リニューアル工事中の東急田園都市線駒沢大学駅ホーム(記者撮影)

東急電鉄田園都市線は、沿線人気の高い「ブランド路線」である一方、混雑の激しい路線としても知られる。渋谷と郊外住宅地を結ぶ同線の中でも、とくに利用者が多く混み合う区間が地下を走る二子玉川―渋谷間だ。

同区間には、カフェや“隠れ家”的飲食店などが並び若者が集まる三軒茶屋、「サザエさん」ゆかりの街として知られる桜新町など5つの途中駅があるが、街の人気に対して駅自体の注目度は決して高くない。むしろ、近年リニューアルが進む都心部の地下鉄駅と比べて設備が古い、ホームが暑い――といった印象を抱いている沿線利用者も多いのではないだろうか。

東急電鉄は2021年から、この地下区間5駅をリニューアルするプロジェクト「Green UNDER GROUND(グリーンアンダーグラウンド)」を進めている。同年7月着手の駒沢大学駅を皮切りに、今年2023年5月には桜新町駅でも工事が始まった。

開業時は先進的だったが…

田園都市線の地下区間、二子玉川―渋谷間約9kmが開業したのは1977年。当初「新玉川線」と呼ばれた同区間には、用賀・桜新町・駒沢大学・三軒茶屋・池尻大橋の5つの途中駅がある。

各駅にはそれぞれ「ステーションカラー」があり、同線の建設記録『新玉川線建設史』(東京急行電鉄発行)によると用賀が「水色」、桜新町が「桜色」、駒沢大学が「若葉色」、三軒茶屋駅が「レモン色」、池尻大橋駅が「柿色」。ホームや通路の壁面にはこれらの色のタイルを用いて駅ごとに特徴を持たせ、駅の冷房を考慮した造りなど、当時としては先進的な地下駅だった。

だが、各駅はバリアフリー対応工事やトイレの更新、耐震補強など部分的な改良は行ったものの、全体的な施設のリニューアルは実施してこなかった。一方で、開業時と現在では環境が大きく変化した。「この40年で乗降者数は約20万人増え、ラッシュ時の列車本数も約1.75倍に増加した。車両も冷房搭載が当たり前になり、その排熱に温暖化の影響も加わって駅構内が暑いといった問題を抱えている」と、東急電鉄工務部設備プロジェクト課の山口洋賢課長補佐は話す。


1977年の新玉川線開業式典(写真提供:東急株式会社)

リニューアルプロジェクトの発端となったのは、2017年にこの地下区間で相次いだトラブルだ。同年6月にトンネル内で水が噴出したのをはじめ、直後の7月には信号関係のケーブルから発煙、10月と11月には停電が発生し、列車の運行に大きな支障が出た。主な原因は施設の老朽化で、東急電鉄はこれらの問題を受けて「緊急安全総点検」を実施。設備の検査体制などを見直し、列車運行の機能面では安定を取り戻した。

今回リニューアルするのは、駅のホームやコンコース、空調設備など利用客に直接関わる部分だ。「毎日お客様が利用する駅の工事には費用も時間もかかるが、さらなる抜本的な解決に向けて覚悟を決めてやろうという考え」と山口氏はいう。

プロジェクト名「グリーンアンダーグラウンド」のグリーンは、サステナブル、快適、クリーンなどのイメージから名付けた。田園都市線の路線カラーは緑色だが、山口氏によると「それはたまたまの一致」だという。「グリーンというと『緑化するんですか』と誤解されることもあるが、そうではなく語感的にいいね、と」(笑)。混雑やトラブルなどのネガティブなイメージをポジティブに変えたいという意識も強く込めている。

第1弾は駒沢大学駅

5駅のうち、第1弾として2021年に着手したのはちょうど真ん中にあたる駒沢大学駅だ。最初に同駅を選んだ理由について、東急プロパティマネジメント・プロパティマネジメント事業本部PM二部の秋元隆治担当部長は、東急が重点地域として掲げる渋谷・自由が丘・二子玉川を結ぶ三角形「プラチナトライアングル」の中心に位置すること、駅近くの駒沢オリンピック公園が地域資源となっていることなどを挙げる。また、「自社の資産が地上にもあり、工事がしやすい」(山口氏)点も理由だ。


工事中の駒沢大学駅構内(記者撮影)

リニューアルするのはホームやコンコース、トイレなど駅の各部分で、工事は2021年7月に開始。ホームなどの天井板は外されてネットで覆われ、まさに「工事中」の様相だ。

