奥野一成のマネー&スポーツ講座(32)〜分散投資のすすめ(後編)

 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問でもある。その奥野先生から、練習の前後などに経済に関するさまざまな話を聞いているのが3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎だ。前回は、投資をする際に重要な戦略のひとつ、「分散投資」についての話を聞いた。分散させることにより、リスクを軽減できるというのが基本的な考え方だった。

由紀「『絶対に上がる株』をひとつ選ぶのは難しい。だから分散させて、『Aが下がってもBが上がる』という状況をつくることが大切、ってことだったわね」
鈴木「確かに10人のメッシとゴールキーパーからなるサッカーチームは、すごい時はすごいのかもしれないけど、ヤバい感じもしてきますね」

「前回は投資する株式の銘柄を分散させる、という意味での分散投資の話をしたけど、分散投資すべきなのは株に限らないし、分散投資という考え方は、経済社会を生きていくうえで、君たちにもいろいろ参考になると思うよ」と、奥野先生が続けた。

由紀「株式以外の投資にはどんなものがあるんですか」
鈴木「生きていくうえで参考になる?」

奥野「前回、説明したのは投資する株式の分散の話だったね。これはチーム編成という点で、特性が異なる者同士を組み合わせたほうが、チームの総合力が上がるということを言いたかったのだけれども、分散という考え方は他のいろいろなジャンルにおいても参考になるよ。少し『仕事』にフォーカスして説明してみようか。

 人の利き腕というか、得意とする分野、優れた資質はだいたい、三つに分類されると言われているんだ。

 ひとつ目はアチーブメント。『達成』という意味。試合に勝つという目的のためには、どんなに苦しい練習にも耐え抜くことができる。そして最終的には『達成』できる。そんな資質だね。メジャーリーグのイチロー元選手なんて、自分が達成したい目標のためにはどんな努力も惜しまなかったよね。どんなに苦しい練習にも耐え抜くことができる、そんな資質だね。

 ふたつ目はコミュニケーション。人と意思伝達する資質のこと。社会って、つまるところ人間関係であり、人間関係を円滑にするためには、コミュニケーション能力が必要になってくる。例えばヘアサロンで髪を切ってもらう時に、スタッフの人とどんどん話せるような人は、この資質を多く持っている人と言えるね。

 そして三つ目はエンゲージメント。エンゲージメントという言葉はいろいろな意味で使われるんだけど、この言葉には『熱意』とか『没頭』、『活力』といった意味合いがある。これは学者的な資質の場合もあって、オタク的とも言える。自分の好きなこと、得意なことに没入できるスキルだね。芸術家などは、誰に言われるまでもなく、自分の尺度でコツコツと打ち込む資質を多く持っている人と言えそうだね」

由紀「私は野球部のマネージャーだから、コミュニケーションスキルが高いってことになるのかしら?」

【株式と債券は「逆相関」】

奥野「そうかもしれないね。でもコミュニケーションの資質が100%で、他の資質がゼロっていうことはなくて、実際は3つの資質のどれかが他の資質より強いという感じで、由紀さんの場合であれば、例えばこの3つの資質の自分のなかでの比率が20%対50%対30%くらいで、コミュニケーションの資質が強いということかな。

 面白いのは、この資質のバランスは10歳から13歳くらいまでに固まるんだって。もっと言うと、自分があまり得意としていないスキルを、努力に努力を重ねて高めようとしても、それはだいたいにおいてうまくいかない。だからこそ大事なことは、自分がどの資質が強いのかをよく理解し、その資質を使った仕事・職種を選ぶとうまくいくということかな。これは言わば「心の利き手」とも言える。右利きの人が左手で細かい作業を続けるのは難しいよね。

 会社という組織においても、情熱の持ち主、コミュニケーション能力の持ち主、得意なことに没入できる能力の持ち主が必要だとされる。だからいろいろな資質を持った人間を組み合わせることで、全体のバランスを整えることが、強い組織をつくるうえでとても大事なことなんだ」

