「しんどう」ではなく、「しんとう」と読む。

 初めて苗字の読みを知った時は「間違いやすいな」と感じてしまったが、進藤勇也(しんとう・ゆうや)の名前を頻繁に目にするようになって「しんどう」と誤読することはなくなった。


今秋のドラフト上位候補、上武大の捕手・進藤勇也

【高校時代からドラフト候補】

 進藤は上武大の正捕手を務める、今秋のドラフト上位候補だ。身長182センチ、体重90キロのたくましい肉体を誇り、プロテクターをまとった姿には不思議な安心感がある。筑陽学園高時代からドラフト候補にあがり、大学進学後は2年時から正捕手。3年生だった昨年は大学日本代表入りを果たしている。

 高校時代から強肩ぶりは際立っていた。その爆発的なスローイングは、ひと目見ただけで内蔵されたエンジンの違いを感じさせる。大学2年時に見せていた圧巻の二塁送球は、「今すぐプロに入れても五本の指に入るのでは?」と思わせた。だが、昨年から進藤のスローイングは明らかに変わった。本人に聞いてみると、こんな狙いを語ってくれた。

「今までは力いっぱい投げていましたけど、いかに力を入れずに強いボールを投げるかを意識しています。そこへ捕ってから早く投げること、正確性も求めています」

 高校時代に6、7番の打順だった打撃面も、強豪大学で中軸を任されるまでに成長している。2年時の大学選手権準決勝・慶應義塾大戦では、一時逆転となる満塁ホームランを叩きこんだ。類まれな馬力を打撃面でも生かせるようになっている。

 だが、進藤に打撃面の進化について尋ねても、本人は首をかしげるばかりだった。

「大学でバッティングがよくなったってよく言われるんですけど、何かをつかんだというものはないんですよね。バッティングは今もわかりませんし、難しいです」

 持ち味の守備にしても、本人のなかでは確固たる自信をもっているわけではないようだ。進藤はこんな心情を吐露している。

「スローイングもキャッチングもすべての面で『これでいい』と思える部分はないので、すべての部分で強化していきたいと考えています」

【指揮官からの絶大な信頼】

 そんな進藤が、この春に公式戦のキャッチャーズボッグスから姿を消した。3月中旬に右手首を痛め、2カ月近くも実戦を離れたのだ。

「原因はわからなくて。ヘッドスライディングで手をついたわけでも、バッティングで痛めたわけでもないんですけど、試合(オープン戦)が終わってから痛みが出てきて。投げるのも打つのも痛みが出ていました」

 病院で検査したものの、骨に異常はなかった。それでも、一時はボールを持たずに腕を振ることも、バットを持って素振りをすることもできなかったという。再びプレーができるようになったのは、5月に入ってからだった。

 リーグ戦に復帰したのは5月13日、平成国際大との一戦である。平成国際大は最速155キロをマークする剛腕・冨士隼斗を擁することもあって、試合会場の上武大学野球場には多くのプロ球団スカウトが集結した。

 結果的に冨士は登板しなかったものの、進藤の無事を確認できただけでもスカウト陣にとっては収穫だったことだろう。試合中、上武大のベンチ外部員がこうつぶやいていたのが印象的だった。

「進藤さんがキャッチャーだと、サインがすぐに決まってテンポがいいよな」

 上武大は終盤まで平成国際大にリードを許したものの、終盤に逆転。2対1で勝利を収める。進藤は平成国際大・木村樹生からフォーク攻めにあってタイミングが合わなかったものの、最終打席で決勝の犠牲フライを放って面目を保った。

 最終回には捕手・進藤の安心感を象徴するような場面があった。一死満塁と逆転のピンチを迎えた場面、上武大の谷口英規監督がマウンドに向かった。球審から投手交代かと確認されると、谷口監督は「ちょっと待って」とでも言いたげに手で制して進藤に話しかけた。進藤は投手の紫藤大輝を交代させるべきか、谷口監督から相談を受けたと明かす。

「紫藤は満塁になる前からギアが上がっていて、真っすぐも手元できていたので大丈夫だと思いました。紫藤には最上級生としての自覚もありますし、紫藤を信じていくしかないなと。普段、ブルペンで受けてコミュニケーションをとるなかで、『紫藤ならいける』と思っていました」

 進藤の進言を受けて、谷口監督は続投を決断。最後は紫藤のストレートで押し、ピンチを切り抜けた。ともにリーグ戦全勝を守る白鴎大と優勝を争う上武大にとって、苦しみ抜いて手に入れた1勝だった。

【侍ジャパンは目指すべき場所】

 試合後、あらためて公式戦の舞台に立てた実感を尋ねると、進藤はしみじみとこう答えた。

「いやぁ、楽しいですね。この緊張感のなか、こういうしびれた試合ができるのは醍醐味だと思いますし、プレッシャーがかかるなかでも自分の力を発揮しないといけないので。久しぶりにこういう試合ができて、楽しかったです」

 あまりに気が早すぎる話ではあるが、進藤に聞かずにはいられなかった。春先に開催されたWBCに関して、どんな感想を持ったのかと。もはや別次元の戦いに感じたのか、それでも3年後の自分がその場に立つイメージが湧いたのか。本人がどう感じているのか、知りたかった。

 進藤は苦笑を浮かべながら「レベルが違いますよね......」とつぶやいたあと、こう続けた。

「でも、目指す場所ではあると思います。高い目標を持ってやっていきたいので、いずれ段階を踏んでやっていきたいです」

 自分の置かれた状況を客観的に受け止めつつ、高い志を掲げる。捕手らしいクレバーさを感じさせる受け答えだった。まずは目の前の大学野球で、少しずつレベルアップしていくしかない。そして、その先にさらなる高みへと続く扉が待っている。

 いずれ近い将来、多くの日本人が進藤のことを「しんとう」と読めるようになったその時、侍ジャパンの扇の要には安心感のあふれる捕手が座っているに違いない。