7月25日に東京都内で記者会見を開いたビッグモーターの兼重宏行社長は、保険金の水増し請求をめぐる経営陣や損害保険会社の関与について「全くない」と否定した(撮影:今井康一)

ついに金融庁も動き始めた。

中古車販売大手・ビッグモーター(東京都港区、兼重宏行社長)が事故車修理における保険金を不正に水増し請求していた問題で、金融庁はビッグモーターと損害保険各社に対して、保険業法に基づく報告徴求命令を発出する方針だ。

ビッグモーターは損保各社の自動車保険を扱う保険代理店を運営している。水増し請求をめぐる顧客保護の観点から、自賠責(自動車損害賠償責任保険)の契約をはじめとして募集(販売)などに問題がなかったか、関東財務局を通じて詳細な報告を求める考えだ。

損保ジャパンに立ち入り検査も

さらにビッグモーターとその幹事会社である損害保険ジャパンに対しては、立ち入り検査に入る方向で調整に入った。

損保ジャパンは7月25日に、「保険金不正請求を認識できなかったことを真摯(しんし)に受け止め、社外弁護士による調査委員会を設置」すると発表している。

ただ、金融庁首脳は「われわれとして調査するべきことは淡々と進める」としている。

金融庁が立ち入り検査の調整に入ったのは、水増し請求をめぐるビッグモーターと損保ジャパンの一連の対応に、「顧客軽視」の姿勢が目立つためだ。

中でも問題と見ているのが、2022年7月のビッグモーターとの取引再開である。

ビッグモーター側の自主調査によって、関東地域の4つの工場で水増し請求が発生していることが明確になったのは、2022年6月末のこと。

取引のある損保ジャパン、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険の3社は複数の工場で不正が発覚したことで、組織的関与の疑いを強めるとともに、水増し請求被害の全容解明に向けて、追加調査の必要性についてそれぞれ社内で議論していた。

自動車保険の販売代理店でもあるビッグモーターと、それぞれ年間数十億円の取引がある3社が一丸となり、不正請求に対して毅然と対応するかに思われた。

損保ジャパン役員が兼重社長と面談

だが、7月中旬になると風向きが大きく変わる。

損保ジャパンが不正請求問題について組織的関与はないと早々に結論づけ、突如として「幕引きするかのような対応をとりはじめた」(大手損保役員)からだ。

実はその7月中旬、ビッグモーターの兼重社長は損保ジャパンの首都圏営業担当の役員を訪ねている。その面談を境に、ビッグモーターへの対応方針が大きく変わったとみられる。


保険金水増し請求をはじめとしたビッグモーターの不正行為は、社長、副社長の辞任で幕引きを図れるような事案ではない(7月25日の記者会見での配付資料より)

兼重社長との面談から3日後、ビッグモーターは東京海上と三井住友海上の自賠責の取り扱いを一部で停止するよう指示している。

その理由についてビッグモーターは「2022年7月14日の段階で、(事故車の)入庫が予定されている損保各社に自動的に割り振った結果、2社の(自賠責の)発行が停止した」からとしている。

つまり、損保ジャパンは事故車の入庫誘導が再開予定であることを、その時点でビッグモーターに伝えていたということだ。

同年7月25日、3社ともにストップしていたビッグモーターへの事故車の入庫誘導を損保ジャパンだけが再開した。

水増し請求された保険金の返還や、不正請求の対象になった車両の持ち主への説明をビッグモーターに求めてすらいない段階で、損保ジャパンだけが事故車の入庫誘導を再開したことになる。

まさに損保ジャパンはコンプライアンス(法令順守)軽視、顧客軽視という批判を受けても仕方がない。その点を金融庁は問題視しているわけだ。

金融庁の不興を買った任意報告

また、損保ジャパンは同時期に金融庁に対して水増し請求問題について任意報告している。

しかしその内容が、自社に都合よく矮小化し誤魔化したものになっていたことも、金融庁の不興を買っている。

実は、ビッグモーターが自主調査した関東地域の4工場すべてで水増し請求が発覚していたことを、任意報告の文書には記載していなかったのだ。

板金工場の作業員から内部告発があった千葉県内の工場だけでなく、無作為抽出した工場すべてで水増し請求が発覚したとなれば、当然ながら詳細な実態が不可欠で、早期の幕引きは難しくなる。

任意の報告であることを逆手に取り、最小限の説明で幕引きを図ろうとしたように映る。

損保ジャパンは、私鉄大手・東急グループに対する保険料カルテルの問題も抱えている。

検査期間は半年以上に及ぶのが確実

金融庁のある幹部は「立ち入り検査に踏み切れば、検査期間は半年以上に及ぶのが確実だろう」と話す。

損保ジャパンからビッグモーターへの出向者はのべ37人に及ぶ。しかも、2019年4月には事故車修理の「完全査定レス」の仕組みを出向者中心に練り上げている。

完全査定レスとは、損害査定人(アジャスター)による修理見積もりのチェック工程を完全に省略し、ビッグモーターの見積もりをほぼノーチェックで通して保険金を支払う仕組みのことである。

抜け駆けするかのような事故車の入庫誘導の再開、その後の水増し請求調査における出向者の関与、特別調査委員会からのヒアリングを回避するかのような調査開始目前での出向者の引き揚げ――。

そうした一連の不可解な対応に、損保ジャパンは説得力のある説明をできるのか。

金融庁が実態解明に動き始めた今、損保ジャパンは調査委員会を立ち上げたとしてもビッグモーターと同じように追い詰められることになりそうだ。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)