結婚相談所に入って初めて紹介された男性から45歳の誕生日にプロポーズされた雅代さん(仮名)。2人の現在とは?(イラスト:堀江篤史)

45歳までに結婚できなかったら一生独身でいると決めて結婚相談所に登録したら、最初に紹介された男性に45歳の誕生日にプロポーズしてもらった――。

都内のベンチャー企業で働く伊藤雅代さん(仮名、46歳)による晩婚版シンデレラストーリーかと思ったら、雅代さんは笑いながら種明かしをしてくれる。

「彼は決断力も行動力もあるタイプではなく、サプライズのプロポーズもしません。すべて私が用意した筋書き通りにやってくれました」

海外と日本を行き来するやり手の事業家を父に持つ雅代さん。子どもの頃から理想の男性は父親だったとファザコンを隠さない。しかし、現在はもともとの理想とは正反対という順二さん(仮名、54歳)との結婚生活を大いに楽しんでいる。

ショートカットにメガネ姿の雅代さん

20年間ほど恋愛とは縁遠い生活を送ってきたという雅代さんにどんな変化やきっかけがあったのだろうか。東京・新宿の老舗喫茶店で会ってもらうことにした。

ショートカットでメガネ姿の雅代さんは、ややボーイッシュな雰囲気の女性だ。チェック柄のシャツとジーパンはよく似合うが、いわゆるモテ系のファッションではない。話し方は朗らかだけど柔らかいとは言えず、脇が甘くない印象を受ける。

「中学校までは日本にいましたが、父の仕事の関係で高校から家族でアメリカに行き、大学を卒業するまでアメリカで過ごしました。アメリカの大学は入学するよりも卒業するほうが大変です。勉強で力尽きてしまい、卒業して日本に帰ってきた後も何かしたいという気持ちにはなれませんでした」

その頃にショックだった出来事がある。高校時代から親交があった日本人の同級生と交際したが、よりによって誕生日にお金を無心されたのだ。

「どこかに連れて行ってくれると思って会ったら、『お金がないから貸して』と言われて……。いくらか貸しましたが、それっきり会っていません。悲しくて泣いて、それから誕生日が憂鬱になってしまいました」

両親や妹との仲は良好な雅代さん。自分も20代のうちに結婚して子どもを育てる家庭を想像していた。でも、この体験でやや男性不信になってしまい、恋人と呼べる相手はいないままに20代が過ぎていった。

「社会人として最初の5年間は英会話学校の講師をしていました。生徒さんには同世代の独身男性もいたのですが、私には変なプライドがあって生徒さんには手を出さないと勝手に決めていたのです。それだけ心に余裕がなかったのかもしれません」

「いいな」と思う男性は全員既婚者…

外資系企業の役員秘書に転職してからも仕事以外に出会いを求めるゆとりはなく、職場では「いいな、と思う男性は全員既婚者」という状況が続く。気がつくと40歳になっていた。当時は3歳年下の妹も独身で、家族で暮らす実家は楽しく、仕事にも不満はなかった。そんなときに仕事を通じて「大人の男性」と親しくなった。

「私より一回り年上で、仕事ができて、奥さんや子どもを大事にしている方です。ある日、エレベーターの中で急にそんなことになり……。彼の単身赴任先に遊びに行き、3回だけ(男女の)お付き合いがありました」

いわゆる不倫であるが、雅代さんにはその男性と長く交際したり結婚したりするつもりはなかった。男性へのトラウマを解くための研修のような出来事だったようだ。

「本当にささやかなことですけど、食事に連れて行ってもらって優しくしてもらい、私を覆っていた鎧が剥がれていく気持ちになりました。それまでは男性とどう話したらいいのかわからなかったのですが、少しはわがままを言えるようになったんです。そうやって会ったのは3回だけで、後腐れはありません。彼には今でも感謝しています」

父親のように尊敬できる既婚男性との関係が刺激になったのだろうか。雅代さんはベンチャー企業に転職する。仕事のできる男性の秘書ではなく、自らが表舞台に立つキャリアに変更したのだ。そして、45歳が目前に迫ったときに「期限を決めて婚活をする」ことを決めた。結婚相談所に登録したのは年齢的な理由がある。

「マッチングアプリなどで自らアピールできる人ならば、この年齢になるまでにとっくに結婚しているからです。(独身証明書や履歴書などで)バックグラウンドがお互いにちゃんとわかっている人同士のほうがいいとも思いました」

