積水ハウスは6月20日、住宅デザインの新提案システム「life knit design」の事業説明会を開催。右が仲井嘉浩社長、左が矢野直子業務役員(記者撮影)

人の「エモーショナル」な部分を刺激して、住宅需要を喚起しようとする大手ハウスメーカーの動きが顕在化している。

戸建て住宅大手の積水ハウスは6月30日、住宅デザインの新提案システム「life knit design(ライフニットデザイン)」を全国で開始した。ショールームの「ライフニットアトリエ」も全国84カ所で順次オープンする。

新システムは空間の色、素材、形から受ける印象を「言語化」し、顧客の潜在的な嗜好を探りながら住宅設計を進めていくものだ。「ライフニットデザインは、お客様一人ひとりの感性を反映させることができる」。6月20日に行われた事業説明会で、登壇した積水ハウスの仲井嘉浩社長はそう強調した。

これまでの住宅販売は、住宅メーカーのモデルによって、仕様はほぼ決まっていた。「事前に住宅のデザイン、設計の大枠を決めて、メーカーが提示する一定の流れに沿って住宅づくりが進められてきた」(積水ハウスのベテラン社員)。言い換えると、メーカーが主導するプロダクトアウト型の発想で、住宅のデザインが決められてきた。

家族の意見を「すり合わせる」ツール

この住宅販売の常識が、新システムによって「まったく変わる」(同社員)。顧客が認識していない潜在的な嗜好を把握し、コミュニケーションをとりながら細やかに住宅のデザインを決めていくマーケットイン型のスタイルに移行していくという。

具体的にどういうシステムなのか、順を追ってみていこう。

積水ハウスは新システムを構築するにあたり、まずインテリア(部屋)画像6600点を総点検し、すべての画像から受ける印象を「シンプルな」「落ち着いた」「わくわくした」といった言葉にした(言語化)。そこから「静」「優」「凜」「暖」「艶」「奏」の6つのフィールドに分類。この6フィールドの要素を取り入れたデザインを床・壁・天井などの空間や、家具・小物に反映できるようにデータベース化した。


エコ素材の「オレフィン」や経年変化を味わえる自然素材を2200点選定(記者撮影)

3000点以上のインテリアの部材や素材も総チェック。環境に配慮したエコ素材の「オレフィン」や経年変化を味わえるような自然素材をあらためて2200点に選定し直し、それらもデータベース化した。エクステリアも、日本の景観や樹木と調和する色を日本カラーデザイン研究所と共同で分析して、外壁色に落とし込んだ。

積水ハウスはデザインのデータベース化と同時に、顧客が直感的に操作して、好みのインテリアデザインを探掘りしていく「インテリアコミュニケーションツール」(スマートフォンやタブレット向けのデジタルアプリ)を開発。このツールこそが、今回の感性に訴える提案システムの肝である。

「インテリアコミュニケーションツールを活用してお客様と販売の担当者が対話を図り、また全国にあるアトリエで実際に素材に触れてもらいながら、家の仕様を決めていくことができる」と、積水ハウスの矢野直子業務役員(デザイン設計部長)は説明する。

例えば、3人家族(父、母、長男)がインテリアを選定するケース。3人それぞれが、スマホ上に次々に現われる部屋の画像(計36枚)に「好み」「好みではない」を回答していく。その中から、3人それぞれがさらにベスト5画像を、その理由と合わせて絞り込む。すると、5画像に共通する「暖かみのある」や「明るい」といった客の好みが言葉として浮かび上がってくる。


新システムでは「シンプルな」「温かみのある」など顧客の好みを「見える化」しながら、住宅を設計していく(写真:積水ハウス)

家族3人の嗜好が似ていれば、自然に「好み」とマークした画像が重複し、浮かび上がる言葉も似たようなものになる。

問題は家族の嗜好がバラバラで、好みの領域が重ならないケース。だが、たとえそうでも、「母は落ち着いた色合いの家具が好きで、それを重視したインテリア選びをしているんだ」「長男は明るい色合いの開放的な部屋を望んでいるんだ」といった、いままで意識していなかった胸の内にある思いを、それぞれが知ることができる。

成長戦略上でも重要な意味

そうやって、それぞれの認識を共有化して、すり合わせながらデザインや素材を決定していく。単に「静」や「優」などの6フィールドの仕様に枠ではめていくのではなく、「静に近い優」や「静と優が混じりながらの奏」など、微妙な領域まで細かく設定していくことができる。最終的にはアトリエのパソコン上で、完成に近いデザインをCG(コンピューターグラフィックス)で確認することができる。

