お届け時間は“秒指定”OKって!? 空自の宅配便「物料投下」のスゴ技 C-2輸送機からそんなものまで落とすとは!
鳥取県の美保基地で行われる航空祭には、ここでしか見られない演目があります。それが「物料投下」の実演。航空自衛隊の輸送機が目前で荷物を空から落とすのですが、最新のC-2は落下時間を秒指定できるとか。どういうことでしょうか。
間近で見られるのは美保基地だけ
鳥取県にある航空自衛隊美保基地。この基地に所属する航空機はC-2輸送機とKC-46A空中給油・輸送機で、航空自衛隊の顔ともいえる戦闘機はここにはいません。
ただ美保基地は、その中に全国唯一といえるエリアを有しています。それは「物料投下訓練場」。これがあるため、同基地の航空祭では、飛行中の航空機から貨物を落とす「物料投下」の実演がプログラムに入っています。これを間近で見られるのは、美保基地が唯一です。
「物料投下」を行うC-2輸送機。「CDS」方式で大型投下容器が機体後部のランプドアから放出されている(ドキュメンタリー「密着!国産輸送機C-2」より)。
そもそも、輸送機で運ばれる貨物は通常、安全性や効率化などの観点から地上に着陸した後で機内から下ろされます。しかし、輸送機が着陸できない、たとえば飛行場のない場所や滑走路が何らかの原因で使用不可能な場合、もしくは着陸、停止、扉開放までの長い時間を採ることが難しい場合などは、別の手段をとる必要があります。
そのひとつが「物料投下」です。この場合、輸送機は目標地点の上空を飛行しながら、機体後部のランプドアを開け、物資を空の上で落とします。
しかし、ただ単に物資を落とせば、地上に激突した際にその衝撃で壊れてしまいます。それを防ぐために、投下する貨物には落下傘(パラシュート)が付いており、それによって減速しながら降下することで、地上に衝撃の少ない形で着地するようになっています。
こうすることで輸送機は着陸することなく素早く貨物を届けることができ、一定のスペースがあれば空港以外の場所でも荷物を届けることが可能です。非常時でも対応できる自衛隊らしいデリバリー方法といえるでしょう。
航空自衛隊で「物料投下」はC-2の他に、C-1とC-130も行うことができます。しかし、パラシュートが付いているとはいえ、重量物を空中から落とすのですから、安全を確保するために、地上には誰も立ち入らない広い空間が必要となります。陸上自衛隊の演習場には「物料投下」訓練が行える場所がいくつかありますが、航空自衛隊でその訓練場があるのは美保基地だけ。航空自衛隊主催でその訓練や実演を行えるのはここだけだからこそ、美保基地航空祭でしか「物料投下」が見られないのです。
物料投下にもいろいろ種類あるんです
「物料投下」を一番利用するのは陸上自衛隊の空挺部隊です。この部隊は速やかな遠方展開を行うために航空機から落下傘を使って降下・進出する、いわゆる空挺作戦を実施しますが、その時に使用する車両や物資を届けるために、物料投下が用いられます。
とはいえ、飛行中の航空機からパラシュート付きの荷物をポンポン投下すればよいものでもありません。安全・確実に物資を届けるためには、その荷物の大きさや種類、それに投下するときの状況を的確に判断し、いくつかある方法のなかから適切と思われる手段を選ぶ必要があります。
美保基地航空祭にて会場正面で「物料投下」を行うC-2輸送機(布留川 司撮影)。
そのひとつが、美保基地航空祭で行われた「CDS(大型投下容器投下方式)」と呼ばれる方法です。この場合は、一辺が約1.2mある板状の大型投下容器の上に、貨物と落下傘を固定します。
輸送機の貨物室の床にはローラーが装着されており、投下時に機体を上に向けることで、容器はローラー上を滑って機体後方へと滑り落ちて機外に放出されます。投下時の輸送機の最低高度は約180mです。
なお、CDSを行う場合、前出の大型貨物容器の最大搭載量は1tで、C-2輸送機にはその容器を最大20個まで搭載できます。実施時には、これらが一瞬で連続投下されるため、複数の荷物を短時間で地上に届けることができるのがCDSの利点といえます。
CDSよりも、より大きく重い貨物で使われるのが「PDS(プラットフォーム投下方式)」です。こちらは横幅108インチ(約2.7m)ある、より大きな板状のプラットフォームを使います。そこに貨物と落下傘を固定する点はCDSと変わりませんが、投下するときはまず機外に「抽出傘」と呼ばれる小型パラシュートを放出します。これが開くことで、その空気抵抗でプラットフォーム自体を機外に引っ張り出します。放出されたプラットフォームは、落下傘と抽出傘によって減速して、CDSと同様に減速して地上に着地します。
PDSで使われるプラットフォームは、複数のバリエーションがありますが、最大で16tまで貨物を搭載可能なので、高機動車やトラックはもちろん、軽装甲機動車のような戦闘車両も空中投下することができます。
なお、CDSやPDSよりも小さい物資を投下するときに使われるのが「LCLA(低コスト低高度投下)」という方式です。こちらは手押し台車程度の小さい木製パレットに軽量の荷物と落下傘を固定していますが、その小ささゆえに投下は完全な人力で行われます。担当するのはロードマスター(空中輸送員)と呼ばれる機内貨物を管理する乗員で、手押しでランプドアから滑り落とすことで機外へと放出されます。
秒でお届け! 秘訣は自動化された計算と乗員の連携
今年(2023年)の美保基地航空祭で「物料投下」の展示を行った際、会場では隊員による次のようなナレーションが流れていました。「(物料投下は)いわば空飛ぶ宅配便です。食料はもちろん、車やバイクも運ぶことができます。それに秒単位の時間指定も可能です」。
一般家庭で利用する宅配便でも時間指定はできますが、さすがにそれを秒単位で指定することはできません。しかし、輸送機の場合は空を飛んでくるため、交通渋滞に巻き込まれることもなく、機体自体の操縦によって高い精度で時間調整が可能なのだそう。
「秒単位の時間指定ができる宅配便」と言ってしまうと、何か軽いイメージをもってしまいますが、軍用輸送機が本来使われる軍事作戦においては、正確な時間指定は作戦全体の成否を左右する重要な要素です。
CDS方式で投下された貨物。降下速度は毎秒6〜8秒と速く、貨物の周りは衝撃吸収材が付けられている(布留川 司撮影)。
なお、C-2には、航空自衛隊の他の輸送機よりも進化したナビゲーションシステムが備わっており、GPSと連携したそれら装置は、目標地点と機体の位置・速度から到達時間を秒単位でリアルタイムに計算することができます。
C-1やC-130では航法を担当するナビゲーターが手動で計算していますが、新しいC-2ではそれを機械が自動的に計算してくれるため、より精度の高い航法が可能となっています。それを端的に表現したのが、前出の「秒単位の時間指定」というナレーションなのでしょう。
もちろん、正確な「物料投下」を行うために一番重要なのはC-2に乗り込む乗員の技術です。ナレーションの最後でも「コントロールを行うパイロット、正確な時間コントロールを行うナビゲーター、大切な物料をいつでも安全に投下するロードマスター、全員が協力することでしか成しえない、航空自衛隊の宅配便の技なのです」と紹介していました。
現在、増備が続けられているC-2輸送機。充足した暁には、航空自衛隊の作戦能力は飛躍的に高まることは間違いないと言えそうです。
※誤字を修正しました(7月19日19時35分)