客観的な分析ではあるが、相手に求める具体的な条件を書き出すと「理想の人」である父親が基準になってしまった。身長は175センチ以上、大卒、年収は1千万円以上、決断力と行動力がある人……。

「カウンセラーの方から『そういう男性があなたを選ぶと思いますか?』と聞かれて目が覚めました(笑)。立場を逆にして考えたら、私を選ぶはずがないことに気づいたからです」

いつもニコニコしている男性は順二さんだけ

雅代さんはカウンセラーと話し合い、条件を現実的に修正。身長も年収も自分よりは上であればよく、性格は会ってみてから判断することにした。

逆に、譲れない条件が1つだけあることが新たにわかった。テニスの素養があることだ。雅代さんの家族は祖父の代からのテニス好き。まだ見ぬ夫だけがテニスコートにいない将来図は思い描けなかった。そして、カウンセラーが絶妙な男性を探し出してきた。以前はテニススクールのコーチをしていた経歴がある順二さんである。

「でも、長く体を動かしていないのでお腹ポッコリです。一緒にテニスをしたときは私が勝ってしまいました」

会話も最初から弾んだとは言えず、9割は雅代さんが話した。それでも嫌ではなかったので交際を続けた。順二さんはデートコースすら決められず、何事も小心なほど安定志向。雅代さんが戸惑いをカウンセラーに伝えたところ、思いがけないアドバイスをもらった。

「決断力や行動力はあなたが持っているからいいんじゃない?と言われました。確かにその通りで、私は彼と違って『見えない未来は心配するのではなく自分で作っていく』と考えるタイプです。結局、父に似ているのは配偶者ではなく私自身なのですね」

婚活においては、結婚を前提としたお付き合いである「真剣交際」に入るまでは、複数の相手との「仮交際」が許される。雅代さんも順二さんと並行して10人ほどとお見合いをしたが、順二さんのようにいつもニコニコしている男性は他にいなかったと振り返る。

「最初に私が言った条件をすべて持っているような人もいました。でも、会ってみたら上から見下してくるような態度。イライラしてしまいました」

一方の順二さんはひたすらに優しく、雅代さんが手配したデートプランを一緒に回ってくれる男性だ。見下されていら立つようなことはない。

ある夜、順二さんは通勤用のリュックサックに仕事の資料を背負ったまま登場した。残業帰りだという。

「散々歩かせた後にリュックを持ってみたらすごく重くてびっくりしました。それなのに彼は一言も文句を言わずに私の後を嬉しそうについてきたんです……」

自分の意外な長所や美徳を気づかせてくれる人こそ

順二さんには姉と兄がいて、その姉と雅代さんの雰囲気が似ているらしい。長女の共通点なのかもしれない。次男にして末っ子の順二さんは雅代さんの「自分とは違って明るくて前向きなところ」を尊敬しているようだ。年上だからといってリーダーシップを発揮するとは限らない。

筋書き通りに誕生日にプロポーズしてもらい、20年以上前のトラウマを払拭した雅代さん。結婚生活でも主導権を握り続けている。

「生活費はすべて折半で、それぞれローンを組んで購入したマンションは共同所有です。家事は私がやっていますが、夫は頼めば何でもやってくれます。私が帰ってくると、〇〇をやったよ!と嬉しそうに報告してくれるんです」

雅代さんは姉のような母のような笑顔で新婚生活を描写してくれる。婚約をする前に子宮がん検診にひっかかり、子宮を摘出する決断をした。順二さんはちゃんと向き合って結婚に進んでくれた。


この連載の一覧はこちら

「5年前に結婚した私の妹には子どもがいて、いいなあと思っていました。子どもがいない人生を送ることは想像していなかったのですが、今はそれでも幸せになろうと思っています」

精力的な実業家である父親に長く憧れてきた雅代さん。結婚相手の男性にも同じものを求めてきたが、人生経験と良きコーチによって自分自身の中に父親に似た力が備わっていることに気づいた。そして選んだのは、自分には少ない可愛げを持った男性だった。

雅代さんは以前より肩の力が抜けているはずだ。だけど、精神的に安定して力強さは増しているのだろう。自分が持つ意外な長所や美徳を気づかせてくれる人こそ、結婚相手としてふさわしいのかもしれない。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)