私たち人間と同様に、チンパンジーもトップ2頭の対立をあおったり、他人同士が仲良くしないようにしたりと、政治的な駆け引きをします(写真:mits/PIXTA)

私たち人類が過酷な環境を生き延び、さまざまな問題を解決し、世界中で繁栄することができたのは、「協力」という能力のおかげだ。

だが、人間のみならず、多くの生物が協力し合って生きている。そもそも多細胞生物は、個々の細胞が協力し合うことから誕生したものであり、生命の歴史は協力の歴史ともいえるのだ。

一方で、協力には詐欺や汚職、身内びいきなどの負の側面もある。それでは、私たちはどうすればより良い形で協力し合うことができるのだろうか?

今回、日本語版が6月に刊行された『「協力」の生命全史』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

権力や地位は他者の支援に依存している

他者よりも優位に立ちたいという欲求、公平な分配よりも少し多めに手に入れようとする欲求、そして可能なら権力を掌握したいという欲求はすべて、ヒトがもともと備えている性質の一面だ。


しかし、民主的な制度のような文化的な発明は、この上なく冷酷な人物を抑え込むことができる。暴動や反乱の事例からは、ヒトの社会生活についてより根源的な要素も浮かび上がってくる。

このような対立を詳しく調べると、権力や地位が社会的ネットワークにいる他者の支援にどれだけ依存しているかがわかってくるのだ。

友人は利益をもたらすということがはっきりわかる。無粋な現実ではあるが、連携や交友関係、同盟は私たちの目標の達成を手助けする社会的な手段として機能している(たとえこのように思っている自覚はなくても)。

友人どうしがどのように助け合うかは、食料などのリソースが手に入るかどうか予測がつきにくいときには、とりわけ重要になる。

重要なパートナーに対しては見返りを求めずに支援するのは、将来自分が困ったときに似たような支援を受けられるだろうとの考えがあるからだ。

ほかの研究からは、交友関係を通じて得られる支援は幸福や健康の度合いを高め、ストレスを軽減し、免疫機能を活発にできるほか、長生きにも効果があることがわかった。

コンゴと中央アフリカ共和国にすむ狩猟採集民のバヤカ族を対象にした実験では、友人の数が多い人ほどBMI(体格指数)が高かった。これは女性にとっては生殖能力が高いことを意味する。

バヤカ族の社会では、最も強固な社会的ネットワークをもつ男性はさらに多くの妻を迎えられる可能性が高まり、これが繁殖の成功にじかに影響を及ぼす。

交友関係がとりわけ重要なのは、逆境に直面したときだ。

アメリカ南北戦争当時の南軍の捕虜収容所だったアンダーソンヴィルでは、半数近い収容者が死亡した。こうした劣悪な環境で、生き延びるための最大の条件の一つが、友人をもっていることだった。

集団の力学は変化する

交友関係は逆境を乗りきる一助となるだけでなく、身を守る手段となったり、他者と競う能力を高めたりすることから、社会的地位の安定や向上にも役立つ。

ヒヒの雌は血縁関係のない雄と交友関係を築くことで恩恵を得られる。群れのなかで子を殺そうとするほかの雄から自分(および自分の子)を守ることができるからだ。

チンパンジーの場合、交友関係は雄にとって特に大切であるようで、地位の向上や雌との出合いに役立てることができる。

アルファ雄がその地位にとどまれるかどうかは、親しい仲間の支援にかかっていることが多い。仲間はライバルの攻撃からアルファ雄を守る手助けをし、その見返りに寛容に接してもらい、交尾の機会を与えられる。

とはいえ、すべての交友関係が持続するわけではない。連携の形成は対立の最中にさかんになり、利害の対立がさまざまな個人や集団のあいだで変化することがあるように、社会的な結びつきの強さも変化することがある。

1970年代前半にタンザニアのチンパンジーの個体群を観察した一連の研究からは、交友関係の移り変わりが運命にどのような影響を与えるかがわかる。

その研究の核心である対立の中心となるのは3頭の雄だ。アルファ雄のカソンタは「きわめて攻撃的で影響力のある」チンパンジーで、6年ものあいだ群れをほぼ支配していた。そのあいだ、直属の部下であるソボンゴから挑発を何度か受けてきた。

