免疫力が低下しているときこそ、感染症対策としてのワクチン接種をお勧めします(写真:beauty-box/PIXTA)

がん患者さんは、感染症にかかりやすいことが知られている。そのため、がんと診断された人は、感染症を防ぐためのワクチンを接種することが望ましい。これまでも、インフルエンザワクチンの接種は推奨されてきたし、近年はコロナワクチンもがん患者さん、糖尿病持ちなど基礎疾患を有する人への接種が推奨されている。これらのワクチン接種を受けたがん患者さんは大勢おられる。私は、新たに帯状疱疹ワクチンの接種をお勧めしたい。がんと診断されたら、すぐにワクチンを受けてもらいたい。

帯状疱疹とは?

帯状疱疹という病気、最近ではご存じの方が増えてきたのではないだろうか? 子どもが罹る水ぼうそうのウイルスが原因だ。この水痘帯状疱疹ウイルスは、水ぼうそうが治った後も、体内からは消えず、ずっと神経細胞の中に潜んでいる。加齢やストレスにより、水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫が低下することで、ウイルスが再び活性化し、体や、顔などに赤みが出て、その中に水疱ができる。

抗ウイルス薬を用いて適切な治療を受ければ水疱は1週間ほどでカサブタとなり、皮膚の赤みもとれ、3週間ほどでほとんど治るが、やはり跡が残る。首や顔などの露出部に症状の出る人が約2割ほどとされ、美容上の問題となる。また、稀だが失明や難聴、髄膜炎といった重い合併症も引き起こす侮れない感染症だ。

50歳以上の方に帯状疱疹は起きやすく、帯状疱疹を発症した人のうち、約2割の方では皮膚の病変が出た部位に神経痛が残る。なんだ神経痛くらい、と甘く考える方が多いが、経験者に話を聞くと、実に厄介だ。「とにかくズーンと痛くて、起きていても寝ていてもつらいし、夜も眠れない。普通の痛み止めでは効かず、神経の痛みに効く薬をもらったが、頭がボーッとして仕事にならない。ペインクリニックで神経ブロック注射を受けたが、数日しか効かないし、ある程度の回数以上は注射してもらえず、あとは我慢しなさい、と言われてつらかった」とのこと。そんな症状が数カ月も続くのだから、予防できるならぜひその手段をとりたいところだ。

がんと帯状疱疹の関係

がん患者さんは感染症に罹りやすく、重症化しやすいことが知られている。帯状疱疹も然り、だ。がんの他にも、免疫抑制剤で治療するような病気の人や、HIV感染者なども、帯状疱疹に罹りやすいことが知られている。

がんの場合は、がんによる免疫の低下に加え、さらに抗がん剤治療をすることでも追い打ちがかかるため、帯状疱疹が重症化しやすい。アメリカの研究では、血液がんでは4.8倍、その他のがんでは1.9倍帯状疱疹になりやすいことが報告されている。

さらに、治療途中で帯状疱疹を発症した場合、治療スケジュールにも大きな影響がでる。通常、抗がん剤を用いた化学療法は、1カ月サイクルで実施する。薬の副作用である白血球減少や、皮膚、口や胃腸の粘膜の傷害などが治まって回復するのに日数がかかるからだ。なるべく治療の間隔を空けないことが望ましいのだが、帯状疱疹を発病すると、それが治るまでの3週間ほどは、治療を延期することになる。手術前に発病した場合は、手術が延期されることにもなり、大きな影響がある。

がんと診断されたら、最終的に治療方針が決まり、治療が開始されるまで1カ月以上かかるため、その間に感染症予防のワクチンを済ませておくことが望ましい。

6月から18歳以上でも接種可能に

帯状疱疹を予防するワクチンには、2種類ある。1つは、子どもの水ぼうそう予防にも使われている、弱毒生ワクチンだ。生ワクチンの場合、生きたウイルスが入っているため、免疫の低下した人に接種すると、感染症を引き起こすことがある。そのため、抗がん剤治療を予定している患者さんには使いにくい。

一方、今広く用いられている帯状疱疹ワクチン「シングリックス」は、不活化ワクチンであり、生きたウイルスは入っていない。ウイルスの表面に付いているタンパク質が含まれており、それに対して免疫を獲得することで、ウイルスの増殖を抑制することができる。不活化ワクチンなので、免疫の低下している方に接種しても、感染症になることはない。

さまざまながんを対象に、シングリックスの効果が検証されている。血液がんの人を対象にした研究では87.2%、自家造血幹細胞移植治療を受けている人を対象にした研究では68.2%、と報告されている。固形がん(血液がん以外のがん)での効果を示したデータは見つからないが、今後さまざまな研究により明らかになると予想される。

2023年6月からシングリックスの適応が拡大され、18歳以上で、化学療法や造血幹細胞移植治療により免疫が低下し、帯状疱疹の発症リスクが高いと考えられる人も接種してよいことになった。この場合は1〜2カ月間隔での2回接種と、手術前や化学療法開始前の1カ月で接種が終わるように配慮がなされている。もちろん、これまで通り50歳以上の方は、2カ月間隔での2回接種となる。

東京都は今年度から自治体への帯状疱疹ワクチン補助事業を始めた。文京区や中野区など14区に加え、7月1日から世田谷区、中央区、品川区、板橋区も対象となった。8月には足立区、9月には江戸川区、10月には葛飾区も対象となる予定だ。50歳以上なら接種費の補助が受けられるので、各自治体の開始時期や金額について東京都保健医療局のサイトで確認してほしい。

50歳といえば、がん年齢でもある。病原体だけでなく、がん細胞に対する免疫も低下し始めるのが原因のひとつだ。シングリックスでの帯状疱疹予防に加え、人間ドックやがん検診をしっかり受け、がんの早期発見にも留意したい。

(久住 英二 : ナビタスクリニック川崎院長、内科医師)