2021年3月の資本提携で、日本郵政は楽天グループの第5位株主となった(写真:楽天)

“最高のパートナー”との資本提携から2年あまりーー。6月30日、日本郵政は今2024年3月期第1四半期決算(4〜6月期)で、総額850億円の有価証券評価損を特別損失として計上すると発表した。対象となるのは楽天グループ1銘柄だ。

日本郵政は2021年3月に楽天の第三者割当増資に応じ、1499億円を出資した。同時に業務提携を締結し、日本郵政の増田寛也社長は楽天を「最高のパートナー」と持ち上げた。それ以来、1億3100万株(8.2%)を保有する楽天の第5位株主だ。日本郵政は楽天株を取得した当時の1株1145円弱でバランスシートに計上している。

2021年当時からDXに強く、ネット販売の輸送量が増える見通しの楽天は、DXで後れを取り、郵便物の減少にあえぐ郵政にとって最高の相手に見えただろう。だがその後、業務提携の果実は実っていない。

今年3月末は減損しなかった

物流合弁「JP楽天ロジスティクス」は2022年3月期に336億円の売上高がありながら41億円の営業赤字だった。280の郵便局内で楽天の携帯端末販売を開始したが、今年1月には200の郵便局で販売をとりやめると発表した。

日本郵政が6月22日に関東財務局に提出した2023年3月期「有価証券報告書」。その添付書類「監査報告書」に、あずさ監査法人は「楽天グループ株の時価が著しく下落したときに該当するかどうかの判断の合理性」として、以下のように書いている。

「日本郵政は、楽天株について期末時点で時価の取得原価からの下落率が30%以上50%未満であることから、(中略)著しく下落したときに該当しないと判断している。このように同社株の評価には経営者による重要な判断が伴う」

裏を返せば、楽天株が50%以上下落しない限り、日本郵政は「著しく下落していない」とみなしてきた。1株1145円弱の50%は同573円弱である。楽天株の3月末終値は614円。50%以上下落していなかったから、日本郵政は2023年3月末に楽天株を減損処理しなかった。

6月27日の定例会見で「楽天株が下落している。減損リスクはないのか」と問われると、日本郵政の増田社長は「増資発表で株価が下落している」と顔を曇らせた。「会計基準に則って適切に処理する」とも明言した。

楽天は5月16日に公募増資や第三者割当増資を発表。5月31日に2960億円の調達を完了した。うち約1900億円はモバイル事業の運転資金に、残りは社債償還に充てる。

楽天株は4月以降も600円台を維持していたが、1株566円の公募価格を発表する前日の同23日に楽天株は600円台を割り込んだ。公募増資で15.9億株から21.3億株へと大幅に増えるのを投資家が嫌気したのか、楽天株はその後に急落。6月21日には500円台を切り、同28日は上場来安値の466円をつけた。

6月30日の終値は499円。取得時の50%に当たる573円弱を下回り、2024年3月期第1四半期(4〜6月期)に楽天株の評価損計上が確実になり、850億円の損失計上を余儀なくされた。

現時点では「巨額減損(仮)」

850億円の損失計上を発表した一方で、日本郵政は通期純益予想を期初の2400億円のままで据え置いた。

東証には予想修正ルールがある。利益なら30%以上変化しそうなら、業績修正発表をしなければならない。日本郵政の今期純益予想は2400億円。その30%は720億円だから、850億円の損失計上は修正ルールに抵触しそうだ。通期予想を変えない理由を、日本郵政は6月30日のリリースでこう書いている。

「四半期における有価証券の評価方法は洗い替え方式を採用しており、減損処理に基づく有価証券評価損の額を第2四半期の期初に戻し入れます。そのため当該有価証券(=楽天株)の時価の状況によっては、有価証券評価損を計上しない場合もあることから、2024年3月期の通期業績予想は据え置くものといたします」

帳簿価格で1株1145円で計上していた楽天株は、6月30日にいったん1株499円に評価額を見直したが、7月1日に再び元に戻した。これを「洗い替え」という。第1四半期末の6月30日に499円まで下げた時価評価を、第2四半期初の翌日7月1日に1145円まで再び戻したのだ。


次の四半期末となる9月末や12月末、来年3月末に取得時の50%に当たる573円を下回っていなければ、楽天株の評価損を計上しない。これは日本郵政独自のルールではなく、IFRS(国際会計基準)で一般に広く認められている会計処理だ。

具体的には楽天株が9月末に573円を上回った場合、第2四半期(7〜9月期)に戻し入れ益850億円を特別利益として計上する。第2四半期累計(4〜9月期)では、第1四半期の特損850億円も第2四半期の特益850億円も計上しない。つまり、損益計算書上は「何もなかった」かのように記載する。

楽天株は7月5日終値で520円に回復している。目安の573円超えまであと一息だ。

楽天との提携関係は崩れない

来年3月末の通期決算となると話は別だ。この時に楽天株が運命の573円を下回っていれば、翌4月1日に洗い替えはしない。つまり減損が確定する。会計的には、通期末は洗い替え法ではなく「切り離し法」を使うことになる。このときに初めて楽天への投資は失敗だった、と言えるのかもしれない。

楽天株の評価損を発表する3日前、6月27日の定例会見で「『楽天は最高のパートナー』という思いは今も変わらないのか」と聞かれた増田社長は、「業務提携はDXを進めていくうえで楽天の人材やノウハウに期待してのこと。物流事業の拡大を進めていくうえでも重要。楽天の物量は増えている。楽天の提携関係を崩すには至らない」と胸を張った。

日本郵政は大きな投資で成功したためしがない。2010年には日本通運のペリカン便を吸収。ヤマト運輸や佐川急便の宅配便2強に食い込もうとしたが大量の遅配を出し、2強に迫ることはかなわず、現在に至る。

2015年には豪物流会社トール・ホールディングスを6200億円で買収。海外物流に打って出ることを東証1部(当時)上場時の成長シナリオとした。だがトールは業績不振が続き、4000億円の減損を計上している。

ペリカン便でもトールでも、投資をした時点で描いた絵はきれいだったが、描いたシナリオを実現する力に欠けていた。楽天への投資でも描いた将来は美しいが、はたしてやり抜くことができるだろうか。

(山田 雄一郎 : 東洋経済 記者)