カソンタが度重なる挑発を受けても、それだけ長期にわたってアルファ雄の地位を維持できたのは、地位の低い第3の雄、カメマンフの支援を受けてきたからだ。

ほかのメンバーとは違って、カメマンフは小柄で、トップをめざして戦っても雌と交尾できる望みはなさそうだ。しかし、彼は腕力が足りないところを、知力で補った。時がたつにつれて、カメマンフは自分に有利になるように、カソンタとソボンゴの対立をあおったのだ。

どちらかの雄の恩恵を受けるのではなく、気まぐれに忠誠心を示す戦略をとり、支援する対象の雄をころころ変えていた。それによって序列が不安定になり、2頭の対立がいっそう悪化した。

2頭の雄は対立のことを考えると、カメマンフを仲間はずれにするわけにはいかない。支援してくれそうな雄がいるかいないかが、戦いの勝敗を分ける可能性があるからだ。

この対立をあおる戦略によって、カメマンフは上位の雄たちから寛容に接してもらうことができ、支援の見返りに集団内の雌と交尾する権利を得た。その支援がどれだけ気まぐれだったとしてもだ。

チンパンジーの「政治的な駆け引き」

この研究は性質上、裏づけが難しい事例であるのは確かだが、その後の研究で、チンパンジーの社会においてリーダーの進退に影響を及ぼす政治的な駆け引きの重要性が確認された。

忠誠心が移り変わり、昨日の友が今日の敵になりうる世界では、他者からの脅威(「社会的な」脅威)の兆候に細心の注意を払い、集団内の他者どうしの関係に目を光らせ、将来の問題になりそうなときにはその関係を壊すことさえ必要になる。

たとえば、野生のチンパンジーに関する最近の研究で、他者どうしの毛づくろいをそばで見物している個体がそのやり取りをじゃまする行動が、よく観察された。

これはその見物者が自分も毛づくろいをやってほしいからではなく、そうした親密な行為を通じて形成されようとしている結びつきを壊すためだという。

見物者がじゃますることが特に多いのは、毛づくろいをしている1頭が親しい仲間である場合(これは見物者がその仲間から受ける支援を独占したいと思っていることを示唆している)や、毛づくろいをし合っている2頭の両方が下位の個体である場合だ。

前述の事例からわかるように、下位の雄2頭が忠誠を誓い合うと、それより上位の個体に壊滅的な影響を及ぼすおそれがあるからだ。

「内集団」か「外集団」か?

ヒトはとりわけ、こうした社会生活の細部を気にしている。私たちは他者を反射的に「内集団」と「外集団」に分け、その判断のもとになる手がかりは完全に恣意的な場合さえある(初期の実験では、名札の色や、ピカソとモネの絵のどちらが好きかといった要素でも、こうしたグループ分けが生じた)。

このように過度にグループ分けを好む私たちの心理は、皮肉にもヒトの過度に協力的な性質から生まれたものだ。

最初期のヒトは互いに力を合わせることにより、自然のなかで直面する困難をだんだん乗り越えられるようになり、食料の欠乏、水の不足、危険な捕食動物の問題はどれも協力を通じて軽減することができた。

しかし、その結果、ほかのヒトの存在が主な脅威となった。ヒトは自然との戦いをしなくなり、ヒト同士で戦うようになったのだ。

こうした状況で、進化は社会的な能力に重きを置いたのだろう。自分自身の社会的な支援ネットワークの構築と整理、出会った他者の交友関係や同盟の監視、そして、何よりも重要なのは社会的な脅威の検知と回避の能力だ。

こうした脅威の検知システムがうまく働けば、自分に危険が及ぶことはない。しかし、検知に失敗すれば、自分自身が危険な存在になるおそれがある。

(翻訳:藤原多伽夫)

(ニコラ・ライハニ : 進化生物学者)