日本国内でアフターピルはどのように販売されるべきか(写真:fizkes/PIXTA)

「アフターピル」(緊急避妊薬)の市販化に向けた動きが6月26日、厚生労働省から発表された。今夏からまずは2024年3月いっぱいまでを調査期間とし、その間は指定された薬局でアフターピルが販売されるという。

日本国内でアフターピルはどのように販売されるべきか。早くからアフターピルのオンライン診療を実施してきた医師として、現状と進むべき方向性を解説したい。

アフターピルとは?

アフターピルは、「モーニングアフターピル」とも呼ばれ、性交渉後に服用することで妊娠を避けることのできる薬剤だ。女性ホルモンの1つ、プロゲステロン(黄体ホルモン)と同じ働きをする化学物質を主成分とする。

日本で発売されているのは、レボノルゲストレルというホルモン製剤(販売名「ノルレボ」およびそのジェネリック薬)だ。性交渉後72時間以内に服用することで、妊娠を阻止できる。ただし効果は100%ではなく、12時間以内に服用した場合は95%の妊娠を予防するが、時間が経つと効果が低下する。そのため、必要なときに、速やかに入手できる体制が必要だ。

現在、アフターピルは処方薬であるため、入手するには医師の診察と処方が必要だ。次のどちらかの方法しかない。

【パターン1】
医療機関を受診 → 院内で薬をもらい服用する

【パターン2】
医療機関を受診 → 医師から処方箋をもらう → 調剤薬局で薬を買い、薬剤師の前で服用する

アフターピルを常備しているのは婦人科やレディースクリニックのことが多く、他の医療機関ではパターン2となる。受診して処方箋をもらっても、どの薬局にもアフターピルの在庫があるとは限らない。行った先になければ、電話などで在庫のある薬局を探しあて、また移動することになる。

私のアフターピルの処方経験から、診療申し込みは、土曜や日曜が多い。週末に性交渉をする人が多いからだ。ナビタスクリニックは週末も診療を行っているが、土日が休診の医療機関は少なくない。日曜をまたいで月曜に医療機関を受診し、薬をもらうとなると、性交渉から服用まで24時間以上空いてしまいかねない。最も効果的な服用タイミングを逃してしまうことになる。

こうした問題点を改善するために薬局で販売する、というのが今回の仕組みらしい。

ピルを定期的に服用するのが理想

アフターピルが簡単に手に入りさえすればいい、というものではない。もちろん、「アフターピルが普及すると、女性が淫らになる」といった馬鹿げた偏見からではない(そんなことを真顔で言う人たちもいるのが日本の現実なのだが)。アフターピルでの妊娠阻止率は完璧ではなく、もし妊娠が継続した場合のことまで考えても、文字通り“緊急”時以外は安易にお勧めできないからだ。

日常的な避妊には、ほかの手段をお勧めする。定期的に性交渉するパートナーのいる女性では、望まない妊娠を避けるためにも、低用量ピル(いわゆる「ピル」)の服用が望ましい。ピルは、世界的には経口避妊薬(Oral Contraceptives; OC)と呼ばれる。日本では、避妊効果を検証したうえで当局の製造販売承認を得ていないので、避妊を効能として謳うことができない。

日本では、ピルは月経困難症や子宮内膜症の治療薬として保険診療で処方可能なものと、保険適用外の自費診療となるものとに分けられる。現在世界的に使われているピルは、プロゲストーゲン(黄体ホルモン)とエチニルエストラジオール(合成エストロゲン=合成卵胞ホルモン)との合剤か、プロゲストーゲン単剤である。

エチニルエストラジオールの量によって、中用量、低用量、極低用量ピルと分類される。プロゲステロン単剤のピルはミニピルとも呼ばれる。イギリス国民保健サービス(NHS)の避妊に関するサイトには、いずれのピルも避妊効果があると記載されている。服用開始の目安は、身長の伸びが止まれば、いつ開始してもよい。

ピルには副次的な効果もある。アメリカ皮膚科学会ニキビ治療ガイドラインには、ピルが科学的根拠の高いニキビ治療法の1つとして記載されている。子宮内膜症を予防したり、改善したりする効果もある。がんの予防効果も知られており、子宮内膜がん(子宮体がん)を30%程度、卵巣がんを30〜50%、大腸がんを15〜20%減少させる。

