ハイジはアルプス山脈の山小屋でおじいさんとしあわせに暮らしていたが、ある日を境に彼女の人生は一変する。©SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

テレビアニメなどを通じて多くの日本人に愛されたスイスの児童文学「アルプスの少女ハイジ」。名作を大人向けのバイオレンス描写とブラックなユーモアで大胆にアレンジした問題作『マッド・ハイジ』が7月14日より全国公開される。

本作の舞台は、国内のチーズ利権を一手に担う独裁者に支配されたスイス。恋人のペーターと、おじいさん、愛する人たちをたて続けに独裁者に奪われた24歳のハイジは、復讐の念と母国への愛情を胸に、独裁者に反旗をひるがえす――。


囚われの身となったハイジは女子収容所に収容され、先輩の囚人に目をつけられる ©SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

製作総指揮に、月の裏側に秘密基地を建設したナチスが人類を侵略するさまを描き出したSFアクション『アイアン・スカイ』のプロデューサーが参加するほか、『スターシップ・トゥルーパーズ』のキャスパー・ヴァン・ディーン、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのデヴィッド・スコフィールドら大作映画でも名の知れたキャストも参加している。

プーさんも著作権切れで話題に

くしくもスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが「こんなプーさん、見たくなかった。」とコメントを寄せた問題作、映画『プー あくまのくまさん』(1926年発表の原作本『Winnie-the-Pooh』は著作権保護期間が終了し、パブリックドメイン化)が初日2日間で動員2万人を突破、満席回を記録する劇場も飛び出すほどのヒットを記録したばかり。

怖い物見たさで足を運ぶ人が多かったようだが、本作もその流れにあると言える。まさに著作権を意識するきっかけになるような作品が続いている。

そこで今回は『マッド・ハイジ』を手がけたヨハネス・ハートマン、サンドロ・クロプシュタイン両監督に、本作を手がけることになった背景、そして完全インディペンデント体制で行われた制作過程などについて聞いた。


本作のメガホンをとったヨハネス・ハートマン監督(左)、サンドロ・クロプシュタイン監督(右)

――アニメの影響もあり、日本人の「ハイジ」好きは特別なものがあるのですが、そのあたりの事情はご存じだったでしょうか?

もちろん知っています。実は多くのスイス人が、日本のアニメを通してハイジのことを知っていたんです。

ただテレビで放送されるときはドイツ語で吹き替えられていたので、まさかあれが日本のアニメだとは思っていなかった。そのことを知ったのは大人になってからだったんですが、われわれもあのアニメに大きな影響を受けているので、この作品にもそういった要素を多く取り込んでいます。

――そもそも「ハイジ」を映画化する際の、いわゆる権利元は誰になるのでしょうか? 

幸運にもスイスは、作曲家なり元の著作権を持っている人が亡くなった場合、子どもなどが権利を継承するわけですが、本人が亡くなってから75年たてば、これは公共の財産ということになり、許可を得ないで映画を製作することができます。

ハイジの原作者のヨハンナ・シュピリが亡くなったのは1901年なので、著作権としては大丈夫だったんです。だから最初から今のスタイルで映画化しようと思っていました。


7月14日より全国順次公開中 同時公開される日本語版では、人気声優の内田真礼がハイジを、久保ユリカがクララの吹き替えを担当する©SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

――この映画を作るにあたり、反発の声などはなかったのでしょうか?

SNSを通して、反発の声はありましたね。それは予想の範囲内でした。ただ、もともと本作のタイトルを『ハイジランド』にしようと考えていたときに、実際の観光施設である『ハイジランド』がわれわれのプロジェクトを聞きつけて、そのタイトルは容認できない、タイトルを変えないなら訴えると言ってきたので、タイトルの変更を余儀なくされた、ということはありました。

それとスイス伝統衣装協会が、わたしたちの作品の衣装のデザインに協力してくれたメンバーを協会から追放したという事件がありました。彼らにとっては伝統衣装をいじるということが許せなかったようですね。例えば日本でいうなら、着物の裾を短くデザインすると怒る人がいると思うんですが、その感覚に近いかもしれないですね。

スイスではB級映画は珍しい

――日本で紹介されているスイス映画というと、ダニエル・シュミット、フレディ・ムーラーといった、いわゆるアート系の映画が多く、こういったB級映画はなかなかなかったように思うのですが、スイスでもこういった映画は珍しいのでしょうか?

このような映画はほとんど作られていないですね。そもそもスイス映画自体が、それほど世界的に有名というわけではないわけなんですが、それはやはり助成金に関係があるんだと思います。

つまりほとんどの映画が国の助成金で作られるので、その作品が商業的に成功したかどうか、ということを特に問われないということはありますね。

――この作品の資金調達はクラウドファンディングを通じて行われ、19カ国538人の賛同者により、200万スイスフラン(約2億9000万円)を集めたそうですが。

そうなんです。最初からクラウドファンディングをやろうと決めていました。こうした映画がすべて成功するわけではないんですが、ハイジは知名度があるので、この作品なら大丈夫だろうと。まずはポスターを作って、SNSのリアクションを見たら、数千という人がすぐにフォローしてくれた。

これはクラウドファンディングに向いているなと思い、すぐにティザー(特報映像)を作りました。それである程度の資金は集まったんですけど、もちろんそれでは不十分だったので、クラウド投資という、本作の売り上げから皆に配当金を分配する、というシステムを使って資金を集めました。それで最終的に200万スイスフランが集まったというわけです。


本作のメイキング風景。ハイジは、刑務所のような強制収容所に入れられ、囚われの身となる。©SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

――配当金の支払いは順調にいきそうですか?

正直に言うと、まだ儲かっているとは言えない状態です。今のところは皆さんの投資額の7〜8%といった所ですね。ただ可能性はまだあります。アメリカ、そして日本でも公開されますから。そこで利益を得ることができれば、このビジネスモデルは成功だと言えますし、次回作の製作費にもまわすことができます。

クラウドファンディングの労力は大変

――この作品は大手の映画スタジオが介入せず、完全インディペンデント体制で作られたわけですが、クラウドファンディングは表現の自由を担保するといえますか?

もちろん今回、クラウドファンディングがクリエイティブの面において、大いなる助けとなりました。だからといってすべての映画がこの恩恵にあずかれるわけではありません。

やっぱりこれはスイスでは初めてのタイプの映画であったということと、題材がハイジだったからということはあります。例えば僕たちもほかにいろいろな映画のアイディアがありますが、それだとこのビジネスモデルは無理だったなと思います。

あとはこのような映画、いわゆるB級映画の愛好家の方たちの熱量も違いますよね。このジャンルの映画が好きな人たちは、映画を自分で持っていたいという欲求のある人たちだと思うんです。ストリーミングで見るのではなくて、DVD、Blu-rayなど、物理的なパッケージで所持しておきたいという。

ただ、このクラウドファンディングというのは、キャンペーン展開に非常に時間がかかります。皆さんに何とか協力してほしいとお願いしてまわらなくてはならない。その労力たるや本当に大変で。そのすべてにかけた時間で、もう1本映画が撮れたのではないかと思うくらいに、大変な時間を浪費しました。けっしていいことばかりではないということはお伝えしておきたいですね(笑)。

(壬生 智裕 : 映画ライター)