調査会社である東京カンテイの市場調査部・井出武上席主任研究員は、「積水ハウスは『エモーショナルな部分』で住宅を売っていく戦略だろう。顧客の頭の中にある趣味・趣向を見せて、いわば『ストーリー化』することでサービスの差別化を図る狙いと見ていい」と語る。

新しい提案システムは、積水ハウスの成長戦略上でも重要な意味を持つ。

3000点以上あった素材を今回2200点類に絞ることでコストダウンを実現。加えて、このサービス自体にサービス料などは発生しないが、「(新システムをテコに)セカンドレンジ(販売単価3000万〜5000万円未満の戸建て)やサードレンジ(同5000万円以上)の(高単価商品の)販売を拡大することで売上高や利益への貢献を目指す」(仲井社長)としている。

異業種ブランドとの連携を打ち出して、感性に訴えるハウスメーカーも出てきた。

熊本県や福岡県が地盤の注文住宅メーカー「Lib Work(リブワーク)」はアパレル大手のアダストリアと提携し、傘下の「niko and…(ニコアンド)」がプロデュースする新築戸建て「niko and…EDIT HOUSE(エディットハウス)」を販売している。

エディットハウスに備え付けられた家具は9割ほどがニコアンドの商品。玄関口のシューズラックやリビングのソファなどはスチールと天然木を組み合わせた、いかにもニコアンドらしい特徴のある家具が設置されている。各部屋のクローゼットは扉や仕切りなどを設けずに、収納している物もあえてオープンにするような開放感のあるデザインを採用する。

モデルハウスの来場者数が通常の4倍に


ライフスタイルブランドのニコアンドがプロデュースしたエディットハウス。インテリアの随所に、ニコアンドの斬新なアイデアが盛り込まれている(記者撮影)

「ニコアンドは20〜30代の若者層に人気のライフスタイルブランド。特徴である無骨になりすぎないインダストリアルデザインを住宅に反映し、ニコアンドのファン層を取り込むことができる。3年前からニコアンドとコラボした住宅を販売してきたが、圧倒的な集客力がある。モデルハウスの来場者数が通常の4倍になった」と、リブワークの難家嘉之執行役員は話す。

戸建ての主要顧客とされる20〜30代を中心とする一次取得者層については、最近はネットなどで情報を収集し、住宅を選ぶ際に展示場などに行っても平均して2〜3社ほどのメーカーしか見学しない。「耐震や断熱などの性能面は格段に上昇し、いまや住宅のハード面はコモディティー化している。機能面では差別化しづらい。新しい価値が必要」(難家執行役員)。


玄関のシューズラックはニコアンドのスチールと天然木を組み合わせた(記者撮影)

リブワークの子会社であるリブサービスは2023年5月から、エディットハウスを全国のハウスメーカー・工務店向けにライセンス販売している。加盟店は加盟金と月々の利用料を支払うことで、商標利用による集客ができ、エディットハウスの基本デザイン・素材・設備を踏襲していれば、自由に商品の価格を設定し、受注・建築できる。

積水ハウスなどの大手住宅メーカーが、感性に訴求する販売手法を打ち出す背景には、住宅市場の厳しい見通しがある。野村総合研究所によると、新築住宅着工戸数は2022年度の86万戸から漸減していき、2040年には55万戸にまで減少する見通しだ。

前出の東京カンテイによると、足元でも住宅の購入を様子見する消費者が増えているという。「所得が大きく伸びていないところに、物価高もあって生活が楽ではない。そういう状況下では、消費者は住宅ローンを組めない。住宅価格も上がっているので、買うのをためらう傾向にある」(井出上席主任研究員)。首都圏だけでなく、大阪、福岡、札幌といった大都市圏でも、同様の傾向にあるようだ。

「住宅冬の時代」に備えるハウスメーカー

マンションは共用部を豪華にするなどハード面で差別化ができる余地がある。一方、戸建ても4階建てにしたり、太陽光パネルを設置するなどして環境性能を高めることもできるが、高付加価値の住宅を購入できる富裕層は限られる。「『設備付加は不要なので、少しでも価格を安くしてほしい』という消費者が多いので、戸建てはどうしても価格面での勝負になる」(井出上席主任研究員)。

積水ハウスなどの大手メーカーが新しい販促策を打ち出したのは、この先に待ち受ける「住宅冬の時代」に、感性に着目して高価格帯の需要を喚起していこうとの意識の表れであろう。新機軸が顧客に受け入れられるかどうか、大手メーカーの生存をかけた勝負は始まったばかりだ。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)