『聞く力―心をひらく35のヒント』や『叱られる力』など数々のベストセラーを生み出した、作家・エッセイストの阿川佐和子さん。『ビートたけしのTVタックル』などテレビでも活躍し、2000年には俳優デビュー。2023年公開の映画『エゴイスト』では、主人公のパートナーの母を演じ話題になりました。

阿川佐和子さんインタビュー。「おいしい」と喜ぶ心をずっと続けていたい

今回は新作『母の味、だいたい伝授』(新潮社刊)でも書かれているレシピの秘密や、おうちごはんが好きな理由など、“食”にまつわるお話をたっぷり伺いました。

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●冷凍庫で眠っていた干物が驚きの料理に…!

――著書『母の味、だいたい伝授』には、外食のお話も書かれていますが、お寿司屋さんに行かれた際はたまご焼きを自分へのお土産にして翌朝“和風たまご焼きサンド”をつくるというのは印象的でした。

阿川佐和子さん(以下阿川):たまごサンドっていろんな種類あるでしょ。もともと私は、たまごを固ゆでにして、マヨネーズとタマネギのみじん切りとピクルスを入れるんだけど、ピクルスがないときにラッキョウ入れたら、これいいじゃん! と。ラッキョウが古くなってたのを、これで消化できるぞと大喜びしましたね。

――そういう料理の思いつきは、どういうところから来るのでしょう?

阿川:本当にプロの料理人の素晴らしいところは、これとこれの食材が合うと気がつくってことよね。いちばん尊敬するところです。だから、私自身も思いついて成功したときはうれしいです。

たとえば、これは失敗しましたけどね…昨日、とにかく冷凍庫がいっぱいなので、「なにから減らしていこうか?」と考えた末に、大きな干物がカチンコチンになったのを取り出しましてね。この魚がなんの干物であるかもよく分からないんだけど、考えました。

「そうだ、アクアパッツァにしよう!」と。

そこで、すき焼き鍋に、オリーブとニンニクを入れて、なにかわからない干物を三つぐらいに切ってその上で焼いて、そこにタマネギとオリーブとトマトとキャベツ、エリンギがちょっと残っていたので入れて、あさりも入れて、安い白ワインもダボダボダ入れて、水もちょっと、軽くフタしてコトコトやったら、いいんじゃないの! と。

――チャレンジした干物のアクアパッツァのお味はいかがでしたか?

阿川:魚がやっぱり古かったのね…(苦笑)。ちょっと鮮度が落ちてて、骨もいっぱいあるし。気のいい夫は「うまいよ」とは言ってくれたんだけどね。失敗したなと思いながら、野菜なんかを食べて、魚もちょっと食べて、あさりも食べて。だいぶ残ったんですよ。

で、今朝また寝ながら考えました。「全部捨てるのはもったいないな」と。

そこで、起きてまず、汁とあさりと野菜類だけを新しい鍋に移して、魚の骨と身の残りは全部捨てました。いい魚スープができたので、今夜はここにもう少しだしを入れるか、いや、牛乳を入れるか、どうしようかなと思って…捨てないでね、まだ調理中だからって言って家を出てきましたよ。

●食べることは生きることである

――失敗なのかもしれませんが、なんだかすごく楽しそうですね!

阿川:楽しいわよ。緊急事態宣言のときも楽しかったんじゃないかな? あのときは、普段だったら時間がないからあんまりつくらないようなものに挑戦したのは事実ですね。食べたいけど出かけられないんだよな…よし、じゃあつくろう! ってことで、うちでお寿司や、鶏飯とか天ぷらとかね、つくってみました。

世の中にはそんなに食べることに興味が低い人もいるだろうし、そんなことにエネルギーを使うことをバカバカしいと思う人ももちろんいるだろうけれども、やっぱり「食べることは生きること」だと思いますよ。

――そういう考えにいきついたきっかけなどはあるのでしょうか?

阿川:父がお世話になった高齢者病院の大塚宣夫先生は、イタリアに視察旅行に行ったことがあって、イタリアでは、「本人が食べる気がなくなったら死期が近い」っていう判断をするそうなんです。だから無理やり食べさせる、なんていうことは考えない。

「食べるということは生きることだ」という考え方に先生もすごく同意しているので、入院患者には「あれ食べちゃいけないこれ食べちゃいけない」っていうよりも、「最後まで食べたいと思っている気持ちは叶えさせてあげたい」とおっしゃって。

だからその病院では、お酒もOKだったんですよ。もちろん飲みすぎはダメですけど、晩酌に一杯ないと始まらないっていう人は「どうぞ、どうぞ」っていう病院でした。うちの父が亡くなったときには、ベッド周りに酒屋かっていうほど空きビンがいっぱい並んでいました。

お酒が切れると私のとこに電話がかってきて、「お前すぐワイン1本持ってきてくれ」って言うの。「いやいや、今仕事中なんですけど」って言っても、「酒の肴になるチーズも買ってこい」とかね。好きなようにわがまま言ってました。

――食事のために1日があるお父さまならではのエピソードですね。

阿川:亡くなる2日前にも「ステーキが食いたい」「マグロの刺身もいいな」って呟いてましたね。咀嚼能力も消化能力も落ちているのに、食べることにこれだけ興味があるってすさまじいことだと思って、ある意味尊敬しました。

私自身はそんな、どこそこの珍味を食べたいとか、あの高いどっかに行きたいとか、一食たりともまずいものは食べたくないってほどの欲求はないけど、できれば「おいしい」っていうことを続けていたい。そのために健康でなきゃいけないし、おいしいと思える体力を保っていたいですね。

特別なことじゃなくて、たとえばもやしのサラダをつくっただけで、「私は天才か!」、「なにこのおいしさ!」って思うから。だから食べたときに「おいしい」と喜ぶ心をずっと続けていたいと思います。

●おうちごはんが好きなワケ

――おいしいと思える体力を保つためには、必ずしも高級なものじゃなくてもいいんですね。

阿川:たとえば、ローストビーフの名店みたいなところに行かないわけじゃないけど、手の込んだソースじゃなく、私はおしょうゆで食べたいなって思うのね。ステーキもおしょうゆとおいしいお漬物とおみそ汁で食べたいとか、レモンをかけたいとかね。だからローストビーフとステーキは家に限るわ、なんて。

昔ニューヨークで、あれはなんだっけ、ミラノ風カツレツ。イタリアンの名店に連れて行ってもらって注文したんですけど…そしたらザブトンみたいなカツレツが出てきて。それを塩だけで食べろっていうんです。

さすがにここにしょうゆはないだろうけど、せめてレモンくらいは欲しいじゃないのと思っちゃいましたね。味の調整ができないのが、外で食べるときに不満になることはありますよね。ここに豆板醤があればいいのに、ここにみそ汁があればいいのに、とか。

そういうわがままがきくのは、自分のうちでしょ。うちなら、めちゃくちゃわがままできるからいいなって思います。