鈴木「僕のスキルは......なんだろう。それはともかく、前回教えていただいた株式の分散以外に、どんな分散投資があるのかも教えてください」

奥野「そうそう。前回は株式投資における分散の話をしたのだけれども、それに加えて、異なる資産クラス(投資対象となる資産の種類、分類)に分散するというのも、分散投資のひとつなんだ。

 その際の要点は、前回も少し触れたけど、やはり値動きの方向が異なる資産クラスを組み合わせることにある。これを投資の専門用語だと『逆相関』なんて言ったりする。逆相関の代表的なところでは、やはり株式と債券の組み合わせだね。

 債券って、あまりなじみがないかもしれないんだけど、償還まで保有すると元本が戻ってきて、それまでの間は定期的に利子を受け取ることができるという有価証券なんだよ。つまり、株式に比べると安全性が高い。景気が悪化して株価が下がっている時などは、株式市場から債券市場にお金が流れて、債券の取引価格が上昇する傾向があるから、株式と債券を一緒に持っておくと、株価が下がったとしても、債券価格の値上がり分によって、株価の値下がりリスクをある程度、軽減することができるんだ」

鈴木「だったら、株式と債券に半分ずつ投資するのがいいってことかな」
由紀「株式と債券の最適な比率なんてあるんですか?」

【自分が働く会社の株式は×】

奥野「プロの運用者というのは、他の運用者とポートフォリオの運用成績を競い合っているんだけど、たとえば株式だけで運用しているポートフォリオと、債券だけで運用しているポートフォリオは直接、比較されることはない。なぜなら土俵が違うから。

 でも、株式と債券を組み合わせて運用されるふたつのポートフォリオは、同じ土俵に乗せられているので、それぞれの運用者は、いつ運用成績を比較されてもいいように、株式と債券の組入比率をどのくらいにするかを検討し、リスクの最小化とリターンの最大化を両立しうるポートフォリオを目指そうとする。

 じゃあ、個人はどうなんだ、ということだけど、個人は今のようにほとんど0%の利回りの円建ての債券などに投資する必要は、分散という観点においてもほとんどないと断言してもいいかな。

 だって、社会人になって日本企業で働くとしたら、月々、円でお給料が入ってきて、定年までに獲得する円資金は平均で2億7000万円くらいになる。2億7000万円だよ。これだけの円資産を将来にわたって獲得するのに、わざわざ運用資産の半分を、円建ての債券で運用する必要はないでしょ。

 もし日本企業で働くのであれば、稼いだ給料の一部でアメリカの企業の株式や、日本企業でも海外で収益の多くを稼いでいるような企業の株式に投資したほうが、はるかに人生の分散が効くと思うな。

 あと、株式に投資する時、一番やってはいけないのは、自分が勤めている会社の株式に投資することだね。経営者、企業の幹部であれば、自分のコミットメントを示すために自社の株式を買う必要があると思うけど、単なる従業員にはおススメできないね。

 企業によっては『持ち株会』というものがあって、昔は企業への忠誠心を高めるために、毎月の給料の一部を天引きして、働いている会社の株式を買ったものなんだ。だけどこれ、もし自分の会社の業績が悪化したら、給料は減るわ、株価も下がるわで、何もいいことがない。倒産なんかしたら、もう最悪だよね」

鈴木「なるほどー。少なくとも個人が運用する際には、ほとんど利回りのない現時点では債券には投資せず、株式の個別銘柄に分散する。けれども、自分が働いている会社の株式に投資してはいけない、ってことですね」
由紀「いろいろな分散投資を教えてもらいましたけど、他にはもうありませんか」

奥野「ポイントは今、鈴木君がまとめてくれた感じでいいんだけど、他に分散であるとしたら、時間の分散かな。つまり一度にまとまったお金で投資するのではなく、たとえば100万円なら10万円ずつ10回に分けて同じ企業を買い続ける。本当は株価の安いところで買えればいいんだけど、今の株価が高いか、安いかなんて、誰にもわからないから、買うタイミングも分散させるんだ。

 あと、売却する時もそう。どこが高値かわからないので、やはり複数回に分けて売却する。バーンと買って、バーンと売るってのは、何となく景気がいいようにも思えるんだけど、着実に資産を増やしたいのなら、何事もコツコツ地道に取り組むことをお勧めするよ」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。