やや極端な言い方をすると、ピルを服用できない理由がある人以外は、ピルを服用したほうが健康でいられる、ということだ。

ピルには副作用も報告されている。代表格は血栓症だろう。血液が血管の中で固まり、血液の流れが阻害された状態だ。エチニルエストラジオールによるものとわかってきた。

動脈で血栓ができると、脳梗塞や心筋梗塞などを起こす。ただ、ピルではどちらかと言えば静脈血栓症が起きやすい。足の静脈で血の塊ができると、流れ着いた先の肺の血管が詰まることがある。突然、呼吸できなくなり、死に至ることもある。そのほか、脳の静脈に血栓ができると脳の血流がうっ滞し、やはり脳梗塞のような状態となり、死亡例も報告されている。

ただし、こうした重篤な合併症は、極めて稀だ。前触れとなる症状を感じたらすぐに薬剤を中止すれば、悪化を防げる。もちろんプロゲステロンのみのピルやアフターピルでは、血栓症の心配はない。

また、子宮頸がんも、ピル服用で発症リスクが上がると報告されている。ただし、子宮頸がんはHPVワクチン接種によって高い割合で予防が可能だ。定期検診の有効性も確認されているので、2年に1回頸がん検診を受ければいい。

妊娠可能年齢の女性が決めるべき

「妊娠を避ける権利」は、女性の自己決定権として保障されるべきだ。その点で、厚生労働省の検討会は男性委員がほとんどだし、閉経後の女性の意見よりも、当事者である妊娠可能年齢の女性の意見が最も尊重されるべきだ。

だが、その権利を追求する体制が、今の日本には整っていない。その結果、女性たちの身体がキケンにさらされる現実がある。

例えばアフターピルは、東南アジアなどでは自由に安価で売られているので、海外旅行のついでに大量に買ってきて転売する人もいる。ソーシャルメディアで募集して、駅前でアフターピルを引き渡す、といった具合に買えることが知られている。

素性もわからない人から買った薬を飲むなどもってのほか、危険極まりない行為だ。ただのニセ薬で無害の成分ならまだしも、有害な成分が含まれている可能性すらある。薬が本物かどうかは、舐めても匂いを嗅いでもわからないため、供給ルートを信用するしかない。

そのような状況を黙認し、アクセスをよくしようと積極的に取り組まない不作為は、国民の命を守る厚生労働省として、あってはならない。

私は、アフターピルは、街のドラッグストアで販売するのが理想であり、費用についてはイギリスのように無料が望ましいと考えている。また、旅行先で必要になることなどに備えて、事前に購入しておけるようにするべきだ。

普及を阻害するのは「人々の偏見」

さて、先に触れたように「アフターピルが普及すると、女性が淫らになる」という意見を堂々と述べる人がいるのが日本の実情だ。あろうことか、医師だったり、“有識者”とされる人たちの話だから、あきれてしまう。

アフターピルをもらいに行ったら、医師に根掘り葉掘り質問されて非常に不快だった、という話を少なからず耳にする。「お前は売春婦なのか」と医師に罵倒されて泣きながら帰り、改めて私のところを受診した人もいた。

「女性が淫らになる」というが、男性はどうなのか? 性交渉は1人ではできないはずだが、なぜ女性だけが槍玉に挙げられ、傷つかなくてはならないのか――。日本社会、そして日本の医療界の暗部に根強く残る性差別が、女性のみならず国民全体を不幸にしている。

日本に限らずさまざまな国で、アフターピルの導入や市販化(OTC化)には、それなりに時間がかかってきた。アフターピルはアメリカ合衆国で、レイプ被害者の望まない妊娠を防ぐために、1960年代に開発された。当初は女性ホルモンのひとつであるエストロゲン(卵胞ホルモン)を高用量で用いる治療から始まった。その後、エストロゲンの少ないホルモン剤に変わった。1999年にアフターピルの 「Plan B」 が発売されてから、2009年に薬局で買えるOTC薬に指定されるまで、アメリカでさえ10年かかっている。今では、子宮内に挿入する小さな器具で妊娠を防ぐようになっている。

日本でアフターピルが処方薬として発売されたのは、ずっと遅く、ようやく2011年のこと。その直後からOTC化に向けた議論はなされてきたが、厚生労働省の検討会では産婦人科医師が慎重論を述べ、パブコメでは推進論が多数を占めるねじれた状況が続き、進展が見られない状況だった。

アフターピルのOTC化は、男尊女卑のブラックな社会と決別し、新しい世の中に向かおうという人々の決意表明に等しい。新しい世代が主導する新しい社会のメルクマールにもなると私は考えている。

(久住 英二 : ナビタスクリニック川崎院長、内科医師)