と経営を見極めている」と語る。

冒頭のオーナーは、「どんな素性のテナントなのか個人オーナーにはわからない。ちゃんとしたビジネスを営んでいて支払い能力があるテナントなのかどうか、事前審査してくれるのが本当にありがたい」と語る。

テナント審査を必要とするのは個人オーナーだけではない。中小ビルなどを管理する平和不動産プロパティマネジメントの山本勝洋部長は、「問い合わせ対応や設備管理など、煩雑な業務に管理会社は日々追われている。すべての物件の入居希望テナントを正確に審査するのは現実的に難しい」とこぼす。

空室増で中小ビルが苦戦

コロナ前まではオフィスビルの需給が逼迫しており、都内は貸し手優位のマーケットだった。だが、コロナ禍を経てオフィスの空室が増える中、借り手優位のマーケットへと変化した。

大手オフィス仲介の三幸エステートによれば、東京23区における2019年6月時点の全体平均空室率はわずか1.21%だったが、足元では4.93%(2023年6月時点)にまで上昇している。空室面積は、2023年6月時点で約72.3万坪(2019年同期比で約3.37倍)だった。

これまでフロア面積の広い大型ビルは、効率よく貸すため、「フロア貸し」を前提にリーシングするのが主流だった。ところが、足元では管理の効率性よりも目先の稼働率を高めようと舵を切る大型ビルが後を絶たない。

都内に大型ビルを保有する不動産会社の関係者は、「マーケットで泳いでいる魚(テナント候補)が少ないので、フロアを細かく分割して募集をかけている」と話す。こうした大型ビルの方針転換の影響を受けているのが、中小規模のビルだ。

都内オフィス仲介会社のベテラン社員は、「中小ビルのオーナーは空室を埋めるのにかなり苦労しているようだ。中小企業のオフィス拡張意欲は高く、フロアを細かく分割して募集をかけた大型ビルが、そうしたテナントを中小ビルから奪い始めている」と指摘する。

テナント争奪戦が激化する中、ビルオーナーや管理会社としても可能な限りテナント候補は入居させて空室を埋めたい。「民間調査会社の調査結果などで機械的に審査していると、実際には賃料負担力のある小規模テナントまで逃しかねない」と、平和不動産プロパティマネジメントの山本部長は話す。

SFビルサポートの増山暁泰次長は、「ビルの稼働率を引き上げるため、テナントとの契約条件を緩和するオーナーは増えているが、それに伴い賃料滞納や訴訟トラブルが発生している。賃料滞納の相談が他社物件から多く寄せられており、非常に強いニーズを感じている」と語る。実際、同社の2023年3月期の滞納賃料保証契約は3562件(前期比9.2%増)と右肩上がりで増えている。

敷金を減額するサービスの需要も強い

オフィスの賃貸保証サービスでメリットがあるのはビルオーナーだけではない。賃貸保証サービスなどを展開する日商保が提供するのが「敷金半額くん」だ。同社が賃貸保証をすることで、テナント側は入居時に預け入れる敷金を半額以下に削減できる。

オフィスビルの敷金は通常、約6〜12カ月分の賃料に匹敵するため、スタートアップなど財務基盤の弱い企業にとってはかなり重いコストとなる。日商保の橋本猛営業部統括部長は、「事前審査をしっかりすることでリスクを抑えている。審査通過後も、決算資料を取得しテナントの事業継続性を定期的に確認している」という。

敷金を減額できる保証サービスは中小テナントにとってメリットが大きい。「サービスを導入したことで成約率や稼働率を引き上げられた。テナントをより集めやすくなった」と、J-REIT「日本リート投資法人」の資産運用会社であるSBIリートアドバイザーズの担当者は話す。

すでに東急不動産や東京建物など大手デベロッパーの一部物件でも敷金減額サービスの導入が進んでいる。日商保の橋本統括部長は、「ビルを保有するファンドやデベロッパーなど月に10〜15社と協議している。新規契約件数もおよそ倍増しており需要は強い」と胸を張る。

オフィスビルの稼働率が落ちて賃貸保証サービスの需要が高まる一方で、あるオフィス仲介の関係者は「審査基準が緩く、申請すればほぼ通過できるような賃貸保証サービスも中にはある」とささやく。テナントの奪い合いに悩むビルオーナーもサービスを選ぶ際には注意が必要だ。

(佃 陸生 : 東洋経済 記者)