奥野一成のマネー&スポーツ講座(33)〜投資信託とは?(前)

 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問でもある。その奥野先生から、練習の前後などに経済に関するさまざまな話を聞いているのが3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎だ。前々回と前回は、戦略としての「分散投資」について、たっぷりと話を聞いた。一点集中ではなく分散。それは投資だけでなく、野球のチームを編成する際などにも有用な考え方だった。

由紀「『全員4番バッターにしない』ね。考え方としてはすごく参考になった。でも実際に投資をする身になって考えると、分散投資というのは、ちょっと縁遠いものなのかもしれないと思っちゃった」
鈴木「どういうこと?」
由紀「考えてみてよ。いろいろなものに分散することができるということは、それなりの元手があるってことでしょう? 『それなり』がいくらなのか、わからないけど、私たちのような投資の初心者が運用しようとしてるような金額ではないと思うの」
鈴木「確かに......」

 由紀が思い出していたのは、連載第30回「『誰も知らないネタで株で儲ける』なんてムリ 高校の野球部生徒が学ぶ『株式の売買と情報』」のなかで奥野先生が紹介していた投資信託。投資信託で株式を運用しているのはプロの投資家。広くお金を集めて巨額の投資をするわけだから、もちろん分散投資は可能だ。

由紀「投資はプロにお任せするという考え方はどうなのかしら?」
鈴木「でもそれだったら、今まで僕らが学んできたのは意味がなかったってことになりません?」

「初心者のみならず、資産運用として投資信託を考えることは、もちろんアリだよ。ただ、由紀さんと鈴木君が学んできたことがムダになるなんてことは、絶対にない」と、奥野先生が加わってきた。

由紀「そもそも投資信託って、どういうものなんですか?」

【投資信託の基本的な考え方】

奥野「実は先生も、資産形成のメインは投資信託を使っているんだ。株式投資も少しだけやっているけど、それは本当に趣味の範囲だね。

 これは僕の持論なんだけど、運用するお金が数千億円単位であるならば、自分で企業分析をして、投資先を探す意味はあると思うんだ。それ以前に、数億円以上の単位でお金を持っているのは、基本的に事業を成功させた起業家(=投資家)か、大きな相続を受けたかのどちらかでしょう。

 前者であれば、もうすでに自ら起業した企業に株式投資を行なって成功しているということなんだ。単純にサラリーマンをやっているだけでは、株式投資との接点も生まれないだろうし、それではいつまでたっても単純なサラリーマンから抜け出せないという「鶏が先か、卵が先か」というジレンマに陥ることになると思う。それを解決する糸口になるのが、少額から投資できる『投資信託』なんだ。

 大きな相続でもない限り、普通はそんなに投資の元手はないよね。それに、そもそも運用するお金が100万円しかないという場合、自分で企業分析をして、3800近くある上場株式からいくつかの企業を選んで投資する意味が、果たしてあるのだろうか。

 僕はないと思っているんだ。

 個人投資家が著者になっている投資本には、『〇万円を〇億円にしたカリスマ投資家が語る』なんてタイトルがついていたりするんだけど、これはなけなしのお金をはたいて買った企業の株価が、たまたま暴騰したというだけの話。こんなラッキーを引き当てられる人は、ほとんどいないだろうね。

 100万円で個別企業を選択する場合、数十社に分散投資するのは不可能なうえに、仮に2、3社を選ぶとしても、3800社近くある上場企業の業績や財務内容を分析して、『これだ!』と自信を持って持ち続けられる企業を選ぶには、ものすごい時間と労力を費やさなければならない。それ以上に企業選択する能力が必要。これ、ムダだと思わない?

 ムダというか、経済合理性のない話だよね。ましてや君たちが将来、社会人になった時、何を仕事にするのかはわからないけれども、おそらくとても忙しくなるはず。日常の業務をこなして、夜遅く家に帰り、食事を作り、掃除や洗濯をし、そのうえで株式投資をするための分析をするなんて、ほぼ無理だと思うんだ。

 それだったら、100万円持っている人が3000人集まって、30億円のファンドをつくり、そのファンドを投資のプロに運用させればいい。そうすれば、自分は企業選びをしなくても、ファンドの運用成績に応じて投資成果の分配を受けることができる。これが投資信託という投資商品の基本的な概念なんだ」

