俳優・佐藤二朗さんが思う、息子になってほしい大人の姿とは(写真:玄武/PIXTA)

俳優・佐藤二朗さんの心から漏れ出す言葉は、200万人のTwitterフォロワーや、5年続く連載コラム読者たちの心を癒やし、震わせてきました。「疲れもモヤモヤもイライラも吹っ飛ぶ」「やさしい気持ちになれる」「とにかく笑ってスッキリする」など、多くの中毒者から反響の声が届くほどです。オリジナリティが過ぎる「マーツー(妻)の毒舌思考」、意味不明なようで滋味深い「酔っ払いネタ」、「精神年齢同級生」の愛しい息子とのやりとり、そして時には熱い仕事論まで――。

「佐藤二朗」をとことん味わえる、自身初のコラム集『心のおもらし』から、よく取材で聞かれる「息子さんにどんな大人になって欲しいか?」への答えを、一部抜粋・改編してお届けします。

息子に、ただ、願う。

「6歳の息子さんに、将来どんな大人になってほしいですか」。これ、取材などでよく聞かれる質問です。それに対し僕は、「気持ちのやさしい人」とか「心がちゃんときれいな人」とか、うーむ抽象的だなあと思いつつも、いつもそんな感じで答えています。

でもぶっちゃけ、だらだら長くなってもいいなら、たくさんあるんですよね。「自分のやりたいことをやれる人」「自分のやりたいことでなくてもそれを笑顔でやれる人」「人に迷惑を掛けない人」「立っていられないような逆境にあっても歯を食いしばって前を向ける人」「別に変わってなくていいから普通の生活を笑って送れる人」「変わってたとしても人と違うことを気にせず毎日を楽しく送れる人」……etc, etc. まあ、その当人は今、チョコを口の周りにべっとり付けて一心不乱にアイスを食べてますが。


佐藤二朗さん

以前、僕はツイッターに「一流大学? 勿論入れた方がいい。一流企業? 勿論入れた方がいい。ただ息子よ。父いま酔ってる。酔ってるが言いたい。人の不幸をちゃんと悲しむ。人の幸せをちゃんと喜ぶ。そっちの方が、遥かに、遥かに尊い。酔ってる父は、わりとそれを断言したい」と呟きました。

自分でもビックリするくらいの反響があり戸惑いましたが、同時に反省もしています。実際にリプで何人かの方からご指摘を受けたように、一流大学や一流企業に入ることと比べる必要はなかったと思うからです。

無論、一流大学や一流企業に入るために、一生懸命努力することは尊いことですし、僕も息子には綺麗事だけでなく、競争に勝つ(負けることは当然あったとしても)、勝つための努力ができる人、強さを持つ人になってほしいという気持ちもあります。

僕は20年前、小劇場の舞台に立っていました。僕が28歳から30歳までの間、「自転車キンクリート」という団体に所属していました。3年間という短い期間でしたが、 その団体で一番下っ端だった僕は、そこで多くのことを学びました。

その団体に久松信美という先輩の男優がいました。もちろん現在も映像や舞台で活躍する久松さんは、当時、僕にとって雲の上のような存在でした。自転車キンクリートに所属していた頃も、ずいぶん久松さんにはかわいがっていただき、大変お世話にもなりました。

「二朗〜、お前、売れやがって、この野郎!」

その後、僕は31歳の時に映像主体の事務所に移り、大変ありがたいことに、僕が本来やりたかったドラマや映画に出ることが多くなりました。


僕が35歳の時、偶然久松さんと電車で会いました。当時久松さんは42歳。「お〜じろ〜」、昔と変わらぬ人懐っこい笑顔で久松さんは接してくれました。電車の中で久松さんと昔話に花を咲かせていると、大学生くらいの男の子が近付いてきました。「佐藤二朗さんですよね?」。彼は僕に握手を求めてきました。握手して彼が去ったあと、少し躊躇しながら久松さんの顔を見ました。その時の久松さんの顔は恐らく一生忘れません。「二朗〜、お前、売れやがって、この野郎!」。久松さんは本当に、本当に、本当に嬉しそうな顔でそう言ったのです。

僕が久松さんなら、絶対にあんな顔で笑えないと思いました。ケツの穴が小さい僕は、後輩のその姿を見たら、「悔しい」とか「嫉妬」の感情で、心が満たされると思います。少なくとも、あの時の久松さんのような、あんな顔は僕には絶対にできない。本当に、そう思います。

先に書いたツイッターの内容は、実はこの時の久松さんのことを思って書きました。「人の不幸をちゃんと悲しむ。人の幸せをちゃんと喜ぶ」。息子にこうなってほしいという大人の姿は、そのまま、僕自身が憧れる大人の姿なのかもしれません。

(初出:AERA dot.2018/11/11)

(佐藤 二朗 : 俳優)