5月20日、横浜。今シーズンJ1に昇格した横浜FCは、本拠地に一昨シーズンの王者である川崎フロンターレを迎えて、2−1と快勝している。

「相手がどうこうよりも、自分たちがすべきことをやろうと思っていました。これをベースにやっていけば。こうして勝つことで、見える景色も違ってくるはずなので」(横浜FC/山下諒也)

 横浜FCは何をベースに、どんな景色を見ようとしているのか?

 開幕からの10試合、横浜FCは3分け7敗という体たらくで、最下位を這いずり回っていた。しかし、第11節にアルビレックス新潟を1−0で下すと、川崎戦を含めて3勝1敗で挽回。残留圏の16位まで浮上してきた。

「今年は横浜FCの1チームがJ2に落ちるだけだから、ほかは大丈夫」

 関係者筋に流れていた、そんな淀んだ空気を覆したと言える。


川崎フロンターレを2−1で破った横浜FCの選手たち

 10試合勝てず、背水の覚悟ができた。

「最後のところで体を張ってやらせない、という意識がようやく全員に浸透しました。10試合戦って(結果が出なかった)反省で。その意識を変えることによって、失点も減ってきました」(横浜FC/四方田修平監督)

 守備をベースにした戦いを徹底した。とにかく相手に好きなことをやらせない。しつこく食らいつき、球際で身体を投げ出した。

 川崎戦も5−2−3のような布陣で、常に後ろに人を残しながら守りを固め、各所にスピードのある選手を配してカウンターを狙っている。ほぼ川崎のワンサイドゲームだったが、辛抱強くプレーした。そして前半44分、大島僚太からボールを奪う形でカウンターを発動。一気に敵陣へ入り、持ち運んだ長谷川竜也が右サイドにパスを送り、エリア内に入った井上潮音が反応し、ボレーで決めた。

「ピッチでやれること、やるべきことに小さな誤差はあったので、そこを修正しながら(やった)。前線からのプレスは相手に誘われている感じもあったので、落ち着いて我慢しながら......。カウンターに関しては、(攻撃は)あれしかなかったですね。狙い通りの攻撃でしたが、得点はそれぞれ運もよかったかも」(横浜FC/長谷川竜也)

【川崎は相手を軽んじていなかったか】

 後半3分、横浜FCは追加点を記録した。右サイドの山下諒也が自陣から何気ないパスを受けると、一瞬でスピードアップ。快足を飛ばして相手ディフェンダーを置き去りにし、そのままシュートを決めた。完全に虚を突いた一撃で、やるべきことに特化した思い切りのよさが出たと言える。

<川崎に勝てばチームの順位が上がるだけでなく、選手の価値も上がる。失うものはないから、全力で勝ちにいこう!>

 そんな四方田監督の号令によって、チーム内で野心が湧き上がった。戦闘意欲が高まり、前半終り、後半立ち上がりという時間帯で集中していた。メンタル面の差で、川崎を叩き潰した。

「相手が引いて守りを固め、カウンターが狙い、というのは十分にわかっていましたが......」

 試合後の川崎の選手たちは口々に言っていたが、どこかで横浜FCを軽んじていなかったか?

 前半、川崎はほとんど敵陣内でプレーし、技術的なうまさは見せつけていた。大島と家長昭博が絡んだプレーなどは出色だった。しかし、怖さは欠けていた。トップの宮代大聖はJ1屈指の技量を持つが、得点に対する執念や駆け引きが乏しく、大久保嘉人や小林悠、レアンドロ・ダミアンというストライカーが持っていた危険な匂いが足りない。

 また、ボールは持っていても、最強時代に見せていた「ショットガンを打ちながら進むような迫力」はなかった。脇坂泰斗、シミッチの出場停止もあったが、パス回しのためのパスが多くなっていた。ひとりで崩せるタイプの選手がいなかったことも大きく、三笘薫のあとを継いだマルシーニョをケガで欠いたのは痛かった。閉ざした門をハンマーで叩くことで、守備全体にズレも生まれるのだが......。横浜FCは、「いつか点が入る」という川崎の甘さにつけ入った。

 その構造は、カタールW杯で、森保一監督率いる日本代表がドイツ代表、スペイン代表という強豪から金星を挙げた戦い方と似ていた。守りを固めてじっと耐えながら、スピードのある選手をウィングバックや前線など要所に配置し、カウンターの一撃を託す。そして格上である相手の一瞬の油断を突く、"弱者の兵法"だ。

 それは、サッカーの醍醐味とも言える痛快なジャイアントキリングではある。だが、言い換えれば、"必勝の仕組み"にはならない。士気の高さで人海戦術を駆使し、カウンターにかける形が奏功したにすぎず、偶発性の高い戦いと言える。森保ジャパンがコスタリカに呆気なく敗れたようなケースも起こり得る。

 一方で、勝つことによって見える景色もある。事実、横浜FCの選手たちの表情は自信に満ちていた。強豪を倒した自信は、これからの支えになるはずだ。

 どちらにせよ、残留争いは泥沼である。最後まで京都サンガ、柏レイソル、湘南ベルマーレ、ガンバ大阪......との接戦になるだろう。はたして、横浜FCは踏ん張れるか。