鈴木「自分で企業を選ばなくてもいいなんて、便利なものがあるんですね」
由紀「それはどこで買うことができるんですか?」

【身近な投資商品】

奥野「実は、投資信託って誰でも簡単に買えるんだ。昔は証券会社でしか売っていなかったんだけど、今では証券会社はもちろん、銀行でも、口座さえ持っていれば簡単に買えるんだよ。インターネット証券会社だったら、それこそ店舗まで足を運ばなくたって、パソコンやスマホで簡単に買えてしまう。そのくらい、投資信託って身近な投資商品なんだ。

 しかも、1万円程度から買うことができるし、積立投資といって毎月、指定した銀行口座からの引き落としで買い続けることもできる。インターネット証券会社だと、毎月100円からでも買いつけることができるから、君たちのお小遣いでも投資できるはずだよ。未成年の場合は親御さんの同意が要る場合もあるけどね。

 ただ、鈴木君が言ったように、確かに投資信託を買えばプロの運用者が企業を選んでポートフォリオを組んでくれるから、自分でどの企業に投資しようかなどと悩む必要はないんだけど、実は投資信託そのものも、たくさんあるんだよ。

 ひと言で『投資信託』と言っても、どういうふうに投資しているのかによって、その種類はさまざまに分かれているんだけど、ひとまずそれを無視して、いま運用されている本数だけを挙げると、6000本近くにもなるんだ。

鈴木「えー、そんななかから選ぶのって大変じゃないですか」
由紀「上場している企業の株式よりもたくさんの本数が運用されているんですね」

奥野「そうなんだよ。まあ、どんなものがあって、どうやって選ぶのかという話は、また別の機会にするとして、投資信託がどういう仕組みになっているのかということを、簡単に説明しておこうか。

 ファンドに組み入れる株式などを選ぶのは、投資信託の運用会社に所属しているファンドマネージャーと呼ばれる専門家で、その人が複数のスタッフとチームを組んで、投資先として有望な会社を常に探している。

 そして『これは!』という会社が見つかったら、そこの株式などに投資するんだけど、証券会社や銀行などを通じて大勢の人たちから集められたお金は、信託銀行という金融機関が預かっているんだ。だから、ファンドマネージャーはその信託銀行の担当者に、『どの会社の株式を買ってくれ』という指示を出す。そして信託銀行の担当者は、そのとおりに注文を執行し、買いつけた株式はすべて信託銀行に管理されているんだ。

 このようにして運用されている投資信託が、今の日本には6000本もあるというわけだ」

由紀「そして、投資信託を買った人たちは、運用してくれている人たちに対して報酬を払うというわけですね」
鈴木「でも、株式って値上がりするだけじゃなくて、値下がりすることもありますよね。投資信託も損をすることがあるってことですか?」

奥野「ふたりともさえてるねー。まさにそのとおり。

 まず由紀さんの指摘について説明すると、投資信託を買った人は、それを購入した窓口の金融機関、お金を運用してくれる投資信託会社、そしてファンドに組み入れられている株式などを管理してくれる信託銀行のそれぞれに、一定の報酬を支払う必要があるんだ。

 これは『運用管理費用(信託報酬)』と呼ばれていて、その率はファンドによって0.1%くらいから2.0%くらいのものまでかなり異なる。ファンドの中身をよく見て、自分が得られる価値(リターンと付加的なサービス)と価格(報酬)が見合っているかどうか、判断することが大事だね。あとは、購入した時、窓口となった金融機関に支払う『購入時手数料』や売却(解約)時に支払う『信託財産留保額』があるんだけど、最近はこれを取らない金融機関や投資信託も増えてきている。ひとまずは運用管理費用がかかるってことだけ、覚えてもらえればいいと思うよ。

 それと鈴木君が指摘したとおり、投資信託は預貯金と違って元本の保証はないし、個々のファンドによって運用成績もバラバラなんだ。株式と同じように、投資信託の値段(基準価額)も上下するから、自分が買った時の値段に比べて下がってしまうこともある。

 ただ、投資信託っていうのは基本的に自分で売買のタイミングを判断するものではなくて、その判断も含めてプロに任せるものだから、ファンドマネージャーが投資先を正しく選ぶことができるという前提が正しければ、いったんは下がっても、長期的には値段は上がっていく。ただし、その前提が正しいかどうか、つまりそのファンドマネージャーがどんな考え方・投資手法で、どんな投資先を選んでいて、結果的にどんな成績になっているのかは、定期的に確認しなければいけないね。

 僕自身は、自分が選んだファンドのなかに含まれている企業の価値が長期的に上がっていくことを信じているから、多少、何かの拍子に値下がりしたとしても、いちいち心配せずに持ち続けるようにしているんだ」
(つづく)

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。