暑さが課題となっているホームは、空調設備の改修が主なポイントだ。装置の容量をアップするとともに、これまで天井などにあった吹き出し口を壁面のできるだけ低い位置に設置。ベンチと一体化した形として壁に埋め込み、圧迫感のないデザインにする。また、トンネル上部にたまった列車の排熱がホームに吹き込みにくいよう、ホームとトンネルの境にあたる部分の天井に壁を設ける。列車の進入時などに起きる強い風も「何か活用できないか検討している」(山口氏)という。


リニューアル後の駒沢大学駅ホームのイメージ。ベンチの上部に見えるのが空調の吹き出し口(画像提供:東急電鉄)

山口氏によると、今回のプロジェクトでとくに力を入れているのは、脱炭素など環境面への配慮だ。地下駅は設備が多いためどうしてもエネルギー消費量が多くなり、トンネルにつながっていることから空調の設計が難しいという。そこで、空調性能を確実に発揮できるよう、専門家らを交えて検証する「コミッショニング」という方式を同社として初めて採用。空調能力を強化する一方で、改修後の二酸化炭素排出量は現在より削減する。

廃棄物の削減もコンセプトの1つで、これまでシンボルとなってきた緑色の壁面タイルや床材などは最大限活用する方針だ。

コンコースも姿を大きく変える。地下空間を掘り拡げるといった工事は行わないが、既存の駅事務室の配置変えやこれまで使われていなかった業務用スペースを活用するなどで新たな空間を生み出し、「街の魅力を高めるためのスペースを確保する」(秋元氏)。計画はこれからだが、店舗などを入れることも検討するという。

すでに完成しているのは、2022年7月から使用を開始したトイレだ。内装の一部には同線開業前に地上を走っていた路面電車、玉川線の軌道の敷石として保管されていたという石材を一部に使っているのがユニークだ。


リニューアル後の駒沢大学駅コンコースのイメージ(画像提供:東急電鉄)

プロジェクトは地上にも及ぶ。駅の東口地上にある東急電鉄所有のビルは木の葉をイメージした緑色の外観に。ビルに入居する「ドトールコーヒーショップ」とは計画時から連携し、駅リニューアルのコンセプトを反映して店内の階段には玉川線敷石として保管されていた石材、ベンチには池上線池上駅の古材を活用するなどした。西口には木造の4階建て駅ビルも建設中で、こちらも木の葉をイメージした外観デザインになる。

駒沢大学駅に次ぎ、2023年5月には第2弾として桜新町駅のリニューアルも始まった。山口氏によると、2番目に同駅を選んだのは、「急行の通過待ちがある駅のためお客様がホームにいる時間が長く、暑いという問題を何とか早く解決したい」のが理由だ。同駅も、利用者に親しまれている桜色の壁面タイルや床材は極力そのまま活用し、デザインに溶け込むような形で空調設備を増設。「アーチ型に空調機を配置してその下にたたずめる空間をつくり、桜並木が連続するようなイメージで計画している」(山口氏)という。

ハード面での「混雑緩和」策はなし

5駅中2駅で進み始めたリニューアルプロジェクト。駒沢大学駅は2024年夏、桜新町駅は2026年夏の竣工を予定している。ただ、ほか3駅の予定はまだ決まっていない。「できるだけ速やかに着手したいが、各駅は道路下にあるため工事ヤードの設置や資材搬入などさまざまな条件をクリアする必要がある」(山口氏)といい、第3弾がどの駅になるかは未定だ。

また、今回のプロジェクトでは、ホームの拡張などハード面での「混雑緩和」策は盛り込まれていない。かつては全国有数の混雑路線だった田園都市線だが、コロナ禍を経て現在はある程度落ち着いている。混雑対策としては、「駅周辺にワークスペースを設けたり、混雑している号車を駅で表示できるようにしたりといったソフト的な対策を検討していきたい」(山口氏)という。東急電鉄は大手私鉄の中でも通勤定期利用者の減少率が大きく、「コロナ後」を見据えたリニューアルプロジェクトといえるだろう。


「グリーンアンダーグラウンド」プロジェクトに携わる東急電鉄工務部の山口洋賢氏(左)と東急プロパティマネジメントの秋元隆治氏(記者撮影)

開業以来約40年を経て動き出した、田園都市線地下区間の本格的な駅リニューアル。利用者に親しまれてきた5駅の「カラー」を生かしつつ、混み合う、暑い、そしてやや地味……といったイメージを刷新できるか、これからが本番だ。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)