テクノロジーが人類を救い、イノベーションが成長を「グリーン」にするという考えは、幻想にすぎません(写真:ikedaphotos/PIXTA)

環境破壊、不平等、貧困……今、世界中で多くの人々が、資本主義が抱える問題に気づき始めている。

経済人類学者のジェイソン・ヒッケル氏によれば、資本主義は自然や身体をモノと見なして「外部化」し、搾取することで成立している、「ニーズを満たさないことを目的としたシステム」であるという。

そしてヒッケル氏は、「アニミズム対二元論」というユニークな視点で、資本主義の歴史とそれが内包する問題を白日の下にさらし、今後、私たちが目指すべき「成長に依存しない世界」を提示する。

今回、日本語版が4月に刊行された『資本主義の次に来る世界』より、一部抜粋、編集のうえ、お届けする。

気候変動を回避するためにすべきこと

わたしたちは気候変動を回避するために何をすべきかをよく知っている。


化石燃料の消費を大幅に削減し、クリーンエネルギーを急速に普及させ、世界の排出量を10年間で半減し、2050年までにゼロにする、すなわち、世界規模のグリーン・ニューディールを推し進めるのだ。

もっとも、これが世界の平均目標であることを忘れてはならない。高所得国は、長年に及ぶ排出に多大な責任を負っているため、より早く実行し、2030年までに排出量をゼロにするべきだ。

それがいかに大変かは、いくら強調しても強調し足りないだろう。人類がこれまで直面した中で最も困難な任務である。

良いニュースは、この目標の達成は可能であることだ。だが、問題が一つある。科学者たちは、高所得国が成長を追求し続けるのであれば、気温の上昇を1.5℃以下、ましてや2℃以下に抑えるのは不可能だ、と指摘する。

なぜなら、さらに成長しようとするとエネルギー需要が高まり、残された短い時間で、クリーンエネルギーでカバーするのは難しく、実際のところ不可能だからだ。

たとえそれが問題でなかったとしても、わたしたちは自問しなければならない。もし100%クリーンなエネルギーを手に入れたら、それを使って何をするだろう?

経済の仕組みを変えない限り、化石燃料を使って行っていたのと同じことをし続けるだろう。クリーンエネルギーを資源採取と生産に注ぎ、ますます急速かつ強いプレッシャーを生物界にかけていくだろう。

なぜなら資本主義がそうすることを要求するからだ。クリーンエネルギーは排出削減に役立つかもしれないが、森林破壊、乱獲、土壌劣化、大量絶滅を防ぐためには何の効果もない。

動力源をクリーンエネルギーに変えても、成長に取り憑かれた経済は依然としてわたしたちを生態系破壊へと邁進させるのだ。

経済成長という罠に囚われた人類

この件に関して厄介なのは、選択肢がほぼないように思えることだ。資本主義は基本的に成長に依存している。経済が成長しなければ、不況に陥り、債務が積み重なり、人々は仕事と家を失い、生活が破綻する。そうした危機を回避するために、政府は産業活動を継続的に成長させようと奔走する。

こうしてわたしたちは罠に囚われる。成長は構造上の必然であり、鉄則である。その上、鉄壁のイデオロギーに支えられている。右派と左派の政治家は、成長がもたらす配当の分配については言い争うかもしれないが、成長の追求に関して、両者に隔たりはない。

成長主義とでも呼ぶべきものは、近代史において最も強力なイデオロギーの一つになっており、誰も立ち止まってそれを疑おうとしないのだ。

政治家はこの成長主義を信奉しているので、生態系崩壊を食い止めるための有意義な行動を起こすことができない。

問題解決のためのアイデアは多くあるが、わたしたちが実行する気になれないのは、経済成長を損なう恐れがあるからだ。成長に依存する経済では、そのようなことは許されない。

実のところ、生態系崩壊に関する悲惨な記事を載せている新聞が、同じ紙面で4半期ごとのGDP成長を興奮気味に報道し、気候崩壊を嘆く政治家が、毎年の産業の成長を熱心に要求し続けている。この認知的不協和には驚かされる。

中には、テクノロジーが人類を救い、イノベーションが成長を「グリーン」にする、と考えることで、この緊張を和らげようとする人もいる。

「効率を向上させれば、GDPを生態系への影響から切り離すことができる。そうなれば、資本主義を変更することなく、世界経済を永久に成長させ続けることができる。仮にうまくいかなくても、大規模な地球工学計画に頼ればいい」という考え方だ。

これは気休めの幻想だ。正直言って、わたし自身かつてはそう信じていた。しかし、聞こえの良い言葉の層をはがしていくうちに、それが単なる幻想にすぎないことを悟った。

「グリーン成長」は存在しない

数年前からわたしは生態経済学の同僚と共に、グリーン成長について研究してきた。2019年には既存の証拠に関するレビューを発表し、2020年には、科学者たちが何百もの研究から得たデータをメタ分析した。

結論は次のように要約できる。「グリーン成長は存在しない。実験も経験もグリーン成長を支持しない」。

そう悟ったわたしは、自分の立場を変えざるを得なかった。生態系が緊急事態に陥っている時代に、幻想に基づく政策を構築している暇はない。

誤解しないでほしい。生態系の崩壊を防ぐにはテクノロジーが欠かせない。ありとあらゆる効率の向上が必要だ。しかし科学者たちは、テクノロジーは問題を解決しないことをはっきり理解している。

なぜなら成長志向の経済では、人間の影響を減らすのに役立つはずの効率向上が、成長目標を推進するために利用され、ますます多くの自然を原料採取と生産のサイクルに放り込むからだ。

テクノロジーではなく、成長が問題なのだ。

(翻訳:野中香方子)

(ジェイソン・ヒッケル : 経済人類学者)